チンパン爺

 鹿と入れ替わるようにして、別の客が来た。

 が、やはり人間ではなかった。

 戸口にはチンパンジーがいる。

 右手を上げた。

「うおーい」

 しわがれ声で呼び掛けてくる。

「いいですかな?」

「どうぞ、いらっしゃいませ」

 僕は丁重に迎える。


 彼はカウンターのスツールに腰を掛け、片肘をつくと、空いた手で尻の辺をごそごそと掻いた。

「あれは、ありますかな?」

 僕は眉を浮かせた。

「あれ、ですか?」

 彼のいう“あれ“が何なのか、普段から付き合いがないので考えを巡らせても、さっぱり分からない。


「恐れ入ります。あれ、ってなんですか?」

 僕がそう尋ねると、癇に障ったのかチンパンジーは歯をむき出した。

「え、ちょっ? あれってあれに決まっとるだろう?」


 彼の頭の中には明確にあるようだが、酒の種類はいくつもあるから全然予想つかない。

 年寄りだから酒の名前が出てこないのか、単に偏屈なのか、それすら僕は見当がつかなかった。

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