23 あなたってツイてますね
……? 全身が痛い。
地面の感触はある。体勢はうつ伏せ。
「あぅぁ……」
声は出る。ただ、呼吸は苦しい。
肺に上手く空気が入って来ない気がする。
全身が痛い。
「ごふっ! ごふっごふっ!」
砂塵か何かを吸い込んでしまったようだ。
反射的に空気を吐き出してしまう。
ただ、吐き出した後吸い込んだら、やっとまともな呼吸ができた。
どのくらい眠っていたのだろうか? 俺はさっきまで……
「っ……」
草を分けるような音。咄嗟に息を潜める。
そうだ、ここは山の中。俺はあのイノシシと戦って、斜面を転がり落ちたんだ。
今の音もおそらくイノシシか、他の動物か何かがうごめいた音だろう。
立ち上がろうとするが、すぐには身体を起こせない。
ある程度回復するまで……このまま見つからなければいいが。
「……くそっ」
願望虚しく、音の正体と目が合った。
額の角が折れ、ボロボロになったイノシシ。
一緒に転がり落ちただろうとは思っていたが、目を覚ますタイミングまで一緒とは。
「はっ……ツイてないな……」
本当に、心の底からそう思う。
こんな状態では剣の位置もわからない。
まともに立ち上がれてもいないので、攻撃をかわすこともできない。
いや、にじり寄ってくるなら、反撃のしようはあるか。
目の前のイノシシも突進と言うわけにはいかないようだ。
こうなったら、素手でなんとかするしかない。
腕を地面に突き刺してでも、立ち上がって戦うんだ……!
「うがぁ……ああ!」
「私に従い!」
「あ?」
誰かの声?
声色はあの時とは違い、聞き覚えはないが、この言葉は前も……
「ここへ寄れ!!」
その声が聞こえた瞬間、眼前のイノシシが斜面を転がり上がる。
いや、正しくは転がるように、斜面の上の方へ浮き上がる。
直後、ツノイシが浮き上がった先から何かの影が……人影が飛び込んでくる!
「セイヤッ!!」
『!?』
「きゃあ!」
聞き覚えのない声、イノシシの悲鳴、なんだか聞き覚えのある声。
そんな音たちの発生源を見て、目を疑いたくなってしまう。
白い何かを抱えた誰かが、宙に浮いたイノシシ目掛け、華麗に飛び蹴りを見舞った。
そんな光景が、俺の目の前に飛び込んできた。
***
「よし!」
「よしじゃないですよ!」
何かすっきりした様子の師匠に、思わず反論してしまいます。
この人突然何をしてくれちゃっているのでしょうか。
突然私を抱えだして、突然斜面を下りだしたと思ったら、突然魔法を使いだして、突然現れたツノイシを、突然蹴り飛ばしてしまうなんて!
「いいえ、目標発見よ!」
「えっ!?」
目標? 私たちの目標と言えば、当然男の子の捜索ですが……
もしかしてこの近くに彼がいるのでしょうか?
でも、辺りには茶色い落ち葉と、師匠の脚の餌食になったツノイシ以外には……
「あっ本当だ!」
茶色いもじゃもじゃと黒い髪!
うつ伏せですが、目が合いました!
なにか信じられないものを見る目をしていますが……当然ですね。
目の前でツノシシが軽々しく蹴り飛ばされたら、私だってびっくりします。
「あ、あの、何が、どうして……?」
予想通り、男の子から発せられた言葉には、困惑の念しかこもっていません。
しかし、言葉の意味は通っていますから、おそらく意識は正常なのでしょう。
「すいません、説明は後で、ちょっと腰失礼しますね」
「えっ!?」
「よいしょ! 自然に漂う無垢なる魔力よ。彼の者に同化し、傷を癒せ。ナルリア」
男の子は全身ボロボロですが、意識が正常で、目立つ出血もなく、立ち上がれない様子なのなら、治すべきは腰でしょう。
男の子の腰辺りに手と杖を当て、そのままナルリアを使ってしまいます。
人間の腰を使う力は凄まじいですから、脚や腕が折れていたとしても、これで身を起こすくらいはできるようになるはず。
「治るまで時間はかかるので、まだじっとしておいてください」
「カヤちゃん。そうもいかないみたいよ、ヤツらが近付いて来てる。それも大勢」
「っ……やっぱりですか」
それってひょっとして、さっきの掛け声につられてきたんじゃないんですか? なんて冗談は言いません。
私たちの出した声や物音云々の問題でないことは、私にだってわかります。
だって、遠くのほうからずっと、地鳴りみたいな足音が聞こえてきてるんですから。
「多分、その人にも戦ってもらった方が良いわ。これを渡して」
そう言って師匠はローブの中から一本の直剣を取りだします。
両手でも片手でも使えそうな長さの、扱いやすそうな剣です。片手半剣というやつでしょうか。
鞘はないですが、それは師匠が抜いたからでしょう。戦う上で、問題はありません。
「……よくはわからないが、一緒に戦えばいいのか?」
師匠とやり取りしていると、いつの間にか身を起こしていた男の子に声をかけられました。
「はい。もう大丈夫なんですか?」
「ああ……まだかなり痛むが……、大体は」
腰を抑えている様子からして、治療箇所はドンピシャだったようです。
しかも、腕の方も問題なさそうな様子。
考えてみれば先ほど師匠が蹴り飛ばしたツノイシも、男の子を狙っていたのかもしれません。
だとするならこの人は……
「こんな事言うのもアレですけど、あなたってツイてますね」
「ハッ……はははっ」
私がそう言って剣を差し出すと、男の子はおかしそうに笑います。
何か思うところがあったのでしょうか?
「この状況でソレを言うのね……」
「あっ、やっぱりダメですかね?」
考えてみれば、今は随分なピンチです。
まあ、彼が死んでしまったかもしれないという心配は取り除かれたわけですから、正直、気持ち的には随分楽ですが。
「いや、最高だ。再会したら、いろいろ話したいと思っていたけど、多分、後でのほうがいいな」
「ふふ、そうですね」
そんなやり取りを終えたところで、男の子は直剣を受け取り、両手で構えました。
「どのくらいやれるかわからないが、できる限り、力になろう」
「ええ! 後でいろいろ話しましょう!」
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