第8話 中核都市 上
僅かな震動と共に、車なる鉄の場所は街外れの小高い丘で停止した。
……幾度か乗っているが、どうにも慣れない。
運転手を務めていた男装の呪い女は警戒しつつ降り、後席の扉を開いた。
「姫様、御苦労様でした。周囲に敵影はありません」
「ありがとう、クレア。我が儘を言ってごめんなさい」
「め、滅相もありません! 屋敷に籠ったままでは息が詰まります。大変な決断を考えておいでなのですから、気晴らしも必要です! 今日はとても良い天気ですし、特定の店に入るのは警備面で少々不安こそありますが、市内を散策するにはもってこいかと!!」
「――……俺には屋敷で『サムライ、姫様をどうか止めてくださいっ』とあれほど、うぐっ」
不可視の風弾が、前席で呆れる俺の鳩尾に叩きこまれた。
据え付けられた背後を見る小さな鏡越しに、微笑のクレアと視線があう。
『次、何か話したら殺す』
こ、この女、いったいどういう教育を受けて?
女王国最強とも謳われる『花姫』の鬼札、『白騎士』に敗れたという、老騎士を想う。一度酒杯を酌み交わし、色々な苦労話を聞いてみたかったものだ。
やや呆れながら、紅鞘に納まった愛刀『燕雀』を手に車を降り、俺は眼下に広がる美しい都市へ目を向けた。
――エマール家領の中核都市『セーヌ』。
暇潰しに読んだ歴史書によれば、女王国成立前から存在するらしく、代々のエマール家当主が手塩にかけて築き上げてきたらしい。
中央の威厳ある白亜の大鐘塔と、北地区に鎮座する赤煉瓦造りの駅舎を除き、高さと屋根の色が揃えられ、整備された通りが規則正しく走る光景は、所詮武辺者に過ぎない俺の目からみても美しい、そう思えた。
リズに構っていたクレアは、そんな俺を見つめニヤリ。
「サムライ、街並みの余りの美しさに、あるかも分からない心を震わせてところ、大変申し訳ないんですが――念のために探知をお願いします」
「……今日は何時になく口が悪いな」
苦々しく思うも、言っている内容は真っ当だ。
俺はほんの微かに『燕雀』を抜き――探知の
すぐに鞘へと納め、肩を竦める。
「何もおらん。大丈夫だ」
「分かりました。警戒は怠らないように願います」
クレアはあからさまにホッとし、魔法生物の小鳥達を空へと放った。見事な腕だ。
『花姫』側も、真昼間に敵の本拠地を襲撃はすまいが……戦場では、油断したものから死んでいく。
臆病者と罵られようとも、勝った者が正義なのだ。敗けた者は歴史すらまともに遺せない。
――……我が『月見里』のように。
車から白い帽子を取り出した姫は少しだけ考え、俺の傍へ歩いて来た。
「シロさん」
「ん?」
怪訝そうに、笑顔の少女へ目を落とす。
白い帽子が差し出される。
「被らせてください♪」
「なっ!?」「お~」
即断し、小さな頭にぽすん。
後方でクレアが口をパクパクとさせる中、姫は珍しく不機嫌そうに唇を尖らせた。
「……シロさん、前々から思っていたんですが、女の子の扱いに随分と慣れているんですね」
「姫、その話は一日じゃ足りないぞ? ……鬼より怖い俺の姉御達に対して、俺がどう生き延びたのかは、涙なくして聞けん」
「是非、聞きたいです」
ふんわりと表情を綻ばせ、柔らかい風に靡く黒髪を手で押さえる。
絵になるものだな――俺の脇腹をクレアが肘で打ってきた。
「……目つきが嫌らしい……死にたいんですか?」
「じ、情緒が不安定過ぎるだろうがっ!」
呪いの腕は練達だというのに、この女きたら。
リズを後ろから抱きしめ、こちらを威嚇してくるクレア・カヴァリエに苦笑する。
俺は後頭部へ両手をやり、問うた。
「で? 目的の茶店は何処にあるんだ??」
※※※
見事な石畳の通りを、悠然と歩いて行く。
東国装束に刀を帯びた俺。
顔だけは無駄に整っている男装姿のクレアと女王国人にはいない黒髪の姫。
良くも悪くも目立つが、市内の住民は誰も声をかけてこない。
細々とした反応からして、負の感情は見受けられないが……どうにも奇妙だ。
目でクレアに疑問を投げかけると、小声で教えてくれる。
「(エマール家は建国以来、長年に亘って善政を敷いてきました。姫様の御両親もです。しかし、今は『継承戦』の真っただ中。……私の御祖父様と『戦狐』の戦死は、もう伝わっているでしょうし『巻き込まれたくない』と思うのは自然な反応かと)」
「(……なるほど、な)」
民草にとって『継承戦』は、時折吹き荒れる嵐、みたいなものってことか。
先を進むリズが楽しそうに振り返った。
「シロさん、クレア、ありました。今日の目的地です♪」
「「?」」
俺達は細い指の先へ目をやる。
――外に設置されていたのは簡素な木製看板。
菓子とカップが描かれている。クレアの顔が引き攣った。
大通りの散策はともかくも、特定の店に入るのは想定していなかったのだろう。
店内で襲撃を喰らえば、どうしても対処し難い。
まして、戦闘力に乏しいリズが一緒なら猶更だ。
女呪い士が冷や汗を流し、
『サムライ! 姫様を説得してください!!』
と目で懇願してくる。こいつも苦労しているのだ。
俺は肩を竦め、片目を瞑った。
「姫、クレアは通りに残るそうだ。そんなに長居をしてやるなよ?」
「なぁっ!?」「はい、分かっています」
軽く呪い女の肩を叩き、姫の隣へ。
背中に怨嗟の視線が注がれている気もするが、慣れている。微風みたいなものだ。
俺は小柄なリズの顔を覗き込み、ニヤリ。
「――で、この茶店は何が美味いんだ?」
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