第2話 美しき魔術


「……魔術、教えて」


 今日は定期検診の日だ。

 三日に一回の頻度で、医者が健康状態の確認に来るのが通例となっている。まあ、魔神の設定を思い出した今となっては、大事な依代が壊れてないかのチェックだろうと推測している。


 目の前にいるのは、長い髪の、眼鏡をかけた白衣の男。魔神召喚の魔術を完成させたマッドサイエンティスト風の魔術師。


 ゼブラス・ネイラード。

 正直、サリファよりもこいつの方がよく知っている。どの主人公の物語でも名前が出てくるほどの悪役だ。検診に来た医者の顔を見た時、驚いたね。


 ゲーム上では完全な悪役だったが、魔術師としての実力は最高レベル。なんせ、これまで誰もなし得なかった魔神の召喚をやってのけたほどだ。


 魔術を教わるには都合がいいと言える。体を弄られたことには腹が立つ気もするが、もう済んでしまったことは仕方ないので気にしないことにしよう。


「魔術、デスかぁ?」


 独特のイントネーションで疑問を口にしながら、首を傾げる。なんか、記憶を思い出してからこいつをはじめて見たが、目がイってるな。


「……うん」


 正直に言って、こいつ以外に魔術師を見たことがない。だから、是非とも教えてもらいたいのだが。


 じっと見つめていると、なにやらブツブツ呟きはじめた。


「魔術、魔術に興味を? 器の調整で精神に負荷がかかり、人形のような状態になっていたこの個体が? 先日の検診ではこのような反応は見られなかった。何が起こった? 使用人の話では独り言が多少増えたという話を聞いていたが何か関係があるのだろうか……」


 なんかまだブツブツ言っている。

 いやもうなんか怖いな。サリファのこと個体とか言ってなかった? 魔術は使えるようになりたいんだけど、本当にこの選択は合ってるんだろうかと不安になる。


 しばらく待っていると、ゼブラスの中で整理ができたのか、急に顔を上げた。

 

「ふむ、それはそれで面白いデータがとれそうデスねぇ。いいでしょう、このワタシが直々に魔術の深淵を覗かせてあげましょうかぁ」


「……ありがとう」


 うん、まあ良かったかな??

 深淵までは別に必要ないと思うんだけど。


「では、ワタシは忙しいので今から教えますねぇ。魔術の基礎から始めましょう」


 急だなこいつ。

 まあ、手っ取り早くていいか。


 ゼブラスは滔々と魔術について語り出した。

 このゲームの世界観を知っている自分にとっては、今更感はあるけど。


 この世界の魔術は、火、水、風、地、雷、氷、光、闇の八属性に大きく分類されている。それぞれの派生もあるし、特殊な固有魔術なんかもあるけど大体はこの属性で説明できる。割とオーソドックスな分類だ。


 主人公たちも一人を除いてそれぞれ得意な魔術を使う。敵の属性によって有利不利があるので、どの魔術でも活躍する機会がある感じだ。主人公についてはオリジナルの特殊能力ユニークスキルを持っていたりするが、これは固有魔術とは異なるものだ。


「個体によって、それぞれ適性魔術というものがあるんデスよぉ。まずは、アナタの適性を見てみましょうかねぇ」

 

 そう言って、ゼブラスは真っ黒の棒を取り出した。


「これはねぇ、ワタシが開発した魔術適性をみる魔道具でしてねぇ。握ることで強制的に魔術を発動できるという優れものなんですよぉ。まあ、威力の加減ができないのが玉に瑕デスがねぇ?」


 なんか物騒なこと言ってる気がするな。


「魔術の基礎も知らないような素人が握る分には問題ないでしょうよぉ。火の適性とかだと腕が燃えるかもしれませんが、ご愛嬌ということでぇ」


 えぇ、それはどうなの。

 まあでも、こいつに教わると決めたのは自分だしな……。こいつが狂ってるのは分かってたことだから、多少痛いのくらいは我慢するか。


「では、どうぞぉ? 黒い部分を、強く握ってくださいなぁ」


 どうでもいいが、ゼブラスが持っている部分は材質が違うみたいだ。だから、持ってても何も発動しなかったんだな。


「……うん」


 覚悟を決めて、棒を受け取る。

 そして、力を込めて握った。


 その瞬間。



 部屋の中の全てが凍りついた。



「……ワォ」


 何らかの魔術で身を守ったのか、ゼブラスは無事だ。だけど、僕は無事じゃない。


 か、体が動かない……。


「ふぅむ、器の拡張の影響か? 明らかに出力がおかしい。今まで魔術に触れてこなかった幼い個体がここまでの威力を出せるものだろうか。いや、あり得ないな。となると、これはこれで人体強化の重要なサンプルになる可能性が出てきたか……ふふふふふふふ、思わぬところで貴重な研究ができそうだな……」


 また、ブツブツ言ってる。

 そんなことより、この惨状をどうにかしてほしい。


「……あ、あの」


「んん? ああ、そうデスねぇ。ひとまず元に戻しましょうかぁ」


 そう言って、指をパチンと鳴らす。

 途端に全ての氷が消え去った。うわ、やっぱりこいつすごい魔術師なんだな。


 体を動かせるようになり、落ち着いてきた。

 部屋が凍りついたし、僕の魔術適性は氷ということでいいのだろうか。


「アナタの適性は、氷でしたねぇ。まあ、ほどほどに珍しいですが、そんなことはどうでもいい」


 氷かぁ。美しいイメージがあるから僕にとっては良い属性かもしれない。主人公たちの中には、いなかった属性だな。


 というか、どうでもいいとはなんだこいつ。

 

「アナタがどこまでできるのか、俄然興味が湧いてきましたよぉ? えーと、アナタ名前はなんでしたか?」


「……サリファ」


 こいつ、名前すら覚えてなかったのか。

 完全に魔神の依代としか見てないな。


「ではサリファ。アナタにはこれから、魔術の深淵に沈んでもらいますよぉ?」


 ああ、でもなんかノリノリになってる。

 教えてくれるのはいいが、なんだか寒気がするな。


「覚悟することデスねぇ?」

 

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