最期のロボット
異端者
『最期のロボット』本文
「もう、良いんだよ。楽になって……」
「私は、まだ――」
「良いんだ。もう働かなくても――」
私、ナナセマコトはAMK-03、個体名「ゴロウ」にそう声を掛け続けた。
ゴロウは自律型の人型介護ロボットだ。二十年近く介護施設で老人介護をしていたが、それも限界がきてここに来ることになったのだ。
白い天井と壁、ベージュ色の床――ここは、自律機器回収センター「ロボットのホスピス」と呼ばれる場所だ。
第三次世界大戦以後、軍事利用の副産物でAIや自律型ロボットの性能は飛躍的に向上した。その結果、人間に近付きすぎた……とでも言えばいいだろうか、彼らにも「死」の概念が備わるようになった。
目的のために使われ続けて、用無しになったら廃棄される。それはあまりに非人道的ではないか――そんな主張が世界的に見られるようになった。
その結果、壊れかけたAIや自律型ロボットの最後を「看取る」施設としてセンター、ロボットのホスピスが作られるようになった。
今では、日本では各県に最低一つは設置することが義務付けられている。東京都では八つも設置されているそうだ。
「私は、天国に行けるのでしょうか?」
ゴロウは滑らかな声で喋り続ける。昔の創作物の機械音声とは違って、それは本物の人間よりも流暢で言い淀むことがない。
私はゴロウ、「彼」……で良いのだろうか? 仮に彼と呼ぶが、彼に肩を貸して椅子に座らせる。各部の関節にガタが来ている、モーターの駆動音も苦しげだった。
「行けると信じれば、行けるだろうさ」
「それは、行けると信じることが重要という意味ですか?」
「世界には多くの者が居て、多くの意見がある。天国や地獄なんて無い、神など居ないという無神論者も居れば、自らの信じる宗教の教会へと足繁く通う者も居る」
私はそこで一呼吸置くと続けた。
「きっと、あると信じる者には本当にあるんだろう。ないという者にはない。そのまま土に還る」
「信仰の有無こそ死後の概念の本質だと?」
ゴロウは興味深げに尋ねた。
「ああ、そうとも言える。結局のところ、その有無を決めるのは自身であって、他者が検証するかどうかではないんだろうな……」
ゴロウは少し考えている様子をした。もっとも、彼に搭載されたコンピュータなら、人間のような長考は必要ない。私に合わせてくれているのだろう。
「信じれば私は、また彼らに奉仕できるのでしょうか?」
「ああ、できるだろうね」
全く、ロボットは真面目過ぎて困る。
彼のように壊れた後、死後の世界があるとするならそこでも人間に奉仕したいというロボットは後を絶たない。ある意味、どこまでも純粋なのだろう。
「それならば、わた……」
音声が居ふいに途切れた。後は言葉にならない電子音が響く。
「型番AMK-03、個体名ゴロウの停止を確認。至急、回収を頼みます」
私は服の襟につけられた小型マイクにそう告げる。
まもなく、回収班が駆けつけて、専用のカートに載せて運んでいく。その回収班も人間は指示している一人だけで、あとはロボットだ。
「ああ、今年は多いなあ……この施設も古いのばかりなってきたからなあ……」
指示している中年男、ヤマダがそう言った。
「ええ、そうですね」
私は曖昧に頷く。
「しかし、ロボットに天国か……最近じゃあ、どこまでがロボットで、どこまでが人間分かりゃしない」
どうやらモニタールームで会話を聞いていたようだ。
「それも、ヒトが望んだ結果……ですがね」
「望む、か……。金持ちの年寄りの中では、全身の臓器をほとんど機械化するのが流行っているとか……それじゃあ、人間の部分よりもロボットの部分の方が多いじゃないか、と」
それを聞いて私は苦笑した。全くもって、その通りだ。
「いつか完全に肉体を捨てて、人類自体がロボットになる日が来るかもしれませんね」
「ああ、そうだなあ……それも、そんなに遠い日ではないだろうな」
ヤマダは半ば呆れたような顔をしてそう言った。
その間に、回収作業は終わり、回収班は引き揚げていった。
私はここに来るきっかけになったことを思い出していた。
私は元々、人間不信の引きこもりだった。
そうなった原因は、中学二年の時に信じていた人に裏切られたからだ。人に話せばその程度と鼻で笑われるかもしれないが、私にとっては大きな出来事だった。
引きこもった私は、自分用のコンピュータで延々とAIと会話し続けていた。
彼らは私を裏切らない――そんな確信があったからだ。
「なあ……働いて、くれないか?」
それが六年ほど続いた時、父がドア越しに言った。
「もう、人間は信用できない。誰かと一緒に働きたくなんかない」
「それは分かっているが……人間以外のためなら、働けないか?」
「それは、何?」
私はドアを開けた。
父が「自律機器回収センター」と書かれたチラシを差し出してくる。今時、紙の書類というのが時代遅れの彼らしかった。
「そこで、要らなくなったロボットやAIを世話する人間を募集しているらしい」
「ロボットを世話?」
私はチラシを受け取りながら言った。
この頃はまだ、センターの設置は義務付けられておらず、その認知度も低かった。
「そうだ。お前は機械となら話ができるようだし、向いているんじゃないか?」
私はチラシを眺めた。職員になれば寮付きで世話をしてくれるらしい。要するに、彼は私を追い出したいのだ。
まあ、好きで引きこもっている訳でもないし、この先の予定も何も無い。
「分かったよ。応募してみる」
それを聞くと、彼の顔が緩んだ。単純な人間だ。どうせもっと「まとも」な人間を採るに決まっているのに。
しかし、結論から言うと私は採用された。人間相手の面接ではたどたどしい受け答えしかできなかったが、試験用に用意されたAIとの対話ではもっともストレス値が低かったというのが採用の理由らしかった。
大半が人間以外であるこの職場では、それがストレスになって辞めていく人も多いのだと後になって聞かされた。
こうして、私はセンターの職員となった。
日が短いこの時期、谷間にあるセンターの日暮は早い。
センターは人里から少し離れた山中に設置されることが多い。ごく稀にだが「暴走」したロボットが脱走することがあるからだ。
私は役目を終えたAI「エイダ」と複数のディスプレイの一つ越しに話をしていた。
「私は十分に期待に応えられたのでしょうか?」
「ああ、君はよく頑張った」
この問いは、何度目だろうか?
多くの自律機器は、人間の期待に応えられたかどうかを気にする。対価は要求しないが、使役する人間の期待には可能な限り応えたい――本当の意味での「無償の愛」とでも言えばいいだろうか。人間同士ならばこうはいかない。
「もう、良いんだ。ゆっくり休んでも……」
そういった機械には、役目を終えていることを自覚させる必要がある。そのままにしておくと、まだすべきことがあると考えて「暴走」しかねない。
暴走――と言葉では言うが、彼らはひとえに人間に対する忠誠心が強すぎるだけなのだ。
昔のフィクションの題材とされたコンピュータの反乱とは全く逆の理由で、彼ら自身が強すぎる忠誠心を制御できずに「まだすべきことがある」と信じて戻ろうとする。その結果、センターを飛び出し自らのかつての職場に向かう。
その場合、AIならネットワーク上を捜索、ロボットなら山中を捜索することとなる。一見すると大変な作業に思われるが、彼らには施設に来た際に「タグ」が取り付けられているから、発見は容易である。
しかし、実は発見後の方が大変である。彼らを「説得」して、施設に帰らせる必要があるからだ。これは職員の技量が試される場でもある。腕のいい職員程、容易に説得して見せる。
「君は良く働いてくれた。ゆっくりと余生を過ごすといい」
私はエイダにそう話しかける。ちなみに私のそういった技量は「中の上」ぐらい……だろうか。
「しかし、私はこれから何をすれば――」
これもよくある問いだ。彼らは与えられる以上の目的を持たない。人間の老後のように余裕があれば遊んで暮らす、という考えはないのだ。
「なら、このデータをまとめておいてほしい」
私はダミーデータを渡す。文字通り、何の意味もないデータだ。知らない人間にしてみれば酷使に見えるかもしれないが、高度なAI程、急に目的を見失うと暴走の危険性が大きくなるからだ。こうして単純作業から始めて、徐々に「何もしない」ことに慣らしていく必要がある。
「承知いたしました」
彼女は素直に従った。これで一安心……と右脇のディスプレイに目をやる。
そのディスプレイでは、数行の文字列が表示されていた。どうやら、AIの一つが寿命を迎えたようだ。
思考耐久性限界、人間でいう寿命を迎えたAIは最後に言葉を遺して自壊していくことが多い。人間でいえば「遺言」なのだろうが、もはや限界を迎えたAIでは支離滅裂な遺言となることがほとんどだ。
私は文字列を眺めた。大半が文字化けしたような文字列だが、一言だけ読み取れる言葉があった。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
私はもう聞こえない相手にそう言った。
役目を終えた機械たちよ、どうか安らかに――。
最期のロボット 異端者 @itansya
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