悪役令嬢ユーフェミアの献身

汐屋キトリ

ユーフェミアの献身

(アーサー殿下、どうか……)


 公爵令嬢ユーフェミア・オーツは王宮を全速力で走っていた。そして一際豪奢な扉を開け放つと、寝台ではオリーブ色の髪の少年が悶え苦しんでいるのが見えた。

 

 彼はユーフェミアの婚約者であり、このラグナル国の第一王子でもあるアーサー・ラグナルである。

 昨日から全身の痛みを宮医に訴えているという彼の纏う禍々しいオーラに、ユーフェミアは愕然とした。


(これは、呪障じゅしょう!?)

 


 この世界には炎魔法、水魔法、土魔法、風魔法、そして光魔法、闇魔法の六種類が存在する。


 呪障とはその内、この国で最も忌み嫌われている闇魔法の一つだった。

 かけられた者は全身を激しい痛みで苛まれ、一週間も保たずに死ぬ。公爵家の図書室で読んだ本には、そう書いてあった。


 何故それが呪障だとすぐに分かったのかというと、ユーフェミアもまた闇魔法の適性を持つからである。そのことを他に知っているのは、母親の公爵夫人だけだ。

 

 公爵令嬢として生を受けた瞬間から未来の王妃になることが決まっていたユーフェミアが、悪名高き闇魔法の使い手だと知られては世間体が悪い。

 そのため母親は、彼女に闇魔法を学ばせた上で秘することを固く約束させていたのだった。


 呪障を祓うには上級光魔法使いが複数人必要だと言われている。

 しかしユーフェミアは忍び込む道中、彼らが仕事で国外に出払っているという話を聞いてしまっていた。

 なんと間が悪いと思ったが、その隙を狙った犯行だったのかもしれない。

 

 アーサーにはもう時間がない。闇魔法への適性も無い彼の命は、今この時も脅かされ続けている。


(……彼の痛みを取り除けるのは今、私しかいない)


 駆け寄ったユーフェミアは彼の手を握り、両手で包み込む。そして自ら体内にある闇属性の魔力を起こし、昔本で読んだ通りに組み立てた。


 光魔法を使えないユーフェミアは呪障を祓うことは出来ないが、呪障に干渉して巣食う器から移すことは出来る。

 そして同じ闇魔法に適性のあるユーフェミアなら、いくら痛い思いをしようとも死ぬことは無い。

 

 指先を通じて呪障を自らの身体に引き入れたユーフェミアは、あまりの激痛に絶叫する。


(痛い、痛い、痛い……!)


 初めて経験する壮絶な痛みに、ユーフェミアの意識が薄れていった。

 そして暫くして、また激痛で目が覚める。そこは実家の公爵邸だった。

 侍女は「丸三日寝ていらしたのですよ」と泣いていた。

 

 痛みをひた隠しながら、ユーフェミアは馬車を王宮に走らせる。そして通された応接間に、すっかり顔色の良くなったアーサーがやってきた。

 

 全身が痛い、苦しい。それでも。


(殿下を救えたなら……!)


 しかし彼は予想もしていない名前を出した。

 

「男爵家のアウロラ・ブラナーは知っているか?」

「え?」


 彼女はアーサーの避暑旅行の先で友人になった令嬢だと、以前聞いていた。


「存じております」

 

 そして彼は満面の笑みを浮かべたまま、ユーフェミアを絶望に突き落とす。


「アウロラが光魔法に目覚め、私を救ってくれたんだ!」


 その日、ユーフェミアの献身は、塵と化したのだった。

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