12 無いと思いたかった


 冒険者ギルドの扉が開く。

 入ってきたのは、銀髪で、四角い帽子を被った少女。

 少女は、ギルド内を見渡すことすらせず、一直線に掲示板へ向かう。

 いつものことだが、俺がここに立っている時間となると、彼女が受けられるような依頼は残っていないはずだ。

 彼女は掲示板を一通り見終えると、俺のいるカウンターに向けて歩いてきた。


「あの、マスター」

「お前が一人で受けられる依頼なら、もう無いぞ」


 既に貼り出しているのはもちろん、まだ確認中のものの中にも、彼女が一人で受けられるような依頼は無い。

 もちろん、貼り出していないものの中に、彼女が受けられそうな依頼があったとしても、そう頻繫に受けさせることはできないのだが。


「そうですか……」


 俺がそう言うと、彼女も察したのか、そう呟いて黙ってしまった。

 前のように俯いてはいないものの、少し落ち込んだ表情に見える。

 彼女が黙っている間に、俺は改めてギルドの中を見渡した。

 いつも通り、まばらに人は残っているが、俺に用がありそうな冒険者はいない。

 少しくらい、喋っても大丈夫だろう。


「まあ、そんな顔するな。この前の依頼はうまく行ったんだろ?」

「えっ? あっ、はい」


 俺がそう言うと、少女は少し驚いたような表情になる。

 俺から話題を振られるのが、珍しいからだろうか。

 はっきり言って今の時間は退屈だ。

 たまには話に付き合ってもらってもらおう。


「まさか魔物の死骸が流れ着いていたとはな」

「流れ着いてたのは死骸じゃありませんよ。生きているのを倒したんです」

「ハッ。お前一人で倒せるような魔物には見えなかったぞ?」

「それは……まあ、その……」


 思わず少し笑ってしまったが、彼女の反応を見る限り、真っ向から戦って倒したというわけではないのだろう。

 ギルドに運ばれた死骸は俺も見る機会があったが、とても彼女一人で倒せるような魔物には見えなかった。

 その上、あのカニのような魔物の甲殻にはヒビが入り、大きな何かで甲殻を断たれたような傷もあった。

 思うに、彼女の言葉は噓か、もしくはあの魔物が余程弱っていたかのどちらかだろう。


 とは言え、俺も目の前の少女を不機嫌にしたいわけではない。


「まあでも結果的に、依頼主は大喜びだったらしいぞ」

「えっ? そうなんですか?」


 俺がそう言うと、少女は少し嬉しそうな表情になる。

 なんというか……やはり彼女はとても分かりやすい。


「ああ、依頼主が言うには、見たことがない魔物だったそうでな。これは素晴らしいモノだだとか、依頼を出してみて良かっただとか……まあとにかく喜んでいたそうだ」


 俺がそう言うと、目の前の少女の表情は、かなり明るくなったように見える。


「そんなに……」


 少女はそう呟いて、口元に笑みを浮かべた。

 まあ、あの依頼主はその他にも、すぐに解剖しなければだとか、味も見ておいた方がいいだろうかだとか……まあ、色々なことを言っていたそうだが、その辺りは伝えなくてもいいだろう。

 わざわざ喜んでいる彼女の邪魔をすることは無いし、彼女が喜びそうなことはまだ残っている。


「それにだ。もしかするとこれが一番嬉しいことかもしれないが、依頼主は追加報酬を支払うとも言っていたそうでな」

「うっ」

「実際に報酬はかなりの額になるそうだ。聞いた限りだと本来の二倍か、三倍にも届くそうで、お前も受け取ればしばらくは……うん?」


 そこで気付いた。

 追加報酬という言葉を聞いた瞬間から、少女が微妙な表情で固まっている。


「……どうした?」


 まさかとは思う。

 まさかとは思うが、嫌な予感がする。


「えーっと……実は今日はそのことで、マスターにお願いがあったんですけど……」

「……報酬の受け取りは別窓口だぞ」


 一応、分かってはいるだろうが、言っておく。

 正直に言えば、そういうお願いでは無いことも、俺は分かっている。


「そうじゃなくて……私、今回の依頼で杖を折ってしまったんですよね」

「……そうか」


 見てみると、今日の彼女が右手に持っているのは、前に見た杖ではない。

 柄は金属製で、杖の先についているのは角ではなく、控えめな大きさの青い石のようなものだ。

 それが、金属でできた円盤のような台に載っている。

 何となく察しそうになるが、そんな事はないと思いたい。


「それで、代わりの杖を探してたらこれを売ってる行商人さんを見つけて……」

「…………」


 そんな事はないと思いたかった。


「お試しで触らせてもらったら、思ったより威力が出て、商品を壊してしまって……弁償はいいって、護衛の冒険者さんが言ってくれたんですけど、お詫びに杖を買い取ったら、お金が無くなっちゃいまして……」

「……結論を言ってくれ」


 杖を買ったらお金が無くなった。

 経緯は俺が思っていたよりはマシだったが、概ね想像通り。

 問題は、それで何故俺にお願いができるのかということだ。

 答えはすぐに、震える声の少女自身が教えてくれた。


「その………こないだ言っていた、パン屋の店番……紹介してください……っ」

「…………」


 そのこないだ、俺の提案に力強く嫌だと返した少女はどこに行ったのか。

 俺は額に指を当てながら、自分でも信じられないほど大きなため息を付いた。

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