日本一の桃太郎! 第二巻
花山慧太郎
第二十一話 渡る世間に鬼は居た ~其の二~
桃太郎の目の前に倒れる重蔵の父親。
その右側頭部には、まるで牛のような角が生えていた。
これは桃太郎が初めて収めた まともな勝利。
本当なら両の手を天高く掲げて喜びたい場面だろう。
しかし今はとても複雑な状況。
当然、喜びたい気持ちはある。
しかし、重蔵の依頼は暴れる父親を止める事だったと認識していた。
父親をこんなに苦しめる事を重蔵自身は望んでいなかったはず。
元の仲の良い家族に戻りたかっただけのはず。
重蔵の気持ちを思うと桃太郎の胸中はとても複雑な気分に晒され、とても手放しで喜べる気分ではなかった。
…そしてもう一つ…
重蔵には大きな問題が残っていた。
【鬼】の子は【鬼】…
つまり重蔵は鬼の子であり、彼自身もまた【鬼】であると言う事実。
それは彼らがこの倉敷に住む事が出来ないと言う事を意味していた。
桃太郎
『…どうする…?
…どうするんだよオイラは…?
これは取り憑かれているんじゃない。
彼自身が【鬼】なんだ。
じゃあどうする?
重蔵も退治するのか?
あんな小さな子を?
居場所を奪うのか?
【鬼】だから?
それだけの理由で?
いやいや、理由はそれだけじゃない。
重蔵の父親は暴れていたじゃないか?
このまま倉敷に住ませたら被害者が増える。
意味も理由も無く住人達の人生が狂わされる。
…そんなのダメだ…
これは仕方のない事だ…
人間が住む町に【鬼】は暮らせないんだから…。
…仕方ないよ…
…そうだ…これは…
…仕方のない事なんだ…』
何とか自分を言って聞かせようとする桃太郎。
これは人間の生活を守るため…
あくまで自然の掟…
人と鬼は相容れない存在…
だから仕方がないと、桃太郎も良く理解していた…
だが…
重蔵の方を振り向いた桃太郎の目に…
今の桃太郎が見るには最も辛い光景が映り込んだ…
重蔵
「…お父さん!!!」
…涙を流しながら駆け寄ってくる重蔵の姿…。
…弱々しく…
…脆そうで…
…儚くて…
…こんなに傷付きやすそうな存在が求める細やかな願い…
…父親と一緒にいたいと言う、たったそれだけの事…
確かに重蔵の父親は倉敷の住民を傷付けた…
倉敷に住む人間だって守らなくてはいけない…
それでも、重蔵達親子をこのままただ追い出すだけだなど、桃太郎には納得出来なかったのだ…。
そして…
同時に桃太郎の脳裏に過った、もう一つの疑問…
桃太郎
『…彼らをこのまま追い出すって言うなら…
…夜叉丸とオイラの関係はどうなる!?』
…迷い…
…躊躇い…
…葛藤する者を【弱い】と断定する者もいる…
…しかし…
その想いを持つ事は決して、愚かな事ではない…。
大切な事だからこそ、それを秤に掛けて迷いを感じるものなのだ。
その大切さが理解出きるからこそ、人はより正しい手段を求めて逡巡するのだ。
桃太郎の目の前で、倒れる父親に抱き付き 心配そうに声を掛け続ける重蔵。
そんな重蔵を見ていると、桃太郎の胸の奥は何故か激しい痛みに襲われた。
このままではダメだと…
何かを変えなくてはならないと、その痛みが訴えてくる…。
目の前で困っている【鬼】も、【人】も…
桃太郎は守りたいと願い始めていたのだ…。
桜
「…桃ちゃん…?」
そんな桃太郎の気持ちを察してか、少し離れた場所からその様子を見守る桜…。
最初こそ、桃太郎の心の痛みに共感する想いだった彼女だが…
桃太郎の【ある変化】が彼女の目に飛び込んできた…。
…気のせいか…?
…桃太郎の両手首に巻かれている保護布…
手首への衝撃を軽減するための物にすぎないその布に感じられた違和感…。
右手首に巻かれている方は変わりないのだが…
左手首に巻かれている布が、微かに光って見えた…。
ぼんやりと…
しかし、ハッキリと分かる…
そこが少し明るい事が…。
そして…
桃太郎から伝わってくる気配…
【それ】は…
桜
「…これは…【気】だ…!」
桃太郎の肉体からは全く感じられなかった、生物に必ず必要となる【気】…。
それは、ある種の【呪い】によって感じ取れなくなっているのだと思われていた…。
…しかし…
今の桃太郎には、それが感じられたのだ…。
思わず、桃太郎に駆け寄ろうとした桜。
だがそこには既に…
見慣れない竹笠を被った男が歩み寄っていた…。
桃太郎と変わらない体格…
その腰に帯びた二本の刀…
旅の者にしては立派な身成…
竹笠のせいで顔が良く分からない…
ただ一つ分かる事…
それは…
桜
『…誰だか知らないけど…
…強い…!』
桜でも或いは太刀打ち出来ないほどの強さ。
少し離れた場所にいる桜にさえ、それは伝わっていた。
まるで重たい空気…
呼吸をすることさえ辛いと感じる…
その男が放ち続ける【気】が、桃太郎に駆け寄ろうとする桜の足さえ止めていた。
そんな事ができる男にやっと気が付き、男の方へと振り向く桃太郎。
既にその時には、男と桃太郎の距離は刀の届く距離にまで近付いていた…。
男
「…何故 斬らない?」
桃太郎
「…え?」
男が桃太郎に投げ掛けた突然の質問。
自分の考え方とは違いすぎるその発言内容に、桃太郎の思考は停止してしまっていた。
何と返事をして良いのか分からない。
何を感じて良いのかさえ…
そんな思考停止状態の桃太郎の元へとたどり着いた桜。
桜は男が放つ【気】に耐えて、桃太郎の元まで歩み寄っていたのだ。
彼女は何とか無理なく桃太郎と男を引き離したかった…
…だが…
桃太郎が、何故か動こうとしない…
何度も桃太郎の袖を引く桜。
だが桃太郎は困惑したような表情のまま、袖を引く桜にいまいちハッキリとした反応を見せなかった。
桜
「ねぇ桃ちゃん…もう行こ?」
桃太郎
「…え? …だけど…」
桃太郎は…
まだ重蔵達親子をどうすべきか、その答えを出せていない。
この答えが出せないと、きっと後悔する事になる。
そう思うと…
桃太郎はその場から離れる事が出来なかったのだ…。
男
「…何を躊躇う…?」
桃太郎と桜の様子などお構い無しに、自分の話を進めようとする男。
彼の右手はゆっくりと動きだし、その腰に帯びている刀の柄へと向かっていた。
男
「…お前も…
…木刀とはいえ、刀をその手に握る者なら分かるだろう?
勝利こそ全て。
勝利した者にのみ全てが与えられ、勝利した者には全てを自由にする権利がある。」
ゆっくりと引き抜かれた白銀の刃…。
余りにも美しい輝き…
しかし…
余りにも冷たく感じられるその輝きに、桜でさえ恐怖を感じずにはいられなかった。
桜
「桃ちゃん!!! 逃げて!!!」
桃太郎の手を引いて走り出す桜。
…だが…
男が抜いたその刀は、桃太郎と桜には向けられなかった…。
男が斬ろうとしたもの…
それは…
桃太郎
「重蔵ッ!!!」
男
「【人】と【鬼】は相容れない存在…。
【人】は【鬼】を滅し…
【鬼】は【人】を喰らうもの…
ならば…
勝利した者が相手の命を奪うのは、この世の【摂理】だろう…?」
天に向けて、高く高く掲げられた男の刀。
その切っ先が一瞬光ったかと思うと…
それは重蔵に向けて、静かに振り下ろされていた…。
…まだ重蔵は、自分の命が狙われている事に気付いていない…。
父を心配して涙を流すその背中に襲い掛かろうとしている凶刃に気付いていない…。
次の瞬間にも、その命の灯火は消されようとしていた…。
…しかし…
その凶刃と重蔵の間に滑り込んだ【それ】が、男の殺意のこもった刃を弾き返した…。
桜の手を振り払って、重蔵の元へと駆け戻っていた桃太郎。
その手に握られた木刀が、男の凶刃を止めたのだ。
…自分の刀を弾かれ、僅かに体制を崩した男。
その時に…
彼が目深に被っていた竹笠が緩んで外れた。
桃太郎
「…何を勝手な事をしてんだよ!!!
…お前ッ!!!」
男
「…やはり…
…面白い男だ…。」
竹笠の下に隠れていた男の素顔…。
…それは…
桃太郎や桜と殆ど変わらない、稚なさを残した【人間の少年】の顔…
しかし、その眼光は幾千の修羅場を潜り抜けた武士の如く鋭く…
髷を結われたその頭髪には、見慣れない造りの飾りが添えられていた。
日本一の桃太郎! 第二巻 花山慧太郎 @ManabnKurokawa
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