彼女はしばらくそのまま身体も硬直させていたが、うなだれると首を左右に振った。


「なんで?」

 僕がそう短く訊いた。

 何か言いたげに、猫のひげが小刻みに動く。

 黙っていられず、僕は畳みかけた。

「彼女が、僕に会いたくないと言ったのか?」

「……違うの。違う。そうじゃないの。そんなこと言ってない」

「じゃあ、なんて?」


 彼女はスツールの上でよろよろしながら、ようやく顎を持ち上げる。


「彼女はこう言ったの。私が死んだのを知らなければ、私は彼……つまりあなたのことね……の中でずっと生き続けるんだ、って」


 だから、僕とは会えないのだろうか。

 相変わらず身勝手だと切り捨てることもできるが、彼女は誰からも忘れられ、自分の命が存在したことさえ、この世から完全に消えてしまうことを恐れているのだろうか。

 それは、僕にも全く分からない感覚でもない。


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