4 野草とパンと干し肉のスープ


 パチパチと何かが鳴る音で目を覚ます。

 まず感じたのは、自分が何かの上に寝ているようだということ。

 背中に広がる柔らかさの下に、少し不安定な硬さを感じた。


「うっ……あぁ……」


 どうしようもないだるさに襲われながら身を起こす。

 目を開けると、ぼんやりとした視界の中に、白い何かが目に入った。


「目が覚めましたか」


 白い何かが俺に語り掛けてきた。

 言葉の意味は……理解できる。

 目の焦点を合わせ、よく見れば、それは人だとわかった。


 折れた倒木のようなものに腰かけているのは、茶色と灰色の混ざった帽子と、白い上着を身に付け、白い……というよりは、銀色の髪を伸ばした女性のようだ。

 身長は低めで、年齢はかなり若いように見える。

 俺が女性を見つめていると、女性はこちらに微笑んだ。


「いいでしょう? そのかばん。簡易的な寝床にもなるんです。あなたも冒険者なら、こういうかばんを持ち歩いて見るといいかもしれませんよ」


 銀髪で、青い目の女性が、優しい声でそう言う。

 振り向くと、先程まで俺が寝ていた場所には、布が敷かれていた。

 少し湿っている布の先には、袋のようなもの。

 おそらく、布をまとめれば、あの袋の上に乗り、背中に背負うことができるのだろう。


 同時に、背中に感じた不安定な硬さの正体もわかった。

 どうやら、地面は砂地のようだ。

 霧で辺りは見えないが、潮の香りがする。

 おそらく、ここは海岸なのだろう。

 しかし、先程女性は気になる事を言っていた。


「冒険者……?」


 俺が聞きなれない単語を口に出すと、女性は少しきょとんとした表情になった。

 すぐ微笑むような笑顔に戻ったが、その顔は少し申し訳無さげにも見える。


「あなたの装備、旅人にしてはしっかりしてたので、てっきり冒険者なのかなって思ったんです。違っていたならすいません」


 どうやら、冒険者と呼ばれたことに対して、俺が不満を表したように聞こえたらしい。

 結局疑問は解消されなかったが、これ自体はそこまで重要なことじゃない。

 今はそれよりも……頭が痛む。


「えっと、あの……ここはどこだ……? 俺は……どうしてここにいる?」


 2つ目は、俺がするべき質問じゃなかったのかもしれない。

 女性は少し困ったような表情になってしまった。


「えーっと……ここはエイビルムの北東にある海岸です。私は依頼でここに来た冒険者で……小舟の上で気を失っていたあなたを見つけたので、荷車に乗せて運んでから、ここに寝かせました」


 今の話から察するに、エイビルムというのは場所の名前か何かで、冒険者というのは何かしらの役職なのだろうか。

 周囲を見渡すと、荷車というのも、俺の背後に見つかった。

 荷車には大量のガラクタが積まれているのが気になるが、それはともかくとして……船の上で気を失っていたということは……


「俺を……助けてくれたのか?」

「船から降ろして、火を起こしただけですけどね。上着もそろそろ乾いてるはずですよ」


 女性が手で指した方を見る。

 焚き木の横には、三本の木の枝を組み合わせた物干しがあり、その物干しに、何かが掛けられているのも見えた。

 毛皮でできた上着のようなものと……灰色の帯のようなものが見える。

 彼女の言い方からして、あれは俺の物なのだろうか?


 ……ダメだ。さっきから何も思い出せない。

 思い出そうとしても痛みが頭を襲い、うやむやになってしまう。

 どうして何も思い出せないんだ?

 俺は何をしていたんだ?

 というか、そもそも俺は……?


「えっと……とりあえず、お腹空いてませんか?」


 頭痛と考えが纏まらない不快感でうずくまりそうになった瞬間、女性の声が頭に届いた。


『ぐうぅぅぅぅ』


 正確には、腹に届いたと言った方がよかったかもしれない。

 余程長い間意識を失っていたか、意識を失う前の俺は十分に食べていなかったのか。

 どちらにせよ、先程までは感覚が麻痺していて気付かなかったが、意識した瞬間、猛烈な空腹感が俺を襲った。


「やっぱり」


 音は女性にも聞こえてしまっていたようだ。

 女性は少し笑った後、立ち上がった。

 女性の右手には、先端にツノのようなものが付いた木製の杖。

 女性はその杖の先と、左の素手をたき火に向けて静止する。


「私に従い、動き出せ」


 一瞬、俺に向けられた言葉かと思ったが、すぐに違うとわかった。

 女性がそう言った瞬間、たき火の中から黒い塊が飛び出した。

 俺があっけにとられている間に、黒い塊はふわふわと浮遊しながら移動し、敷かれた布が途切れた先の、砂の上に着地する。


「そして休め。そして、動き出せ」


 女性がそう言い終えると、着地した黒い塊の上の方、蓋のようなものが開いて浮きあがる。

 蓋はそのまま横にずれ、黒い塊の中身が露わになった。

 どうやらこの塊は、鍋のようなものだったらしい。

 湯気のたった無色のスープに、いくつかの具材が浮いている。

 緑の野草のようなものに、黒い干し肉のようなもの。

 同じく黒色の丸いものは、パンかなにかだろうか?


「そして休め」


 蓋が鍋の縁に当たって落ち、金属音が鳴る。


「どうぞ食べて下さい。簡単なものですし、量も少ないですけど、暖かいですよ」


 やはり鍋の中身は食べ物だったらしい。

 女性の言う通り、簡単な料理ではあるのだろうが、俺の食欲を刺激するには十分な食べ物だ。

 だが、そんなことがどうでも良くなるほど、気になることがある。

 一体何が起こったんだ?

 何故この鍋はたき火から飛び出し、浮遊した?

 彼女は何者で、一体何をした?


 痛む頭では、なかなか適切な言葉が出て来ない。

 それでも一つだけ、思い付いた言葉を上げるなら……


「魔法……?」

「はい、そうですが……もしかして、魔法を見るのは初めてですか?」


 初めてかどうかはわからない。

 そういうものが存在するということは、覚えている。


 しかしそうなると……ますます大丈夫なのだろうか。

 俺は彼女がこのスープを作ったところを見ていない。

 それはつまり、何が入っているのかわからないということだ。

 もちろん、野草とパンと干し肉のようなものが入っていることはわかるのだが……俺が想像したのはもっと別のものだ。


「えっと、あなたは魔女……なのか?」

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