第2話 デートの約束

 夕陽が街を染める中、予想だにしなかった一言が僕を混乱させた。


「私とお付き合いしてください!」


 目の前に立つ橘美咲。学校で「美少女四天王」の一人として知られる彼女が、真剣な眼差しで僕を見つめている。その言葉は胸の奥に深く刺さり、頭の中が真っ白になる。


(な、なんで俺なんだ?どういう状況なんだ……?)


 焦りを抑えようと心の中で何度も問いかけるが、答えは出ない。彼女は僕の正体――学校で地味で目立たない「白石悠真」だとは気づいていない。今の「イケメンモード」の僕を、完全に別人として見ているに違いない。


「急にこんなこと言ってごめん。でも、自分の気持ちに嘘をつきたくなくて……。」


 美咲の声が微かに震え、けれどその瞳は揺るぎなく僕を見つめている。その姿に、胸がざわつく。


(こんなに真剣な橘さん……学校で見たことない。)


 学校での彼女は、常に周囲の中心にいて、完璧な笑顔で全てを受け流すような存在だった。だけど、今の彼女は違う。心の内をさらけ出しながら、自分の気持ちを必死に伝えようとしている。そんな彼女に応える言葉が、すぐには見つからなかった。


「……ありがとう。」


 僕はやっとのことで声を絞り出したが、次に続く言葉を探しあぐねていた。正直、嬉しくないわけじゃない。それどころか、心臓が少し早く脈打っているのを感じている。でも……。


「君みたいな綺麗な子にそう言われるのは正直嬉しい。でも……。」


 視線を一度落とし、一息ついてから続けた。


「助けられたことで気持ちが高ぶっただけかもしれないし……そういうのって、冷静にならないとわからないこともあると思うんだ。」


 その言葉に、美咲の表情が一瞬だけ曇るのがわかった。胸がギュッと締め付けられるような感覚に襲われる。


(しまった、余計なことを言ったかもしれない……。)


 慌てて言葉を補う。


「だからさ、もし良かったら、まずは友達から始めさせてほしい。俺って人間を、ちゃんと知ってもらった上で改めて考えてくれると嬉しいんだ。」


 彼女の瞳が驚いたように揺れた。そして、一瞬の沈黙の後、柔らかい微笑みが彼女の表情に浮かぶ。


「悠真君……本当に真面目なんだね。」


 その一言に、逆に僕は驚かされる。彼女の声には失望や怒りはなく、むしろ安堵が滲んでいた。


「わかった。それじゃあ、友達として……よろしくね。」


 彼女が差し出してきた手は、少しだけ震えているように見えた。けれど、その仕草には真っ直ぐな意志が込められている。


「うん、よろしく。」


 僕も彼女の手を握り返した。その手は少し冷たく、でも不思議と柔らかい感触が伝わってくる。その瞬間、自分が彼女と繋がった実感が胸に広がった。


「……あの、連絡先、交換してくれる?」


 美咲が少し控えめにスマホを差し出す。その仕草に、彼女の緊張がうかがえた。僕もつられるようにスマホを取り出す。


「うん、もちろん。」


 自然と連絡先を交換した画面が表示される。それを見つめる間、心臓が妙に早く鼓動しているのを感じた。


「名前、教えてくれる?」


「あ、俺は……悠真。」


 わざと苗字を言わなかった。「白石悠真」と名乗ってしまえば、学校での正体が明らかになってしまう。イケメンモードのままでいられる今、これが最善の選択だと信じた。


「私は橘美咲。高校2年生だよ。」


「偶然だね。俺も高校2年だ。」


 彼女が僕のクラスメイトだと気づいていないのを心底安堵しつつ、その場の静かな空気に浸った。


「それじゃ、また会える?」


「……うん。じゃあ、土曜日の朝、ここでどうかな?9時に。」


 気づけば、口から自然と次の予定が出ていた。理由は自分でもよくわからない。ただ、彼女ともっと話したい、知りたいという気持ちが胸を支配していた。


「うん、絶対行く!じゃあ、悠真君。土曜日の9時にここで。楽しみにしてるね!」


 美咲の笑顔は、夕陽に照らされてさらに輝きを増していた。その眩しさに、一瞬だけ息を呑んでしまった。彼女が去っていく姿を見送りながら、胸の鼓動が一向に落ち着かない自分がいた。


 その夜、ベッドに横たわりながら天井を見上げていた。


「……俺、一体何やってんだよ。」


 美咲の告白、そして夕陽の下でのあの笑顔が、何度も頭の中を巡る。目を閉じても、彼女の言葉や仕草が鮮明に蘇る。


(俺、本当に彼女と友達としてやっていけるのだろうか……?)


 普段は一人でいることに慣れきっている。友達すらまともに作れない自分が、恋愛なんてまともにできるのか――そんな不安が頭をよぎる。


(でも、断りたくなかった。)


 彼女ともう一度会いたい。それは純粋な気持ちだった。でも、その理由を深掘りすると、自分の中にどこか得体の知れない恐れがあった。正体を知られたとき、彼女が失望するのではないかという恐れだ。


「……とりあえず、一回デートしてみるか。」


 呟いた言葉に、自分でも驚いた。だが、それと同時に少しだけ前向きな気持ちが胸を占めていた。土曜日に彼女と会うことで、何かが変わるかもしれない。


 未来がわずかに動き出す感覚。それを信じてみたくなった。



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今回もお読みいただきありがとうございます!✨

デートに誘う瞬間って、本当に勇気がいりますよね。あのドキドキ感は青春の象徴のようで、胸が高鳴ります。歳を重ねると、そんな気持ちは薄れていくのかな……なんて考えたこともありますが、きっと違いますよね。ドキドキする気持ちって、いくつになっても変わらず永遠なんだと思います💓。

みなさんは、最近そんなドキドキする瞬間、ありましたか?ぜひ感想で教えてください!✨

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