第37話
戦いの翌朝。バラバラにちぎれた植物性の怪物の遺骸をせっせと運び、ニーフェルアーズの入り口付近に作った墓穴に投げ入れていく。俺たちを殺そうとした
手を合わせた後、錬金術で作り出した墓穴を今度は埋めた。以前リオンから言われた土葬係を率先してやっていることが、自分でも少しおかしい気がする。
土葬が終わるとすぐ、リオンが「少し歩こう」と散歩に誘ってきた。一体どこを歩くのかと思ったが、なんてことはない、ニーフェルアーズの中をということだった。
一番外に近い玄関の間から、一番奥にある祈祷の間までゆっくりと歩いていく。
世界、太陽、星、死神、正義、力、無、女帝、愚者――それぞれの道を歩いている間、リオンとはたわいのない話――新しい必殺技を考えた!――などをした。
途中どの道を歩いている時だったか、リオンがほんの少し考え込むような顔をしていた時があった気がするが覚えていない。リオンみたいな可愛い女の子の隣を歩いていることの方が重要だったので、道の名前どころではなかった。目まぐるしい日々の中ようやく訪れた休息を噛みしめていたこともある。
祈祷の間に着くと、リオンは中心に向かって歩き出した。俺もその後についていく。
「ここから始まったのだな」
そう言ってリオンは俺に振り返り、いたずらっぽい笑みを浮かべてみせた。
「一を知り、十を知り、ようやく帰るべき場所を知る――ストゥルタはそう言っていた」
「そういえば、そんなことも言ってましたね」
俺が答えると、リオンは「ふふ」と小さく笑って両手を後ろに組み、背中を向けた。赤い長髪が滑らかに揺れる。
「ソール、これから私が言うことに対して何も聞かないでほしい」
どういうことだろうか。俺はリオンの言葉を噛み砕く。
「それは……殿下は話したいことを話して、俺はそれについて質問しちゃだめってことですか?」
俺の質問に、リオンは背を向けたまま「そうだ」と答えた。
「理不尽過ぎませんか?」
俺が軽い口調で言うと、リオンはピタリと動きを止める。
「そう理不尽だ! だが聞くな!」
振り向きざまにリオンは俺の胸ぐらを掴み、上目遣いして言った。
「だって、主人の理不尽を受け止めるのも騎士の役目だろう?」
「ええっと……!?」
無茶苦茶だ、とは思う。とはいえ急に甘えるように子どもっぽい理屈を並べたリオンに逆らうこともできず、俺は「仰せのままに」と言ってしまった。
「いいか! 絶対に何も言うんじゃないぞ!」
リオンは俺の胸ぐらを掴んだまま念を押す。俺が黙ってうなずくのを見て、ふっと表情を和らげるが、彼女の口からはなかなか言葉が出てこない。
リオンが何を言うのかと待っている今この瞬間がとても長く感じられ、俺もなんだか緊張してきた。
あまりにもリオンが言葉を発せないでいるから、「無理はしなくても大丈夫ですよ……?」と俺は気遣った。いや、本当は自分が怖くなったからそう言ったのかもしれない。
ただ、そんな俺の言葉にもリオンは首を振った。そして目をつぶると、軽い頭突きをするように、俺の胸元に頭を押しつけてくる。
「ソールと一緒にいたい」
リオンはさらにまくしたてるように続けた。
「ずっとここにいたい。ストゥルタやミーナミーナたちと一緒にいたい。それ以上はない。それだけでいい。私はただ、今この瞬間を生きていたい」
質問する隙すら与えないかのように、リオンは顔を上げるとすぐに俺の口を手で塞いだ。
「これで終わりだ! 言いたいことがあれば今! 私の手の中に吐き出せ!」
「もごもご――ッ!」
――苦じいッ!
「よし!」
「ぷはぁっ!」
息を止められたせいで、顔が熱い。
「殿下……無茶苦茶です……」
「ふん」
リオンは顔を真っ赤にして腕を組み、そっぽを向いた。かと思えば、おもむろに手を伸ばして俺の服の裾を掴んだ。
なにして――
「――あぁ! 俺の唾を俺の服で拭かないでくださいよ!」
「
「俺の唾は非売品です!」
「ふふ……あははは!」
まったく……自分は好き放題言って振り回してくるんだから。俺がリオンの身勝手さに呆れている中、リオンは無邪気に笑っている。
リオンがお腹を抱えて笑い終わるまで待つこと十数秒、ようやく落ち着くと、少し折りたたんでいた体を元に戻した。
それからリオンが無言のまま俺をじっと見つめてくるので、俺もやり返す。瞳に映るホムンクルスの少女は、俺を試すみたいに微笑を浮かべていた。
「ソール」リオンはただ短く俺の名を呼び、「ありがとう」と続ける。俺は「一応、約束ですから」と、リオンが言ったことについては追及しなかった。
ただ、ずっと頭の中で見え隠れしていた疑問の答えは垣間見えた気がする。
『それ以上はない』と、リオンは――彼女はそう言った。それはつまり、彼女は故郷であるラズグリッド王国への帰還は二の次であるということになる。
そんなことがあり得るのか? いや、リオン=ラズグリッドに至ってはあり得ない。
少なくとも俺のわずかな記憶の中でも、リオン王女というキャラクターは故郷を愛していた。その故郷を取り戻すというのがゲームのメインテーマだったのは確か。
だからこそ、リオン=ラズグリッドの選択として『それ以上はない』というのはあり得ない……はずだった。実は王国に対しては思い入れがなかった――なんて設定はまずないだろう。
では彼女は――今目の前にいるリオンはいったい誰なのか。
リオンは、俺と同じ転生者なのか? だとしたら、なんでわざわざ遠回しにそれを伝える? どうして俺には質問を許さない? 今の関係性を維持したいから? 俺の正体がまだ分からないからそう言っているだけなのか?
それとも――
「ソール貴様、なにか勘違いしてないか」
「……え?」
その声にはっとして顔を上げると、リオンの真剣な目が俺をじっと見つめていた。
「私が言った『それ以上はない』という言葉の意味をだ」
「えっと……?」
リオンは半ば怒ったように俺の胸に拳を当てて言う。
「それ以上の『それ』とはなんだ!」
それ……って、なんだっけ。つい先ほど言われたリオンの言葉を思い出し、俺は再び自分の顔が熱くなるのを感じる。
『ソールと一緒にいたい』
と、リオンは確かにそう言っていた。
「あの、リオン殿下――」
「何も聞かぬという約束だ」
有無を言わさぬリオンの圧に俺は負けてしまう。
一緒にいたい……か。リオンの言葉の根っこの部分までは分からない。だが、彼女は俺にそう言ってくれた。少なくとも好意的には思っているのだと、俺に伝えてくれたんだ。
そのことがなんだか照れくさくて、思わず俺はリオンから顔を背ける。確かにそれ以上のことなんてない。他の疑問なんてどうでもよくなるぐらい、それが大切なことだった。
リオンはこうも言っていた。
『ずっとここにいたい。ストゥルタやミーナミーナたちと一緒にいたい』
リオンはきっと、この世界で生きる理由を見つけたんだ。ゲームのヒロインではなく、ただのリオンとして生きようとしている。そして、俺も――。
「俺たちの帰るべき場所って、ここだったんですね。殿下」
俺がそう言うと、リオンは何か言おうとした。だが声にはならなかったらしい。
彼女は口をきゅっと結んだかと思えば、言葉の代わりに微笑みを俺に送った。
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