ボッチの僕、イケメンの俺

リディア

第1話 私とお付き合いしてください

「俺の彼女に何か用か?」


 低く響くその声は、街中のざわめきを一瞬で凍らせた。

 軽薄な笑い声を上げていた男たちの表情が硬直し、一斉にこちらへ視線を向ける。


 ベンチに座る彼女――橘美咲もまた、驚いたように目を見開いて僕を見上げている。


数分前――


 夕方、街中の雑踏に混じりながら、僕――白石悠真は、バイト先へ向かっていた。人混みは苦手だが、この時間帯の街はどこか安心感を与えてくれる。誰も自分を気にしない。そんな匿名性が心地よかった。


 ふと目に留まったのは、ベンチに座る少女――彼女を囲む数人の男たちの姿だった。馴れ馴れしい口調で話しかけられ、彼女は困惑した表情を浮かべている。引きつった笑顔で「ごめんなさい、急ぎの用事があって……」と断ろうとしていたが、男たちは引き下がる気配を見せない。


「なあ、少し付き合ってよ。」


「一人? 何してんの?」


 彼女がぎこちなく笑うたびに、男たちはますます図に乗っていく。


(……まずいな。)


 普段の僕なら、声をかける勇気も出ずに見て見ぬふりをしていただろう。けれど、今は違う。バイトへ行くために「イケメンモード」に切り替えた自分には、相手に舐められる心配はないし、万が一喧嘩になったとしても問題ない。合気道二段の腕前は伊達じゃない。


(いや、正義感とかそんな大層な話じゃない。ただ、困ってる人を見て放っておけないだけだ。)


 視線を戻した瞬間、彼女の顔が目に入った。その瞬間、僕の胸の奥がざわめいた。


(橘美咲……?)


 同じ学校の美少女で有名な橘美咲。あの「美少女四天王」の一人が、こんなところでこんな目に遭っているなんて。クラスでも一方的に名前を知っているだけの存在だった彼女が、まさか目の前で困っているなんて予想もしなかった。


 自然と足が前に出る。損得勘定なんて考えていない。ただ、目の前で困っている彼女を助けたいという気持ちが、僕を突き動かしていた。


「俺の彼女に何か用か?」


 堂々と男たちの間に割り込み、彼らを睨みつける。

 隣で彼女が小さく息を飲むのが聞こえたが、視線を逸らさずにリーダー格の男を見据える。


「なんだお前。」


「彼氏だって? 嘘ついてんじゃねえよ。」


 男たちの一人が口元に不敵な笑みを浮かべ、一歩前に出る。その視線には挑発的な色が混じっていたが、僕はその場で動じる素振りを見せなかった。


「聞こえなかったか? 俺の彼女だ。それ以上近づくな!!」


 僕の低い声に、リーダー格の男が舌打ちしながら肩をすくめる。


「……つまんねえ。」


 彼らはつまらなそうに吐き捨てると、散々に冷やかし合いながらその場を去っていった。去り際にちらりとこちらを見てきたが、僕が動じないのを見て、完全に諦めたようだ。


「助かったわ……ありがとう。」


 ふわりとした声が耳に届いた。振り返ると、美咲が僕を見上げていた。その瞳には、さっきまでの困惑が消え、安堵と感謝の色が浮かんでいる。


(まさかこんな場所で、しかもこんな状況で会うなんて……。)


「勝手に彼女だなんて言って悪かった。困ってるように見えたから……。」


 できるだけ冷静に言葉を選びながら答える。イケメンモードの自分なら、学校での「僕」とは印象が違いすぎて、美咲が僕の正体に気づくことはないだろう。何しろ、彼女とはこれまで一度も話したことがないのだから。


「嘘でも助かったわ。本当にありがとう。」


 彼女が柔らかく微笑む。その笑顔には、安堵と感謝が滲んでいて、思わず心の中が揺れる。学校で見る橘美咲とはどこか違う。落ち着いているけれど、どこか儚げにも見えた。


(こんな一面もあるんだな……。)


「それじゃ……。」


 僕がその場を離れようと背を向けた瞬間、背後から彼女の声が飛んできた。


「待って!」


 振り返ると、美咲が小走りで近づいてくる。彼女の瞳は真っ直ぐで、揺れる気配はない。

 その手がわずかに握りしめられているのが目に入り、彼女が何かを決意しているのだと感じた。


「……私とお付き合いしてください!」


 突然の告白に、頭が真っ白になる。









 彼女の声は震えていなかったが、頬が赤く染まっているのがわかった。視線を外すこともできず、ただその場に立ち尽くす。


 彼女の言葉が胸の中で反響し続けている。


(俺……どうする?)


 「イケメンモード」の俺として助けた結果が、こんな展開になるなんて予想外だった。だけど、彼女の瞳に浮かぶ真剣さに触れ、適当に流す選択肢は浮かんでこない。


▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

今回もお読みいただきありがとうございます!✨

美少女やイケメンからの告白……なんて、青春の憧れそのものですよね!💖 そんな夢のようなシチュエーション、現実ではなかなか経験できないけれど、小説の中なら叶えられるのが魅力。書きながら「こんなことあったらどうしよう!」なんて自分もドキドキしています(笑)。

みなさんも一度は憧れたことがあるんじゃないでしょうか?そんな思い出や感想があれば、ぜひ教えてください!✨

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る