卒業

森 歩夢

独り芝居

桜,綺麗だね。

凄く綺麗。良かった,雨が降らなくって。

何でって,だって雨が降ったら散っちゃうじゃん。

うん。散っちゃう…。

あぁ,呼び出した理由…だよね…。

言う!言うから待って。…ごめん。しっかり言うから。

…ねぇ,初めて会った日とか覚えてたりする?

またそんな意地悪な。…そっか,覚えてくれてるんだ。嬉しいな。

キモくないって。本当に嬉しいの。

…僕は,思い出せない。

あの日の教室の配置とか,日差しの影とか,僕の鉛色に汚れた手とか,君の鞄のキーホルダーとかは全部覚えてるのに。どうしても,君の表情が…君の表情だけが,思い出せないんだ。何だか…君の顔が陽の逆光で消されたみたいに?


多分,僕は君を見ようとしてなかったんだと思う。友達の顔とかはさ嫌でも覚えてるんだ。初めての印象。アイツ真面目そうだったのになぁとか,アイツ表情が乏しかったなぁとか。そういうのは覚えてるのに。


どうしても,君の顔だけは思い出せないんだ。


ごめん,急に泣いたりして。…あーあ,もっとしっかり見ておけば良かったな。しっかりこの目で,君を見ておけば良かったな。…短いよ,3年間。


…卒業,おめでとう。

(3年間,好きだった人。)

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