第7話 講義 下
「私は首府の学校で共に学びました」
姫がティースプーンで紅茶をゆっくりと掻き混ぜつつ、口を開いた。
窓から風が吹き込み、美しき黒髪を靡かせる。
「当時の彼女は誰よりも気高く、勇敢で、弱い物を許さず、孤立していた私とも話してくれる、とても優しい子でした。『継承戦なんて馬鹿馬鹿しい。有為な人材の浪費よ、浪費!』と言っていたんですが……まさか、いきなり搦め手を使ってくるとは。戦うにしても、もう少し後だと思っていました」
「姫様……」
呪い女が瞳を潤ませ、次いで俺を睨んできた。
――『女王になる』という自らの選択が、意図せず友との対決を招く。
昨日の友は、今日の敵、か。
滅んで久しい我が故国では、ざらにあったことではあるものの、この国では余りないのかもしれない。
俺は両手を挙げ、クレアへ話の続きを促した。
「――こっほん。話を続けます。サムライの言う通り、仮に今後もマネ家が従来の『継承戦』と異なり、部隊規模とはいえ軍を動かすならば、我がエマール家は圧倒的に不利です。はい、そこ! 理由が分かりますか?」
「応! 姫の家に金がないから」「外れです。黙りなさい」
最後まで言わせてもらえず。
リズは何時の間にか数が増えた小鳥達と戯れながら、少し困った顔になった。
「えっと……うちの家が、マネ家よりも小さく、お金がないのも事実です。ただ」
「古より『七家』は女王の住まう首府を守るよう、各国境を守っているんです。……軍を動かせば」
「他国の侵略を招きかねない、か」
俺は紅茶を飲み干し、足を組み直す。
黒板に描かれた地図の周囲を、クレアが指示棒で叩いた。
「我が女王国は内陸国。四方を他国に囲まれています。峻険な山脈地帯も多いので、国境沿いの軍を動かしてもすぐにどうこうなるとは思いません」
「現女王陛下は外交が大変巧みで、周辺諸国とは友好関係を築かれてもいます。ですが……第二次大陸動乱の始まりも同じような状況だった、とルイがよく言っていました。シロさん、お代わりをどうぞ」
姫がティーポットを持ち、俺のカップへ紅茶を注いでくれる。
目で謝意を伝え、気になった言葉を尋ねる。
「あ~……『第二次大陸動乱』ってのは何だ? いや、でかい戦いだってのは理解できるが」
「今から約五十年前に起こった、大陸全土を巻き込んだ字義通りの大戦争です。ルイも、少年兵として参加したと聞いています」
「十数の国が滅び、生き残った国も激しく疲弊。女王国も、首府を一時的に喪ったくらいです」
「ほぉ~そいつはまた」
大戦かっ!
惜しい……惜しいな。もう少し早く起きていれば俺も参戦出来たんだが。
クレアが皮肉交じりに指摘してくる。
「『俺も参戦したかったっ!』と思っているんでしょうが……伝承が真実なら、幾ら貴方でも、生き残れたとは思えませんよ?」
「やってみなくては」「分かります」
鼻先に指示棒が突き付けられた。
焼き菓子を上品に口へ運び、姫が説明を補足してくれる。
「シロさんはとても強いです。ただ……」
細く白い指を伸ばし、丸を描いた。
小さな光弾が俺の額に当たり消える。
「当時、活躍された大英雄の方々は神代の魔法を復活させ、操られたと伝承されています。遥か遠方から都市が吹き飛ばされることも少なくなかったとか」
「相性が悪過ぎます。幾ら貴方でも、地平線の先に刃を届けられるんですか?」
「ぬぅ」
そのような者達が、今の時代にも生きて?
俺とて多少の遠距離戦の心得はある。
が……大遠距離から、強大な魔法を連続して叩きつけられてしまえば、逃げる他はない。
クレアが指示棒を下げ、黒板へ視線を戻した。
「サムライのせいでまたしても話が逸れてしまいました。――そう、マネ家の対応の件です。先だっての襲撃は『戦狐』を長とする傭兵達でしたが、今後は正規兵も出て来る可能性があります。中でも」
「『白騎士』と『黒茨』が率いる花騎士団主力が出て来るならば、対応を考えないといけません。我がエマール家に、すぐ対抗出来る部隊は存在しません。……今の所、その予兆はありませんが」
「――面白い」
俺は焼き菓子に手を伸ばし、口へ放り込んだ。
一気に紅茶を飲み干し、傍らの愛刀を叩く。
「悪戦、難戦、死戦、何するものぞっ! 俺が一人で全部斬ってしまえば、痛っ」
「サムライ、戯言は程々にしないと叩きますよ? 貴方が幾ら強くとも、下手すると万を超える相手に抗せると??」
「……いや、もう叩いて」
「黙りなさい」
「…………ハイ」
指示棒を振り回すクレアの圧に屈する。
姫が俺の頭に手を伸ばし、撫でてきた。
「ルイと『白騎士』の戦いはともかく、『戦狐』の襲撃については、他の五家。そして――首府の女王陛下へ伝えるつもりです。公的な話にしてしまえば、マネ家も正規軍の投入を躊躇うかもしれません」
「……たとえ、エマール家を潰したとしても、その後の戦いが不利になるから、か」
「はい」
この『継承戦』を最初に考えた奴のことは知らないが、随分と性格が悪いな。
一応、横槍行為は禁止されているとはいえ……あくまでもそれは『原則』。
強硬姿勢を取り過ぎれば他家から敵視され、行動を制限される。
……面倒だな。
俺は後頭部に両手を回す。
「それよりも――いっそ『花姫』と一度話をしてみるのはどうだ? 見知った仲なんだろう??」
「…………」「サムライ! そんなこと出来るわけが」
「書簡を送るか、送らないかを決めるのは姫、お前だ」
烏姫は立ち上がって窓へ近づき、小鳥達を解き放った。
太陽が雲に隠れ、陰る。
俺へ背を向かたまま、リズは両手を心臓に押し付け儚げに答えた。
「少しだけ……考えさせてください」
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