7 白い甲殻の魔物
岩のような質感の白い甲殻。
甲殻から生えた二本の腕の先には、岩盤でできた大盾のような爪、またはハサミ。
それらを支える太く、ずっしりとした四本の脚を生やした魔物。
魔物が大盾のような爪を正面に構えているせいで顔は見えませんが、一番近い生物を挙げるなら、カニでしょうか。
なんにせよ、目の前の生物が、聞いたことも無いような魔物であることは確かでした。
見つかってしまった以上、私が取れる手段は二つです。
逃げるか、戦うか。
見るからに硬そうな甲殻に、先程の突進。
はっきり言って、私の魔法では、仕留めるのは難しそうな相手です。
ですが、近くにはあの男の子がいます。
彼が非武装である以上、ただ逃げるという選択肢は取れません。
最低でも、魔物を遠くに引き離してから逃げないと。
そんな事を考えながら、私は魔物に杖を向けます。
「揺らぎ続ける魔力の火種よ!」
私は後ろに下がって距離を取りながら、精神を集中させ、魔法を作り始めます。
このまま、魔法を完成させるまで待ってくれるとは思えません。
ですが、もしあの魔物が、さっきのように単純な突進しかして来ないのなら、攻撃を避けながらでも、魔法を放つことはできるはずです。
思った通り、魔物が取った行動は、突進でした。
二本の爪を振り上げながらの跳び込むような突進。
私はできるだけ精神を乱さないよう、また岸側へと跳びます。
魔物は私のいた場所を大きく通り過ぎてから、砂浜に着地しました。
「燃え盛り、炎を生め! フーラ!」
私が作り出したのは、広げた手のひらより、少しだけ直径の大きな火球。
完成させた魔法を、爪を地面に突き立てた魔物に向け、放ちます。
魔物が取った行動は、後ろを向いたままの横歩き。
脚が四本あるせいか、思ったよりも素早いですが、動きは単純です。
魔物はこちらを向いてすらいませんから、当たるはず。
プレーンスライムや、小さな獣程度なら一撃で仕留められる魔法ですが、果たしてこの魔物に効くかどうか……
『ジュッ』
「なっ!?」
正直に言えば、一撃で仕留める事はできなくとも、ダメージを与えることくらいはできるかと思っていました。
しかし実際には、魔物の背面に直撃したはずの火球は、白い甲殻に触れて弾けた後、少しの水蒸気と共に、消えてしまいました。
「全く効いてない!?」
怯みさえしないと言うことは、そう言う事でしょう。
魔物の身体が水に濡れていたから?
甲殻が炎に強い構造だったから?
「はっ!」
思考に費やした時間は、ほんの少しだったはずです。
しかし、私がまずいと思えたのは、魔物がこちらに進み始めてからでした。
横方向に進んでいた魔物は、弧を描くように旋回し、その四本の脚で私に向けて駆けてきていたのです。
魔物は両爪を掲げ、薙ぐように私に襲いかかろうとしています。
私はとっさに魔物に向かいますが、取れる行動はそう多くありません。
魔物が横向きにこちらへ向かってきている以上、後ろへ下がっても突き飛ばされるだけ。
かと言って、魔物に対して前方向へに跳べば、振り上げられた爪の餌食です。
後ろには下がれない。
魔物の前方も危険。
だったら、魔物の後方に跳ぶしかない!
「くおおおっ!!」
私は魔物の後方に抜けるため、全力で横へ飛び込みます。
頭から飛び込んだこともあり、何とか魔物の突撃を躱せたようです。
後方に抜ければ、あの魔物も旋回に時間を取られるはず。
魔物は横向きで迫ってきていたため、顔は見えませんでした。
ですが生物である以上、今すぐ魔法を作り上げ、振り向いたところの顔面に魔法を叩き込めば、あの魔物もただでは済まないはずです。
私は杖を握り直し、立ち上がりながら振り返ります。
「揺らぎ続けッ!?」
先に頭だけ振り向くと、勢い良く迫る魔物の背面が視界に映りました。
「がっ!!」
左半身から突き飛ばされる感覚。
空中に投げ出されたような浮遊感の後に、内臓が飛びだしそうなほどの衝撃が、私の全身を襲います。
直後に、背中から叩き付けられる感覚。
衝撃と同時に、肺から空気を吐き出します。
冷たい感覚は、海水でしょうか。
そう言えばここは波打ち際でした。
「はぁっ!」
息を吸い、意識をはっきりさせます。
痛みで思考が鈍りますが、考えることはできます。
おそらく、あの魔物は、私が背面に抜けた直後に停止し、後方に向けて跳んだ。
私はそれに突き飛ばされて、波打ち際に背中から叩き付けられた。
それで魔物に押しつぶされていないということは、まだ距離はあるはずです。
だったら追い付かれる前に立ち上がらないと!
「つッ!あっ!」
身体を起こそうとして、左腕に激痛。
魔物に激突された時に、やられてしまったようです。
歯を食いしばって、右腕だけを地面に立て、身体を起こします。
膝を曲げ、前を向きます。
「はっ」
身体を起こすのに使った時間はそれほど長くなかったはずでした。
なのに、前を向くと、魔物が居ました。
今まで爪で隠れていた、魔物の顔が見えました。
魔物の正面は、ほとんどが白い甲殻でした。
そんな中で、驚くほど下の方に付いた、二つの黒い目が、私を見ていました。
視界の端で、魔物の爪が、動きました。
杖を持った右腕は、地面に立ててしまっていました。
「目を閉じろ!!」
私は咄嗟に、その通りにしました。
『フスーッ!!』
「がっ!? げほっげほっ!!?」
刺すような激臭と呼吸困難。
聞いたことのない音とともに、そんな苦しみを感じます。
『ザブンッ!』
「げほげごぼっ!?」
背中と頭に冷たい感覚。
そして口には辛い水。
咄嗟に仰け反り、後頭部を地面を付けた私に、それらが襲いかかります。
丁度波が来たようでした。
「ぶはっ!げほっげほっ!!」
身体を起こし、頭の帽子を押さえつけながら海水を吐き出すと、少しして、呼吸困難は無くなりました。
しかし、相変わらず続く、この激臭は?
疑問は浮かびますが、すぐに解消されます。
この臭いを、私は知っています。
目を開き、視界に映ったのは、魔物の背中。
直後、魔物は四本の脚で横向きに走り、霧の中へと消えて行きます。
魔物が去った後に、橙色に染まった布袋が落ちているのが見えました。
それは、私が味付けにと男の子へ渡した、獣避けの粉袋でした。
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