悪魔は記憶を喰らい、私は愛を喰らう
鴻山みね
第1話
その音に影響するかのように外では強風が吹き荒れ、窓を叩き、内と外で音を交響していた。耳を塞いでも音は容赦なく体に伝わり残響する。
咲綺は目を閉じ、口を閉じ、時間の感覚を閉じ。夢境の世界に身を沈めようと必死に念じていた。思いが通じたか、気づいた時には余響だけが残っていた。
目を見開き時計に視線を移すと大した時間は経っていなかった(時計は午後二時を指している)。咲綺は時間が流れるのは何故こんなにも遅いのだろうと考えた。
そんな
居留守をしようと物音を立てずに咲綺は地蔵のように固まっていた。
ドンドンと扉を強く叩かれた。五秒後、また扉を強く叩く。
余計に怪しいと思い咲綺はテーブルにあるスマホを手に取り、胸にあてた。次、叩いたら警察に通報してやると思い耳を傾けた。ドンドンとまた強く扉が叩かれた。
通報しようとしたその時「
聞いたことのない声だったが、自分の名前を知っているなら泥棒ではないだろうと思い、警察への通報を止め自室のドアを開き、玄関に向かった。ドアチェーンを掛け、恐る恐る玄関の扉を開けた。
咲綺の目に映ったのは
咲綺はすぐさま扉を閉めた。怪しすぎる、どんな人が立っているのか一通り想像はしていたが、あまりに想像の域を超えた格好だったので扉を閉めてしまった。ゴスロリか? と思ったがエドゥアール・マネが描いたベルト・モリゾのような格好はゴスロリには当てはまらないのではないかとブツブツと考えていたら「咲綺さーん、開けてくださーい」と扉越しに声が響く。
咲綺は「すみません。どちら様でしょうか」と聞く。
「悪魔です」
聞いたことのない返し方をされ、咲綺は惑い聞き返した。
「すみません。聞こえづらかったのでもう一度お願いします」
「悪魔です」
ハッキリと悪魔と聞こえる。咲綺はこのまま放置しようかと思ったが挫けずに話しかけた。
「えっと、悪魔さんは私に何か用があるのですか?」
「はい、あります」
「――どの様なご用事で」
「咲綺さんの願いを叶えるので契約をしてくれませんか」
「帰ってください」咲綺は突き放すように言い、鍵を閉め、話を聞くのも馬鹿らしいと思い。まともに会話した自分に怒りすら沸いた。玄関の扉を後にしリビングを通り自室に向かい、半開きになっていたドアを開いた。
「もう少し、私の話を聞いてくれてもいいんじゃないでしょうか」ドアを開けた先には部屋の中で傘を差したまま、全身を黒で纏った自称悪魔が微笑みながら立っていた。
咲綺はハッキリとその顔を見据えた。綺麗――長い
「咲綺さん、聞いてますか?」少しむくれた顔しながら、じっと咲綺を見ていた。
「ごめん、ぼうっとしてて……」
「そうでしたか、では契約の話に――」
待って! と咲綺は嬉しそうに話を続けようとした自称悪魔に言葉を言う。
「……なんで、あなたが私の部屋に居るの」
「入れてくれなかったじゃないですか」
「あなたみたいな怪しい人普通は入れない」
「そういうものなんですね」と自称悪魔は理解したかのように頷いていた。
「わかったなら、早く出て行ってください」
「その前に、契約の話をですね――」
咲綺はため息を漏らした。これではらちが明かないと考え話ぐらいは聞いてみるかと思い、自称悪魔に座ってと言い。話ぐらいは聞くからと自分も腰を下ろした。
自称悪魔は傘をすぼめ床に置き、
「さっきから契約って言ってるけど、どういうことなの」
「契約をして頂ければ、咲綺さんの願いを叶えてさしあげることができます」
「願いを叶えるなんて、できるわけ……」と咲綺は小さく呟いた。
それを聞いた自称悪魔は「できますよ」と言い放ち、目を見つめて「命を奪うことだって」とにこやかに言った。
咲綺はその言葉と深く深くどこまでも落ち、底が見えない瞳に一気に飲まれた。自称悪魔は続けて「とはいえ、限度と言うのもあります。私と咲綺さんの範囲内でできることです」
「どういうこと」
「例えば、人類滅亡とか。人を生き返らせるとかはできません」彼女のその言葉を聞くと咲綺は生き返らせることはできないんだ、と声を漏らした。
「有名になりたい、好きな人から愛されたい、憎い相手の命を奪いたい、これらは咲綺さんとの範囲内なので可能になります」
「意外に、現実的な願いなんだ」
「悪魔とはいえ、干渉できることには制限がありますから。
「一応聞くけど、その契約の代価はもしかして――魂、だったりする?」
「一般論的な悪魔のイメージですね。安心してください魂は取りませんよ」自称悪魔は人差し指を頭に当て「代価は記憶です」と言った。
「記憶を奪うってこと……」
「いいえ奪いません。記憶の複製です。咲綺さんの記憶はしっかりと残りますよ」咲綺は注意深く自称悪魔の話を聞いた。
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