第35話

泥沼から這い出た紅蓮の竜の頭が九つ――大口を開けて迫ってくる。


「わしがやってもええんか」


ドワーフのダイロンは誰も答えないうちに大斧を振りかざした。


「【大爆斧バングレズド】」


斧が空を切り裂いた直後、シャーレア本体のいる泥沼に向かって暴風が吹く。風に引っ張られないようにこらえていると、一瞬の静寂の後――



バガアアアァァァァンッ!!!



――泥沼を丸ごと吹き飛ばす爆炎が生じた。襲いかかって来た竜の首も、沼も、シャーレアも、全てまるごとだ。


(許可を求めた意味……!)


だが、それだけの威力はあった。竜をかたどった紅蓮の蔓は根元から焼けきれ、シャーレア本体も跡形もなかった。


俺たちへの被害はヒルデガルトが風の防壁を作っていたおかげで0。ヒルデガルトも涼しい顔をしている。とはいえ、そんなお決まりの戦い方みたいな顔をされても困るんですが……!


「まったく」リオンが呆れた声を出す。「事前に言え」

「おっしゃる通りで」


飛び散った泥沼があった場所には巨大な切り株のようなものが残されていた。


切り株は成長して伸び、最初に見た蕾が再生した。蕾が開くと再び少女と九つの竜が現れる。


「わしがやってもええんか」


今度は正しい意味で許可を求めるダイロンに、ヒルデガルトは「そうだね」と許可を出した。


もう一度ダイロンが斧を振るうと、やはりシャーレアも再生してしまう。これが彼女の言っていた『無限』の意味なんだ。どんなにダメージを受けても再生し、死ぬことがないという地獄。


「ええんか」

「続けて」


ダイロンが爆撃を繰り返している間、ヒルデガルトや他の面々は思考している様子だった。この再生が無限なのだとしたら、本当に倒しようがない。もし倒す方法があるとしたら、やはり俺に宿っている錬金術の力なのか。


「俺が地中から行きます」

「私も行く」


錬金術による破壊と再生の繰り返しで穴を掘り始めると、「のほぁ///」とダイロンが恍惚と驚愕が入り混じったような声を出す。


「なんじゃあの魔術はッ///」


本当に、便利な力だと思う。こうして穴を掘り、地中から直接本体を叩けるのだから。





暗闇の土中を突き進む途中、突然ぽっかりと穴が空いた。地下空洞――そう呼べる巨大な空間が、眼下に広がっている。空洞内の壁は青白い光が敷き詰められていて、地下なのに明るい。


(あれが本命か……!)


空洞の中心に、地上に向かって伸びる巨大な植物の根が一本一本うねっていた。


リオンが言う。


「まるでタコだな!」


俺が答える。


「10本なのでイカかも!」


俺たちが空洞に飛び降りると、太い根っこが10本――それらがまるで意思を持つかのようにこちらに伸びてきた。迷いのない速攻だ。


「ソール!」

「はッ!」


速攻には速攻で返すッ!


リオンが【六道六花】を展開し、俺が【干渉】する。


紅蓮地獄レッドロータス


迫りくる触手を氷の花弁の波で飲み込んでいった。


「「やってないッ!」」


俺とリオンは同時に叫んだ。こういう時、『やったか?』なんて言うべきではない。


凍結した太い根っこは、その中身までが凍りついたわけではなかった。あちこちからパキリという音がして、細かな蔓がうねうねと飛び出してくる。


だが、そんな細かな攻撃に付き合うつもりはない。根元の一番太い場所――そこをめがけて俺は走った。


「行きますッ!」


ミーナを助けた時のように、俺は足に意識を集中した。


力強く大地を踏み込み、干渉し、駆け抜ける――


「――【雷火怒鎚カヅチ】」


リオンによって名づけられたこの走法は錬金術によって即席の足場を生み出し、常に最高速度を維持する。


そして、対象を破壊する力――


「――【破壊の黒火ガンドエルヴ】ッ!!!」


シャーレアの本体がいるであろうその場所に、俺は全身全霊を叩きこんだ。





《やるじゃない?》





聞こえてきた明るい精霊の声に、俺は胸が締め付けられる気がした。


(やらないといけないのか……本当に……?)


目の前の根っこの化け物はどう見ても人間ではない。それでも、その内に宿る魂は人間と変わらないものに思えた。ストゥルタが破壊を望んだように、シャーレアもまた自らの死を望んでいる。けど、ストゥルタは破壊されなかったことを喜んでいたじゃないか。


こんなことしたくない。殺したくない。

そう思いながら、力は止められなかった。

止めるべき理由を見つけることができなかった。


矛盾の黒炎に身を焼かれるような気持ちの中、俺はついに見つけた。核とでも呼べば良いのだろうか、緑色に輝く光球がまるで破壊されるのを待つかのように静止している。





俺はそれを、握り潰した。

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