第43話 疫病退散で祓われた!

「我は別に陰陽庁なるものが、どうなろうと構わぬと常々言っておるだろう」


 声がする方に視線を向けると、白い人物が大きな徳利を抱えたまま横になって、ニヤニヤとした笑みをこちらに向けていた。


 もう少し寝ていても良かったのに。


「ときに、鬼頭のおなごよ」


 ぬるりという気配を感じたかと思えば、私の肩と背中に重みが増し、大きな徳利を私に見せつけるように背後から手が出てくる。


「良き酒であったぞ」


 すぐ近くから声が聞こえてくる。

 ちっ! 私の肩が重いと思ったら、顎を置いて話しかけてきやがった。


「お褒めにあずかり光栄です」


 私が出せるのは口だけなので、言葉を返すだけに留める。一度、思わず手をだしたら酷い目にあったからね。


 人に使われているとはいえ、蛇神だ。その呪は普通ではない。 


「白蛇。真白から離れろ」


 肩の重みが無くなり、目の前にあった陶器の徳利が前方に飛んでいく。いや、蛇神ごと紫雨様の方に飛んでいったのだ。


「暴力はいただけぬなぁ。鬼頭よ」

「真白には近づくなと何度も言っているだろう。白蛇」


 はぁ。始まってしまった。こうなってしまえば話し合いもなにもない。


 しかし! まだ肝心なことを言っていない。


 鬼頭と蛇神が暴れ出す前に、両手を打つ。

 パンという音と共にキーンという高温が鳴り響いた。


 それを八回繰り返す。


 神に限りない拍手を捧げ讃える柏手かしわで

 と思わせつつ、私の話を聞けという意味を込めている。


「仲良くじゃれ合うのは後にしてください」

「じゃれ合っていない」

「それは我と仲がいいと認めるってことだな」

「ちっ! 黙れ! 白蛇」


 酒を飲んでいるときは、仲良く飲んでいるのだけど、話し合いとなると鬼頭と蛇神は全く合わないのだ。

 だから最初に酒を飲ませて眠らせたというのに。

 今度はもっとキツい呪にしておこう。


「鬼頭。そこの庭に例の石を間隔を開けて並べてよ」


 取り敢えず、鬼頭と蛇神を離す。すると鬼頭は私を抱えて砂利が敷かれた庭に降り立った。


 ……私を庭に連れ出さなくていいよ。


 そして鬼頭は、結界の触媒の近くにあった石を、置いてあったとおりに札を下にして庭に置いた。

 少し間を開けてもう一つも置く。


 すると二つの石の間に普通では目に見えない壁が作られた。


「これ、何かわかります? 私には何の効力がないただの境界に見えるのです」


 鬼頭にも確認したけど、このようなものは始めて見たと言っていた。私の知識にもなく、ただの境界線を作る術にしか思えないのだ。


 だが、使われているということは、古くから何かしらの術として使っていた可能性がある。

 代々祓い屋としている斎木家になら、何かしらの文献が残っているのではと考えたのだ。


 そう、私の身代わりのために作っていた人形ひとがたが忽然と消えた理由はなになのか、知らなければならない。


「ふむ。それは四つなかったのか?」

「え? 四つ?」


 蛇神が何か知っているようだけど、四つもあった? え? どこに?


「大規模なものであると『四角四堺祭』になる。しかし、貴族が個人で行うものは簡易化されておったはずだ。いわゆる疫病退散だ。敷地の四隅で行う祭事になる」


 疫病退散? これが?


「ああ。もっと簡易化されたものなら屋敷の入口で行う『鬼気祭』になる」

「それも疫病退散ですか?」

「そうである。呪は確か『東は扶桑ふそうに至り、西は虞淵ぐえんに至り、南は炎光えんこうに至り、北は弱水じゃくすいに至る。千城百国、精治万歳、万々歳』だったか?」


 蛇神がそう唱えた瞬間強風が吹き付けた。二つの石の間にできた透明な壁を通って、斎木家の屋敷の中を通り抜けていく。


「うっ!」


 その風に吹き飛ばされる大祖父様。そして風向きが変わり、逆風が吹き荒れる。こちらに向かってくる風。

 鬼頭は透明な壁から距離をとり、屋敷の中に私を抱えたまま戻ったのだった。


 そして私は鬼頭から飛び降り、部屋の襖に身体をぶつけて、次の間に飛んでいってしまった大祖父様の元に向かう。


「大丈夫ですか?」


 意識がない。そして、大祖父様に透明な何かが絡みついている。それを引きちぎった。


「うっ……ここはどこだ?」


 き……記憶がない! 斎木家に来たという記憶が消されている。

 これは今朝の榕と同じ状況だ。


「鬼は邪だからね。祓われたのかな? 蘇芳殿。気付けの酒でもいかがですか?」

「紫雨殿……ということはここは斎木家?」

「おや? これはこれは」


 大祖父様は紫雨様を見て自分がどこにいるか理解できたようだ。やはり、少し前の記憶が飛んでいる。


 これはどう考えればいいのだろう? 鬼頭の一族を結界内に入れないようにしていた?

 いや、そもそも鬼頭には反応を示さず、私にだけ、反応した。


 なぜ?

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