第38話

リオンからの予想外の告白があった後、祈祷の間で彼女と二人きりでいることにむずがゆさを感じ始めていた俺だった。


が、そこにニーフェルアーズの守護者ことストゥルタが現れる。


「ソール様、リオン様。祈祷の間にいらっしゃるなんて素晴らしい心がけなのです。お祈りはもう済みましたか?」


そう言いながら、俺たちに歩み寄ってくるストゥルタだったが、


「おや、お二人とも顔が少し赤いのでございますよ」


と言ってきた。


俺とリオンが同時に首をぶんぶん振ると、「ワタクシをのけ者にして二人でイチャイチャラブラブしていたのでございますね」とストゥルタはやれやれポーズをしてみせる。


「ば、ばかもの」リオンが慌てた様子で言った。「そこまではやっとらん」


殿下……そこまでってどこまでですか。という疑問を内心にとどめ、俺は初めてリオンと出会った瞬間のことを思い出す。あのむにゅっという柔らかい感触がいまだに忘れられない。


「おいソール」

「はっ、なんでしょう」

「その手の動きはなんだ」

「――はッ!?」


俺は無意識のうちに気持ち悪い動きをしていたのだと知り、うろたえた。リオンの「いやらしい」という言葉に返す言葉もない。


そんな俺のことは放っておき、リオンがストゥルタに尋ねる。


「ストゥルタはお祈りに?」

「それも含めて、人造人間ホムンクルスの様子を見に来たのでございます」


ストゥルタはそう言って壁際のベッドに寝かされている少女たちの方へと歩いて行った。


俺とリオンもその後についていき、真っ白な髪をした色素の薄い少女たちを見下ろす。


「ソール様とリオン様がいらっしゃるまでは、彼女たちを見てもワタクシの心は動きませんでした。ですが、お二人がいらっしゃって以来、毎日ここに来るのが楽しみなのでございます」


俺が「どうして?」と一応聞くと、案の定「もしかしたら動き出すかもしれません」と返ってきた。


最初は動くわけないと言っていたストゥルタが、今では愛おしそうにホムンクルスの頬を撫でているのが感慨深い。


「ワタクシがママですよー」

「違うよね??」


思わずストゥルタにツッコミを入れつつ、ふと浮かんだ疑問について尋ねる。


「そういえば、男のホムンクルスって俺だけだったの?」


ストゥルタは目をパチクリさせてから、「はい」と短く答えた。続く言葉はないのかと少し待っていると、ストゥルタは小首をかしげて言う。


「なぜマスターは一人だけ男性にしたのでしょう??」

「分からなかったかぁ」


謎は謎のままかと思っていると、ストゥルタが思い出したように口を開いた。


「男性型のホムンクルスについては分かりませんが、マスターはこんなことをおっしゃっていました。『王冠ケテルは全てのホムンクルスに力を与える』と」

「ケテルって俺のことだね」


俺はリオンと目を合わせる。リオンの魔術を増幅させたりできたのはケテル――俺の体が持っている力のおかげということなのだろうか。


「だが」リオンが俺に向かって言う。「残りのホムンクルスが寝ていては力の与えようもないな」

「それはまあ、確かに」

「まあ、私は一向に構わんがな。ソールだって、私がいれば十分であろう?」

「え? えぇまぁ」


俺がてきとーな相づちを打ってしまったせいか、リオンが詰め寄ってくる。呼吸も伝わる距離にまで迫ってきたので、俺は思わず顔を背けた。


「不服か?」

「いえ、そんな深い意味でお答えしたわけではなィ……ッ!?」


さらなる追撃に、俺の声が裏返る。


「どうしたソール。顔が赤いぞ」

「い、いや……だ、だって……!」


リオンの今日のアプローチはいつになく過激だった。太ももを内側から撫で上げられる感触に、体が跳ね上がりそうになる。


「殿下……! どうかご勘弁を……!」

「なにを言っている? 今さら顔を近づけたくらいで恥ずかしがりおって」


からかうような口調に俺は抗議したくなった。くらいじゃなくて触ってますよねッ! と。


俺はこれでも騎士の誓いを立てた身なんだ。リオンによこしまな感情を抱かないように、主人公ソールらしく振るまおうと決めたんだ。


俺が歯を食いしばるように耐えていると、リオンもさすがにやり過ぎたと思ったのか「この程度でうろたえおって」とちょっと嬉しそうに距離を置いた。


(……あれ?)


リオンが離れても、追撃が終わらない。俺の太ももを舐めまわすような手の動きが止まらない。ということは――


「――ルタッ!?」


俺は即座にルタに向かって叫ぶと、ルタは相変わらずホムンクルスの頬を両手で撫でていたところだった。ルタが小首をかしげて「はい。ワタクシはストゥルタでございますが?」と俺の方を見てくる。


(じゃあこれはなんだ。俺を触っているのは――)


と、俺の太ももを撫でる手の動きが加速した。


「い゛や゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁッ!!!」


俺は大きくのけぞり、尻もちをつく。お化け? 幽霊??


俺は自分の身に巻き起こった怪奇現象に恐怖し、ふと視線を感じるや否やその方向に振り向いてしまう。


「――ッ!?」


俺はそれと目が合った。ぎょろりと動く琥珀色の瞳が、俺の瞳を覗いていたのだ。

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