第27話

人造人間ホムンクルスの俺とリオン、ラミア族のライラとナナは、鬱蒼とした森の中で情報共有をした。が、食人植物マンイーターのキメラの本体の居場所を特定できるような情報はお互いに持ち合わせてはいなかった。


ライラは天に向かって吠える。


「忌々しいですわ! あのイカレ盟主! わたくしたちがドラゴン、ドラゴン、ドラゴン! ドラゴン、ドラゴン、マンイーター! ……を必死に退治しているんですのに!あれからちっとも情報を送ってこないのですわ!」


イカレ盟主というのはヒルデガルトのことだ。それにしても、ライラのモンスター退治の割合はドラゴンが多いのだろうか。


そんなことを考えていると、ライラに同調しているリオンが続いた。


「やはり、あの無駄ロン毛エルフの樹海での評判は悪いのか? ライラ」


ああ、殿下。悪い顔をしているな。さりげなく『無駄ロン毛エルフ』とかいうあだ名を使っているし。元々リオンはヒルデガルトを好ましく思っていないようだったから、ここぞとばかりにノリノリだ。


「評判は……色々ご意見がありますわ。でも! わたくしはあの方がちっとも好きになれないんですの! いちいち意味深な話し方をしたり、いちいち殿方を誘惑するようないやらしい所作だったりが鼻につくんですの!」


いやらしい所作と聞いて俺は初めてヒルデガルトに会った時のことを思い出す。

…………確かに。


ただ、いやらしいとまではいかないが、ライラの全身で迫ってくる感じもなかなかに刺激が強いものだったと思う。


「今回のキメラの件にしても『樹海が危ないからみんなでなんとかしよう』程度の情報しかありませんでしたわ! グレンタケがキメラに有効って、大抵の生き物はグレンタケに弱いですわよ! 大体指示がざっくりし過ぎですのよ!」


俺はこの世界に来てから日が浅く、樹海のこともほとんど知らない。俺はヒルデガルトについて特に悪いとも思わないが、ライラの物言いには現地民の実感がこもっているように感じる。なので、実際ヒルデガルトに至らぬ点があるのは本当なのかもしれない。


リオンとライラのやりとりを黙って聞いていると、同じく黙って聞いていたナナが俺の隣にすっと近づいてくる。


ナナが耳を貸すように手招きしてきたので、俺は体を寄せた。


「ライラお嬢様は、本当は大変お優しい方なのです。ただ、普通の方よりも責任感が強いせいで、上に立つ者に対しては特に厳しくなりがちなんです」

「あはは……分かる気がします。俺のリオン殿下もよく悪い顔をしますけど……ああ見えて物凄く優しいんですよ」

「……分かります。私たち、似た者どうしですね」

「……そうですね」


ナナは囁き終えるとすっと身を引き、微笑んだ。控え目でありつつ親しみやすい、不思議な安心感のある子だと思った。自分の主人であるライラが誤解されないように努める姿勢もいい。


と、リオンが俺とナナに振り向いた。愚痴大会は終わったらしい。


「おいソール」

「なんでしょう」

「不敬だぞ」

「まだ何も言ってません」

「『悪口大会が終わったか』みたいな顔をしている」

「……」


正確には愚痴大会だが、どうやら顔に出てしまっていたようだ。


「まあいい、移動するぞ」

「どちらへ?」

「エルフの森だ。ヒルデガルトが樹海全体に情報を伝達する能力を持っているのであれば、我々が得た情報を共有しに向かうべきだろう」

「分かりました」


確かに、ドラゴンに擬態するような――しかも猛毒を備えている化け物がいるということを知っているのと知らないのとでは大きな違いがある。リオンも肉体がホムンクルスでなければ毒で死んでいたかもしれない。


「ライラはどうする?」

「わたくしとナナも同行いたしますわ。樹海全体に情報を共有する方が結果的にラミアの森を魔物から救うことになりますもの」

「ライラは聡明だな。心強いよ」

「あら、それはこっちのセリフでしてよ? あのドラゴンモドキを倒す術をわたくしとナナは持ち合わせていませんでしたから」


ライラは素直にそう思っているらしいが、俺としても心強かった。俺とリオンが一度敗北したドラゴンモドキの不意打ちを初見でかわしたのだから。


「行きたくはありませんがエルフの森へ向かいますわ! 隊列はわたくし、ソールさん、リオンさん、ナナの順番を崩さぬよう気をつけるんですのよ!」


俺たちはライラを先頭にエルフの森へと向かうのだった。






ソールたちがエルフの森へと向かい始めた頃、ミーナはニーフェルアーズの玄関の間で地図を開いていた。その地図はシャーレアの大樹海を表したもので、ミーナのお気に入りのキノコが生えていた場所などが細かく記録されている。


ミーナパパ、ミーナママ、ストゥルタに見守られる中、ミーナはじっと地図を見下ろしていた。


「やっぱり……!」

「ミーナ様」ストゥルタが問いかける。「何がやっぱりなのですか?」


ミーナはストゥルタの顔を見てから、もう一度地図に向き直った。


「アナタニクビタケが生える場所にマンイーターが現れるっていう話だったでしょ? だから、ミーがこれまで見つけてきたお気に入りスポットを頭の中で思い浮かべてみたの。そしたら、なんとなく形が浮かんできた気がして……地図で確かめてみたら……!」


ミーナはアナタニクビタケが特に群生していた場所を指でなぞる。それは大きな楕円を描いていた。


「ね? 樹海の西側に偏ってるの! これってキメラの本体がこの中にいるかもしれないってことでしょ!」


ミーナはそこまで言ってから不安になる。あれ、間違ってたのかな。


静かな空気が漂う中、ストゥルタが沈黙を破った。


「ミーナ様は賢者なのです」

「わあっ、ルタちゃん」


ストゥルタに抱きつかれてミーナは倒れそうになる。


だが、相変わらずパパとママは静かだった。


「パパ、ママ……ミーの考え、変かな」


そう尋ねてもなお、二人はなかなか口を開こうとしない。それどころか、顔を真下にして見せようともしなかった。


「そうじゃない……そうじゃないんだよ、ミーナ」


パパが震える声で言う。


「パパとママはミーナの地図を見て……うぅ……」

「ど、どうしたの!? 泣いてるの!? パパ!?」


すっかり話せなくなったパパ。いったいどうしたの……?


ママが鼻をすすりながら地図を指さした。


「こんなにも広い樹海を……危ない生き物だっている樹海を……ずっと独りで……たった一人で……歩き回っていたのね……ミーナは……ミーナ……」


ママは地図に記された目印を一つ一つ、なぞっていく。





『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』『×』


……





ミーナはママの指を目で追いながら、ママとパパの病気を治すために歩き続けてきた日々のことを思い出していた。


病気を治すためのキノコを見つけられなかった日々のことを思い出していた。


自分を励ます独り言を呟き続けた日々を、思い出していた。


すると勝手に涙があふれてきて、止まらなくなった。


「うっ……うぅ――」


ミーナは初めて、声を上げて泣いた。今までパパとママの前で泣いたことは一度もなかった。今だって泣くつもりなんてなかったのに。でも、我慢できなかった。どんなにこらえようとしても、体のずっと奥の方からあふれ出してきて止まらなかった。


パパとママが、ストゥルタごとミーナを抱きしめようとする。

ストゥルタが離れようとしたのを、ミーナが強引に抱きしめて、止めた。





「――行ってくるね、パパ、ママ、ルタちゃん」


ミーナは独りで玄関の間から出ようとしていた。が、ミーナパパは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら引き留めようとしていた。


「パパも行くッ! 行くったら行く!」

「あなた! みっともないわよ!」


ママに羽交い絞めにされるパパを見て、ミーナは「へへ」と笑う。


「ミーは大丈夫だよ。この樹海で誰よりもキノコを知っているんだから。それに、一人の方がかえって安全だと思うよ?」

「うぅ……パパたちでは足手まといということなのかい?」

「そういうこと!」

「にゃがーんッ!!!」


ミーナの元気な返事に、パパはがっくりと首を落とし、膝まで崩れ落ちた。それでも顔を上げて食い下がる。


「ソール君たちを待ってからでもいいんじゃないか!? そろそろ帰ってくるに違いない!」

「でも、ソールとリオンならまずはエルフの森に向かうと思うの。だから、ミーナも向かう。そうじゃなくても、ここからエルフの森に向かって真っすぐ向かえば合流できる可能性も高いし!」


ミーナは続けた。


「それに、今は少しでも早く樹海を平和にしないといけないんだ。ミーもこの場所を守りたい」


パパがママを見つめるが、ママは首を振って微笑んだ。


「ミーナ、行きなさい。あなたの思うままに」

「うん! ドラゴンにだけは食べられないように気をつけるね!」


にっと笑ったミーナは下を向いたまま人形のように黙っているストゥルタを抱きしめる。


「パパとママを守ってね、ルタちゃん」

「……ミーナ様」


今度はパパとママに振り返り、抱きしめた。


「ルタちゃんの側にいてあげてね、パパ、ママ」

「「……ミーナ」」


ミーナは今度こそ門の外に足を踏み出す。

逆光を浴びるその後ろ姿を見た両親は、娘の成長に思わず感極まるのであった。

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