第26話 皆が恐れる十二年前の事件のきっかけ

 ことの始まりは十二年前。初等科に通い始めたときのことだ。


 十人ほどのクラスでも既にグループが出来上がっており、一緒にいる友だちが固定化されていた。


 私は従姉妹の十環と一緒にいることが多く。他には鬼頭家と斎木家の同じ歳の子供ということで、何度か会ったことがある桔梗と一緒にいるぐらいだった。


 そして通い始めて一ヶ月後ぐらい経って、なんだかおかしいということに私は気づき始めた。


 私が廊下を通ると人が避けていき、コソコソと話し出す。聞きたいことがあって話しかけても私の存在が無いようにすっと視線を逸らされて別の人と話をしだす。


 十環と桔梗に相談しても気にすることじゃないと言われるだけ。


 夏に入ろうとする時期だった。長雨が降る中で私は会ってしまった。


 鬼頭氷刹と鬼頭炎珠に。



「本当に気持ち悪い。それで見えているのか?」


 氷のような青い目をした十五歳ぐらいの少年が皮肉めいた笑みを浮かべて言う。


鬼禍きかのくせに何故生きていますの?」


 燃えるような炎を瞳に宿したような鋭い視線を私に向けてくる十二歳ぐらいの少女。


 そして久しぶりに聞いた鬼禍きかという言葉。


「真白は鬼禍じゃないよ」


 鬼頭様から見鬼と言われたから無能力者じゃない。


「鬼禍じゃないっていうなら、力を見せてみろよ」


 少年は尖った氷の刃を空中に出現させる。


「本当に、こんな妹の所為でお父様やお母様が、肩身が狭い思いをするなんて理不尽すぎますわ」


 少女は手のひらの上に赤い炎を出現させた。


「真白の力は戦う力じゃないの」

「ばっかじゃねーの?鬼頭家に弱い奴は必要ないんだよ」

「強くあってこそ、鬼頭を名乗れるのですわ」


 私は戦う力はないと言っても聞いてはくれず、二人から攻撃された。そもそも私は戦闘訓練は受けていないから、受け身も取ることも避けることもできずに、全ての攻撃が当たってしまう。


 そして鬼の血を引くが故に、その傷は回復して、また傷ついていく。

 私は声を押し殺して耐える。


 真白は知っている。ここで叫ぶと、うるさいと言って酷くなることが。


「見鬼だっけ?使えないこんな目いらないよな」


 そして私の視界は奪われた。

 だけど我慢する。絶対に叫ばないと。


「全然泣きもしないって気持ち悪い。こんな子の何が大事なわけ?」

「お父様も鬼頭様に気を使いすぎなのよ。さっさと連れ戻して始末してしまえばよかったのよ。お父様の子供は氷刹と私だけでいいのよ」


 遠ざかっていく声に、私はあれが噂で聞いていた父刀夜の子供だとわかった。


「あ! 明日からは無視じゃなくて、攻撃する練習台にすればいいって、皆に言っておこうか」

「それはいいわね。だって体だけは頑丈ですもの」


 そして私が話しかけても居ないように扱われていたのは、鬼頭家の二人がそうしろと皆に命じたからだとも知った。


 鬼の血を引くがゆえに回復力は高い。だから、雨に濡れて血は流され、着ていた服がボロボロに切れて黒く燃えているだけ。


 痛みはない。途中から、ばぁから教えてもらった痛みを無くす術を使ったから。


 雨に濡れて重い体を起こす。帰ろう。まだ午後の授業が残っているけど、ばぁのところに帰ろう。


 私はふらふらとしながら、なんとか帰ってきた。だけど玄関の土間のところで立ち止まってしまう。


 どうしよう。このまま上がると床をビショビショに濡らしてしまう。ぐるっと回って私の部屋に縁側から入る?


 でもどちらにしろ濡らしてしまう。

 ポタポタと落ちる雫が、土間の色を変えていく。

 あれ? 赤い色が混じっている。酷い雨だから血も洗い流されたと思ったのに、これじゃ余計に家の中には上がれない。


 困ったと、玄関の土間で立ち尽くしていたら、鬼頭様に見つかってしまった。


「真白。学校というところに行っていたのではないのか?」


 その言葉に顔を上げてへらりと笑う。どう言い訳しようかな。


 すると一瞬驚いたような表情をしたと思ったら、土間に下りてきてベチョベチョに濡れている私を抱えた。


「ユリ! 真白の手当をしろ!」


 凄く怒りながら、ばぁの名を呼ぶ鬼頭様。私の怪我は治っているから手当なんていらないよ。


「どうされたのですか?」


 慌ててばぁが奥からやってきた。そして私を見た瞬間、ばぁから表情が消えた。


「マシロ。ばぁが綺麗に治してあげますからね。大丈夫よ」

「え? 真白は怪我なんてしていないよ?」

「⋯⋯」

「⋯⋯」


 私の言葉に二人は黙ってしまった。どうしたのだろう? 真白の腕や足の怪我はもう治っているのに?


「ユリ。真白を頼んだ。少し出かけてくる」

「はい。いってらっしゃいませ。鬼頭様」


 私は鬼頭様から、ばぁの腕の中に移動した。そして、ばぁは、私の右頬に触れた。

 あれ? 触れられた感覚がない。


「このような呪を人に向けるなど、嘆かわしい。マシロ、少しお眠りなさい。その間に解決していますよ」


 ばぁは、私の左目を閉じるように覆いながら言った。そう言えば、なんだか見にくいなと思ったら、右目が見えていないんだ。


 そうして私は眠ってしまったのだった。


 そのあとで聞いた話では、鬼頭が学校にやってきて初等科の棟を全壊させて、犯人探しをしたらしい。


 そして今までの私の現状を知った鬼頭は、皆殺しにする予定だったらしいけど、当時の校長先生が人を裁くのは、斎木家に任せて欲しいと鬼頭に訴えて、その時は事なきを得た。


 これが十二年前に起こった事の顛末だ。


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