11 パチパチと鳴る


 普通、魔法使い用の杖はほとんどが木製です。

 ところどころに金具が使われた杖はありますが、単純に高価ということもあり、柄の部分が全て金属で出来た杖は、めったに見かけられません。


 しかし、商人さんが開いた布巻きの中には、柄の部分が光沢のある銀色で、杖頭には小さな円盤のような物が付き、円盤の上には、青い宝石のようなものが付いた杖がありました。

長さとしては、私の肩に届くかどうかといったところでしょうか。

 円盤もそう大きくはないので、片手でも持てるでしょうが、両手で扱っても問題ないくらいのサイズ感です。

 私がそうして杖を眺めていると、つば広帽の冒険者さんが、私の横に並ぶように立ちました。


「それが気になるのか。銀色に青い宝石で、君に合ってるんじゃないか?」


 確かに私の髪は銀色で、目は青色です。

 配色で言えば、合ってはいるのでしょう。

 ですが、柄が金属製で、宝石も付いた杖となると、当然あの問題がついてきます。


「それは高いぞ」


 商人さんの声。

 使っている金属が多ければ高い。当然のことです。

 それに、魔物の角などに比べ、宝石は出回りにくいですから、この杖にもそれ相応の値段は付くでしょう。


「ですよねぇ」

「助けてもらったんだし、1つくらい譲ってやってもいいんじゃないのか?」

「馬鹿を言うな。中古品とは言え、金属製で宝石付き。それなりの金にはなるものだぞ」


 商人さんの言うことはもっともですし、譲ると言われても困ってしまいます。


「だが、金があるなら、今この場で売ることはできる」

「お金……」


 今回の依頼の報酬はかなりのものでした。

 少し無理をすることにはなるでしょうが、買えないことはないのかもしれません。

 金属製なら滅多に壊れるようなこともないでしょうし、正直悩んでしまいます。


「悩んでるな、どうだ商人さん。タダで譲ることはできないかもしれないが、どうせ中古品なんだし、今この場で杖を試すくらい、許可できないか」

「うーむ……まあ、それくらいなら」

「いいんですか?」


 私の言葉に、商人さんは頷きました。

 だったらまあ、試してみてから決めるのでも、遅くはないかもしれませんね。


「なあ、そこに水差しあっただろ?持って来てくれ!」


 焚き火の方に居る他の冒険者さんに向け、つば広帽の冒険者さんがそう言います。

 見張りをしていた何人かの内、一人の男性が、言われた通りに水差しらしきものを持って来てくれました。


「結構水残ってるけど……まあいいか」


 つば広帽の冒険者さんは、松明を持っていないほうの手で水差しを受け取ると、少し離れた地面に設置します。


「なんでもいい。あの水差しめがけて魔法を撃ってみるといい」

「えっと、大丈夫なんですか?」

「ああ、どうせ俺のものだしな。最近ちょっと欠けたところだから丁度いいさ」

「なるほど……では遠慮なく」


 だったらまあ、遠慮なく行きましょう。

 ただ正直なところ、私が撃てる魔法はそれほど多くありません。

 それこそ火球を放つ魔法くらいでしょうか?


「……あの、火の玉を放っても大丈夫ですかね?」


 少しだけ不安になったので、再度確認します。


「うん?大丈夫だろ。荷馬車は離れてるし、的もどうせ水差しだから、割れれば消火される」

「そうですかね」


 たしかに、中身が水なら燃える要素もありません。

 先ほど、結構な量残っていると言っていたので、燃え広がることもないでしょう。


「言っておくが、狙いは外すなよ。恩があるとはいえ、荷馬車を燃やしたら弁償だからな」


 商人さんはそう言いますが、半分は冗談なのでしょう。

 そう言う声は決して重くはなく、どちらかと言えば軽いものでした。


「わかりました。では……」


 私は金属製の杖を手に取り、精神を集中させます。

 杖が身体と一体になるような感覚。

 これだけでも、この杖がかなりいいものなのだとわかります。


「揺らぎ続ける魔力の火種よ……」


 魔法を作り始めると、一気に何かが膨れ上がるような感覚。

 今までの杖や素手と違い、少し意識を通すだけで、魔法が完成してしまいそうなほどです。

 このままでは暴走しかねないので、少しだけ調整します。

 少し抑え込むようにすると、普段のように魔法を完成させられる気がしました。


「燃え盛り、炎を生め! フーラ!」

「「おお……」」


 おそらく冒険者さんと商人さんの、感嘆のような声。

 完成したのは、普段より少し大きな火球。

 しかし普段より圧倒的に、作り出すのが簡単でした。

 幸い暴走することもなく、杖から離れた火球は真っ直ぐに水差しに向けて飛びます。


『ブワアアアアアアッ!!』

「えっ?」「うん?」「あ?」


 直後、水差しが爆散し、炎が噴き出します。

 私、つば広帽の男性、商人さんが固まります。

 四方に散る破片を、呆然と眺めます。


 やがて、破片から伸びる爆炎が、荷馬車の真上にかかりました。

 破片が落ちて、地面から火の粉が上がりました。

 少しして、音さえ立てずに、荷馬車が明るく照らされました。


『ヒヒィィィン!!!』


 近くに寝ていた件の馬が、立ち上がって暗闇に駆け去りました。


「どっ! どういうことだフリエンデ!!?」

「やべぇ! おいあれ俺の水差しじゃねぇのかよ!?」

「えっ? えっ?」


 怒鳴る商人さん。

 焦る冒険者さん。

 困惑する私。


「くっそ! わかんねぇけどとりあえず消火だ!」

「しょしょ、消火しましょう!! えっと……えっと……」


 とりあえず提案する私と冒険者さん。

 その場にいた全員で荷馬車を取り囲んで……えっとえっと、私にできることは、多分魔法!


「えっと……水を生み出すには……」

「おい! 全然消えねぇぞ!なんでだ!?」

「そうだ! グレイナー、水流の魔法……!」

「多分油壷!? バッカ!欠けてても水差しと油壷は間違えねぇだろ普通!!」

「地に沸き流れる恵みの魔力よ……」

「お前ら何してる!! 早く消せーッ!!」

「水だ! あるだけ全部水もってこい!!」

「今ここに戻り、水流を生め……」


 騒がしくて、熱くて、眩しくて、気が散ります!!

 でももう少し……もう少しで完成しますから……。


「もし商品がダメになったら、お前ら全員で弁償だからなー!!」


 弁償……!?

 あっ、まずい、集中が。

 これ、多分、魔法暴走します。

 暴走したら、この杖もダメになっちゃいます。

 それならせめて、完成させた方が……!


「グレイナー!!」


 咄嗟に荷荷車に杖を向けて、魔法を完成させます。

 完成して、急に水流が噴き出して、気づきます。

 明らかに量が多すぎる。

 そういえば、魔法の調整、忘れてました。


『ドドドドドドドドドッ!!!』


***


 パチパチと鳴る焚き火の前を、ぼんやりと見つめる。

 思い出すのは、あの銀髪の女性のこと。

 左手に持った火打金が、彼女のことを思い出させた。


「カヤ……か……」


 彼女は今ごろ何をしているだろうか。

 彼女は別れ際に、困ったら自分を探せと言っていた。

 もしかすると、それは建前のようなものだったのかもしれないが、それでも、彼女の言葉は嬉しいものだった。


「もし、また会うことがあれば、必ず約束を果たそう」


 俺は自分に言い聞かせるようにそう呟く。

 できるなら、次に会った時は、彼女を助けられるように。


 そこまで考えて、ふと、一つの事を思い出す。

 彼女は、もし街に着いて困ったら、自分を探してくれと言っていた。

 街というのは、人の集まる場所の事だろうが……


「そう言えば……街というのは、どこにあるんだ……?」


 あの時、聞けば良かっただろうか。

 まあ、人は川の近くに集まるはずだ。

 海から川沿いに進み始めたのだから、このまま歩いていれば見つかるだろう。

 そう思って俺は、火を少し弱めてから、目を閉じた。


***


 結局、火は消えたのか、商品は無事なのか、結論を言いましょう。

 消火は成功しました。商品の安否はわかりません。

 どうして安否がわからないのでしょう?

 それはもちろん、水流によって商品が押し流され、散ってしまったからでした。

 どうしてそんなに散ってしまったのでしょう?

 それはもちろん、水流によって押し流された荷馬車が……


「「「…………」」」


 バラバラになって、四散したからでした。


「あの…………弁償、ですかね?」


 念のため、私は確認します。


「ああ…………そうだな」


 商人さんは、しばらくしてから、私に答えました。


「そ、そんなぁ……」

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