第44話 お礼を渡したら怒られた

「君たちは難しく考えているようだが、もっと簡単なことではないのか? 我が寝ているときに言っておったが、そもそも呪は二つではなく、一つだったのではないのかね?」


 寝ているときぐらい聞き耳をたてなくていいよ。この蛇神。


「そもそもだ。力をもつ媒体と呪文に分けられていただけではないのかね? 言霊により呪が力を持つが、別に言霊にこだわる必要がなければ、別の形でも良いだろう」


 別の形でもいい。虫が私の身体に呪を埋め込むことで、呪と媒体が重なったときに発動する。

 呪は言霊ではないので、それ自体には力を持たない。それと龍脈の力をもった疫病退散の壁に接触したことで、私の身代わりは車外に飛ばされた。

 これは車自体に結界と迷いの霧に干渉しないという術の効力がかかっていたため、結界に反発した人形は物理を無視して車を通り抜けてしまったということになる。


 なんとなく辻褄は合う。だったらなぜ私だけ?

 強いて言うのであれば、鬼頭と私を離したかったという可能性がある。

 鬼頭はほぼ、私と共に行動をしているからだ。


 私は鬼頭の元に行く。そして、鬼頭の袖を引っ張った。


「黒い方を出して」


 私の言葉に鬼頭は黒色の徳利を出してくれた。


「蛇神様。ありがとうございます。お礼にどぶろくをお納めいたします」


 私は白い人物に黒い大きな徳利を差し出す。中は、酒本来の味を楽しめるどぶろくだ。いわゆるにごり酒。


「これは何が仕掛けられているのかね?」

「よく眠れる呪です。寝酒におすすめします」


 すると、蛇神は大声で笑い出す。それも腹を抱えてカッカッカッカッと笑っている。


「鬼頭のおなごは誰もが気が強いなぁ。しかし、こうも堂々と我に毒酒を差し出すとは、良い根性だ」

「お気に召しませんでしたか? 龍脈の気を練り込んだは?」


 この前の小判ザックザクと勘違いしてしまった龍脈の塊のいち部を酒に溶かしているのだ。


 鬼頭が何にでも使えると言っていたので、こっそりと一升瓶に入れてみた。するといつもは底なしかというぐらい飲む鬼頭が三本目で寝落ちしたのだ。


 その間に私は呪具の作成に励んだのだけどね。これは昨日の話だったりする。

 まぁ、夜中を過ぎても作業をしていたので、凄く怒られて、布団まで引きずられたのだけど。


 しかし流石、蛇神といったところか。鬼頭は四時間爆睡だったのに、数十分しか効かなかった。それも、聞き耳が立てられるほど浅い眠りだった。

 今度は倍の量を入れてみよう。


 あれ? 笑い声が止まっている。


 視線を上げれば、なんとも言えない表情をした蛇神がいた。なに? その表情は?


「何を入れたと?」

「龍脈の気の塊です」


 すると、蛇神は鬼頭に詰め寄って胸ぐらに掴みかかった。


「なんて勿体ない使い方をさせたのだ! もっといい使い方があるであろう!」


 あ、鬼頭と同じことを怒っている。別に私がどう使おうかなんていいじゃない。鬼頭には鬼頭の分として分けて渡してあるし。


「俺の指示じゃない」

「それにしてもだ。普通は止めるものだ!」

「しかし、美味かっただろう?」

「……くっ……神酒が湧く泉ぐらいに美味い酒であった」


 素直に認めたくないほど美味しかったらしい。

 気になるのが、神酒が湧く泉ってどこにあるのだろう? たぶんそれも龍脈が絡んでいそうだけど。


 そして蛇神は私から黒い徳利を奪い取るように持ち上げ、その姿を消した。


「陰陽庁の職員の件は式神に調べさせよう」


 赤い瞳の紫雨様がおっしゃった。それも大事そうに黒い徳利を抱えてだ。


「それで良いか?」


 これはお礼に渡したお酒の効果だろうか。本来の紫雨様の意見を覆して、蛇神に憑依された紫雨様が式神を使って秘密裏に調べると言ってくれた。


「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いいたします」


 私は頭を下げて、お礼を言ったのだった。




「真白さん。お父様からどうやって蛇神様を引き剥がしましたの?」


 いつもなら、玄関まで式神の女性が送ってくれるのだけど、今日は桔梗が送ってくれるらしい。


 いや、蛇神と紫雨様を引き離したことを聞きたかったらしい。当主として立ってからは常に蛇神が憑依されているので、きっと父親として接することができないのだろう。


「お酒を使ったよ」

「それいつも湯水のごとく飲んでいますわ」


 それに紫雨様と蛇神を引き離したのは今回だけじゃないのになぁ。


「うーん。それで十回中九回の成功率かなぁ」

「その方法を教えなさい」

「えー……これは、蛇神様と同じぐらいのウワバミが二人ぐらい必要なんだけど?」

「……無理ですわ」


 桔梗は項垂れながら言う。あの蛇神と酒を飲みかわせる人はほぼいないだろう。まずはあの異様な雰囲気を放っている神力に耐えることから始めなければならないからね。

 だから、使用人が式神だったというのもある。


「普通はそうだよね」


 そう普通の人では近づくのも困難なのだ。


「それで今日は何故、そんなことを聞いてきたの?」

「え……それは……その……あれですわ!」

「全然わからないよ」


 いいどもっている桔梗に突っ込む。『あれ』ではわからない。


「白蛇様の姿を、真白さんだけ拝見できるってずるいですわ!」

「鬼頭も大祖父様も見ているよ」

「同じ屋敷に住んでいる私は、一度しかお会いしたことがないのに、真白さんが仲良く話しているなんて酷いですわ!」


 ということは桔梗は父親ではなく、斎木家で崇める蛇神に会いたかったということか。

 でも、仲良くないし。酷くないし。あの蛇は嫌いだし。


 しかし、今日は蛇神の虚をつくことができたようで、内心私はほくそ笑んでいたのだった。


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