激情の政治家
「以上が現地からの報告になります」
会議は二百年前に行われたイーストサクソニア・ノーシア戦争後に白いペンキを塗られた威厳ある家で行われていた。閣僚たちは頭を抱えるか、煙草を吸う以外に脳がないのか、決して建設的な雰囲気で会議は進んでいない。
「大統領、州知事と会談して今すぐ州兵を派遣しましょう。これは連合共和国のメンツにかかわる問題であると同時に外交問題になりかねません」
最初に口を開いたのはガーランド国防長官だ。彼は言い終わると、取り巻きの様に傍に立たせているアルガルド中央軍総司令官の肩を叩く。それに反応してか、アルガルドは話を始めた。
「州兵は派遣されてはいます。しかし武力鎮圧命令が出ていない。対象を発見したところで、発見したという報告しかできない状況にあるのです。無論、自己防衛のための発砲は許可されていますが、対象は連合捜査官を騙すレベルの頭脳を持っていることから、対象から積極的な攻撃が加えられることはまず無いと考えられます」
そこまで言ったところで連合保安局長官エーリッヒが手を挙げる。すると閣僚の目線は彼に集中し、エーリッヒは印象の悪い笑いを作るとこう言った。
「対象、対象と遠回しな表現ばかりだな、僕は連合捜査局が一体何を取り逃がしたのか知りたいんだが」
挑発的な言い回しをしたためか、鋭い目線が彼を襲う。挑発が向けられた本人……司法長官シャハトは柔和な笑顔を浮かべたままだった。やがて「よいしょ」と言いながら席を立ち、閣僚の面々に背を向け窓の先を見つめる。
「特定超自然能力保有人格……つまり、人ならざる力を持ってしまったばかりに人権を失った人たちのことだ」
それに対してエーリッヒは酷く冷めた声で吐き捨てるように言う。
「現代の魔女狩り、というわけだ」
その眼光は光っていた。誰もが黙り込み、目を逸らす代わりに自身の資料をぺらぺらめくっていく。透き通るような声が一同へ届いた。
「エーリッヒ、貴方はご両親が不条理な理由でなくなったことで政治家を目指したそうですが、私たちは決して正義ではありません。最大多数の国民の福祉を実現するためにここにいるのです。民主主義とはそもそも多様性とは相いれない、同質化の思想である以上、異端はその外に置かれるまでです」
その声の主はノーシア連合共和国第44代大統領にして、初の女性大領領イザベル・ハルトマンその人であった。イザベルは真面目な顔を崩してこう付け足す。
「無論、コミュニズムやファシズム、アナーキズムじゃ排斥なんてレベルではないんだけれどね」
……イザベルの腹は決まっていたらしい、州兵に武力攻撃が許可された。
国防総省の内部には上級将校が集まり、作戦の立案が始まりつつあった。忙しなく走り回る秘書官や、会議続けでやつれた将官が廊下のベンチで寝込んでいる。今、国防総省にこれだけの一体感をもたらしているのはひとえに同時多発テロ事件の恐怖だった。
「対象をおびき出して、総力戦を行うべきだ」
出席した将校の意見は同じだった。しかしながら、とある陽動作戦案が出されると強硬派の将校も鼻白む。
『対象……シャーロット・ジョーンズの故郷である同集落を徹底的に破壊し、同地で総力戦を敢行する。これしか対象をおびき出す手段は考えられない』
会議は暗礁に乗り上げていたのだが、この案で良くも悪くも会議は前進してしまった。
戦闘にとって最も重要なことは戦力を有効に使用することである。今回の場合、連合共和国軍は圧倒的な数的有利を保有しており、個人を徹底的に破壊するためには火力を分散させず、効率的に一地点を破壊するのが合理的なのである。
シモン、ヴァルキリー特別区の西側にある屋敷に足を踏み入れた瞬間、イザベル・ハルトマンは違和感を覚えた。何度この屋敷に来ても落ち着くことなどなかったが、今日ばかりは独特の緊張感を感じたのだ。
「お久しぶりです、大統領閣下」
初老の、鋭気を向けてくる男……ミハイル・ケレンスキーはイザベルを出迎えた。
「閣下などと……やめてください」
「何を言いますか、今や世界の主権はあなたの手の中にある。連合共和国国大統領とは、即ち全世界に責任を有する存在であるのですぞ」
「本日はどうして私なんかをお呼びになったのですか?」
イザベルは努めて自然にそう聞いた。すると、ミハイルがにやり表情を変え、それに答える。
「いやぁ、儲け話を聞いたものでね」
「儲け話……、そうですか」
イザベルはどうにか話をごまかそうとするものの、それが効かないことを悟りつつあった。伊達に半世紀生きてきたのだ、それくらいは解る。
「どうやら、異端を逃したらしいじゃないか」
「……軍が対応中です、気にする程のことでもありません」
イザベルがそう言うと、「なるほど、そうか」などと言いながら背を向ける。
「軍を動かしたなら、弾がいるだろう」
ミハイルが言う。
「小銃も、爆薬も、燃料も、飯も、なんなら人材も必要だったはずだ」
ミハイルはまだ背を向けたままだ。イザベルはただその背中を見つめることしかできない。
「消耗したものは、我々から買ってくれる……そうでしょう?そうじゃないはずがない、何故ならあなたは民政党の政治家だからだ」
連合共和国を構成する二大政党、連邦党と民政党は当然ながら支持基盤が大きく違う。連邦党は北部の中流階級や白人から支持され、民政党は南部の上流階級と有色人種から支持されている……ということになっている。
が、その本質は違う。
軍産複合体と白人至上主義者に支持される民政党、穀物メジャーと移民に支持される連邦党、と説明する方が語弊はないだろう。
故に、ロッグブルトン・グループは全国。否、世界最大の軍事企業であり、軍産複合体の代表とも言えるミハイルの言葉は民政党にとって絶対なのだ。
「勿論です、我が党があなたの利に反することはしません。これまでも、そしてこれからも」
その解答に満足した、とイザベルは思っていない。だがこれ以上問い詰める言葉を持ち合わせていなかったのか、ミハイルは鋭い眼光を外し柔和な表情へと戻って「そうですか」とだけ言った。
屋敷は静寂に包まれた。世界の騒音の大半は二世紀ほどここから奏でられていたのに。
「……特務第一旅団は壊滅しました」
ガーラント国防長官は大統領官邸の一角で苦々しく言葉を紡ぐ。先日の殲滅作戦の失敗は国防総省を始め、全閣僚に落胆と緊張感をもたらした。
「戦死者の扱いについてはどうなっているの?」
イザベルがガーラント国防長官に聞いた。
「バルチルスタンでの平和維持活動に参加中に、ゲリラに襲撃され死亡した、と説明いたしました」
イザベルはそれを聞くと沈黙し頭を抱える。これからも勿論殲滅作戦は継続しなければならないだろう。それに規模もどんどん拡大していくなら、議会はその分の予算を何に使ったのか指摘するだろう……。その時は、自身の政治生命の終わりの時かもしれない。
「ブルーワッペンやシュバルツフォース……、最低でもレンジャー部隊の投入が必要ですな」
シャハトがそう言うのには、理由がある。特殊部隊の派遣は機密情報として予算に関する説明を議会で必要とされないためだ。
「致し方ありません、この期に及んでは連合共和国の持つ最大火力を用いるしかないと考えます」
ガーラントが言うと、閣議の空気は凍り付いた。
「自国領土で核兵器を使うとでもいうのか!?」
最初に大きな声で吠えたのはエーリッヒだった。
「馬鹿げている、馬鹿げているぞ!!ガーラント君、君が本当の愛国者で軍人なら自国領土で核を使おうなどと言えるものなのかね!!」
「……では、対象が真っ直ぐここへ攻撃の刃を向けるのを無抵抗に受け入れろと言うのか。東岸のメガロポリスは連合共和国の心臓だ、到達する前のシモン山脈で核実験と称して起爆し、確実に殺す……。エーリッヒ、君も解るだろう、時にはそういう判断も必要なんだ!!」
そこまで言うとガーラントは机に拳をぶつける。しかしドン、と言う音が響くと、二人とも黙り込んでしまった。するとパンパン、と手を叩く音が聞こえた。手を叩いたのはイザベルだった。
「こんな時に私たちが揉めてるわけにはいかないわ、私が決断します」
「連合共和国大統領の名を以って、軍の正式出動を命令します」
画して、二度目の軍事作戦が発令された。
……その閣議が終わった後、エーリッヒは大統領官邸の廊下を珍しく一人で歩いていた。いつもなら子飼いの秘書を連れて歩く、閣僚もついているはずだったが、彼は大統領の布告の作成や自身の仕事の調整などで、任を与えていたため誰も居なかったのである。
長い回廊を外で待たせている車に乗るために歩いていると見覚えのある老人が歩いてくる。その堂々とした足取りはまるで自身がこの白い家の主人であるかの様だ。それを見てエーリッヒは舌打ちした。老人も無視する気はないらしい。
「やぁ、エーリッヒ君。一人とは珍しいじゃないか」
「これはこれはミハイルさん、今日はどういったことでここへ?」
お互い目も合わせないまま会話のキャッチボールは続く。エーリッヒは自身が持つ書類を握りなおした。エーリッヒはどうもこの老人が気に食わないし、嫌な緊張感を覚えるのだった。
「大したことじゃありませんよ」
そう言ってミハイルは笑う。
「おたくの子飼いのガーラント君はいやに戦争がしたそうじゃないか、あれはどういうことなのかな?」
そう言うとミハイルは少し考えるような恰好をした。
「子飼いとは。はてどういうことか。この老いぼれにはわかりませんな」
「さっきの一連の会議自体茶番だったという事だよ、大統領までも、あんたの子飼いだったってわけだ」
そこまで聞くとミハイルは納得したように手を叩いた。
「エーリッヒ様はどうやら陰謀論がお好きな様で」
「ああ、大好きだね、大抵の悪事の説明がそれで片付くからな、……ミハイル、覚えておけよ。俺が大統領になった暁には民政党とルーシアをこれ以上好き放題にはさせないからな」
エーリッヒは回廊の向こう側へと歩き出した。それを眺めてミハイルは鼻で笑う。
「君も両親とそっくりだな、そういうことを私に言って生き残った奴が一体何人居たことか……」
ミハイルは指を使って数えようとしたが、数秒の後それすらやめた
「大統領!!大統領!!」
大統領官邸の廊下を走るのは国務省の若手役人だ。数秒もしない間に大統領執務室のドアが叩かれる。
「どうしたの?」
執務室の中に居たのはイザベルとミハイルだった。それを確認した若手役人はすぐさま身なりを整えると、
「失礼いたしました、大統領閣下、ミハイル様」
と、非礼を詫びた。どうやらエリートで頭が切れると言うよりは愛嬌があるタイプのようだ。
「気にすることは無いわ、それで、何があったの?」
イザベルがそう返して微笑むと、口を震わせながら若手役人は省庁舎から送られてきた文書を読み上げる。
「イーストサクソニア帝国大使が秘密裏に面会を希望しています!!」
それを聞いたミハイルは、ほっほと咳き込んだのか笑ったのか解らない音を喉から響かせた。
「大統領閣下、これは面倒くさいことになりましたなぁ……」
イザベルはただ何かを押し殺すように黙る。恐らく帝国に事が漏れたのだろう。……やはり自分はうかつであった。イザベルはそう自身を呪った。
「わかりました、用意をお願いします」
イザベルが若手役人に伝えたのはそれだけだ。すぐさま若手役人は自身の属する省庁舎へ連絡を取るべく大統領執務室を一礼して駆け出す。それを確認したミハイルは口をもごもご動かす。
「では、私も失礼しますね、閣下?」
大統領執務室にはドアが閉まる音だけが響いた。イザベルは頭を抱えてため息をつく。
それから十分もせずにイーストサクソニア帝国大使ランカスター伯爵フランシス・クロムウェルは大統領執務室に姿を現した。クロムウェルは下位ながら王位継承権も保有し、帝国貴族界において最大の発言権を有する貴族院議員である。市民からの人気は決して根強いとは言えないが、実業家としての顔も持ち合わせており「頭がよく切れるボンボン」として海を隔てた新大陸でもよく耳にするレベルだ。
「無礼をお許しください、大統領閣下。謝礼は後ほど公式にお送りさせていただきます」
先程のデータだけでは到底この男を理解したとは言えないのが、このクロムウェルである。その容姿は白薔薇の様に美しく、目はあらゆる嘘を暴くだろう。何より28歳という年齢に驚く。貴族社会というのは礼儀と伝統が全てであって、クロムウェルは実力と異例が全ての人間なのである。
何か言葉を返そうとしている間にクロムウェルは早速話を始める。
「恐れ多くも大統領閣下が、今回の騒動をご存じないこととは思いません。何の騒動か?と申すおつもりでしょうがそれは無駄です。既に帝国第六情報室は全てを了解しております。その上で、祖国イーストサクソニア帝国は、貴国の助力を致したく思うのです。ええ、ええ、軍事支援ですよ、それも我が国だけではございません。二百年前ならいざ知らず、現在ではそんな小規模な支援ではたかが知れています。お察しが良い大統領閣下ならご存じかと思われますが、TONHNです。TONHNが帝国の要請の元、本騒動の『犯人』確保に動き始めたのです」
クロムウェルはここまで一息で捲し立て語った。そしてイザベルは自身の政治生命の終焉を悟った。
と、いうのも。先程クロムウェルは『犯人』と言った。即ち帝国はノーシア連合共和国が犯罪者に非人道的な扱いを行ったと告発できるようになったわけである。人道が重んじられる現代社会において、これは深刻なのだ。そして次に帝国は今回の騒動をTONHN軍で解決しようとしたならばオルレニアを始めとする同盟国首脳に騒動を伝えた可能性がある。そうでないとしても、これがノーシア連合共和国を脅す材料になるのは確実だ。
これでイーストサクソニア政府に「ノーシア連合共和国では以下の様な騒動が起きている……」などと発表されてしまったら、連合共和国のメンツは丸つぶれとなる。帝国は全て計算した上でこのタイミング(ノーシア軍の総力戦が決定したタイミング)を選んだのだ。
ならばどうするのか。自身から発表するのが最もベターだ。ベストと表現しないのは、この段階から何をしても既にもみ消すことも、批判を回避することも、何なら次の選挙で民政党が勝つことも不可能だからである。
「大統領閣下、それでは失礼します。」
クロムウェルはそう言うと、唖然とする大統領以下閣僚を無視して部屋を出て行った。
「あははははははははははははは!!」
大統領官邸を出る車の中に、クロムウェルは甲高い笑い声を響かせる。帝国の目的は何か?と大統領の連中が頭を突き合わせて悩んでいるのを空想すれば笑いが止まらない。
若造めが、世界覇権国とは何たるかを知ったか!!
不可思議なもので、如何に世紀が進めども、如何に技術が進歩しようとも、人間は常に世界の変革を願う。それはどんな少女でも、臨終を迎えた老人であろうとも例外はない。どんなささやかな願いでも、世界のルールを捻じ曲げないことには達成されないのだ。
例え、現在の国家が乱立する世界が、国家同士の生存競争だとして、最後に残る国家は、民族は一体どこであるのだろうか。その世界には、一体どんな変革が求められるのか、それを知る人間は、まだいない。
「大統領閣下!!これは……危機ですぞ!!」
閣僚の一人が声を上げると、呼応しあうように大統領執務室には混乱が倍増し、響き合う。イザベラは内心舌打ちしながら冷静を装った。
「ブラックウェル書記官」
そう呼ばれた若干20代の女性は眼鏡の位置を直した。
「はい、どうなされました?」
「グリーバス大統領報道官が読む原稿を書いてちょうだい」
ブラックウェルは恐ろしい速度でタイピングをし始めた。カチカチカチカチと、部屋の中にはタイピング音しか聞こえない。三十秒程それが続いたのち、ブラックウェルは手を止めた。
「できました」
そう言ってラップトップをイザベルに差し出した。それを一分間かけて確認したイザベルは頷いてグリーバスを呼び出した。
「……以上のことから、連合政府は非常事態を宣言し軍を動員して対象の殺傷を目的とした軍事作戦を発令いたしました。以上です、質問は?」
数時間後、緊急招集された報道陣にグリーバスは驚愕の宣言をした。数日前、とある村を焼いた謎の生物がシモンに向け接近中であり、連合共和国東部に非常事態宣言を発令。軍を動員して謎の生物(対象)を駆除するというのだ。
グリーバスの言葉に一斉に手が上がる。グリーバスは手前の席に座っていた男性記者を指名する。
「シモンタイムズ社のアダムズです。……早速ですが対象の形状や被害の全容など解っている範囲でお答えいただけませんか」
「現在調査中です」
次、と言わんばかりにグリーバスは隣の女性記者を指名する。
「シラクナワールド社のヘレナです。対処を駆除するとおっしゃられましたが、学術的観点からの捕獲などは考慮しないのですか?」
「技術的に不可能であると判断しました、以上です」
その言葉に部屋は少し騒然とした。……現代の技術を持ってしても捕獲できない生物だと?報道各社の人間は気性の激しいライオンの様なものを想像していたのだ。
「軍の動員する規模、編成についてお答えいただけますか?」
「それは機密につき、お答えできません」
この質問に関しては、さほどの驚きも無かったようで、すぐにほかの質問に移る。
「では、宇宙人などそういう物との関係は……」
「官邸は、宇宙人と本件について関係が無いと断言します」
グリーバスの毅然とした対応により、30分も経たないうちに解散となった。
シラクナの反世界連盟本部に今日も今日とて顔なじみが次々と入っていく。スーズタリや中原の国連大使は大変そうだと、グランハーバー連合共和国連大使他人事に思う。
この会議の議長国は非常任理事国の極東だ。即ち、議長は極東王国の和泉六輔(いずみろくすけ)国連大使となる。
「では、中原評議会共和国とスーズタリ連邦の共同提案により本日の緊急会議を開催いたします。……本会議が有意義に進むよう、改めてよろしくお願いいたします」
六輔大使が定型文を読み上げると、グランハーバーが手を挙げて語り始める。
「本件は我が国の内政問題であり、両国の対応を遺憾に思う。その為、我が国はこの会議の即時中止を求める。以上である」
グランハーバーの恰幅の良く、色黒の肌という外見は他者を威圧するという意味では最良であろう。しかし、両国の大使はそれぞれ顔色一つ変えることは無い。
「内政問題?おかしなことをおっしゃる」
手も上げずにしゃべり始めたのはワン・ランユウ中原評議会共和国国連大使だ。
「以前、我が国の西部で撮影されたとする嘘の映像を引用して不当に我が国を貶めた貴国が言うのか、これこそ内政干渉である。これが許されたのだから、貴国の国民に対する人道問題を解決するのは我が国と世界人民の義務である」
それに続かんと、スーズタリのイワン・マチャブスキ国連大使が体を乗り出して、マイクに吹き込む。
「スーズタリも同感である。チェルケシアは我が国の連邦内共和国であり、これに関する問題は連邦議会で持ち上がっていたこともあり、対応中だったはずだが、貴国は不当にも汎世界連盟を利用し、我が国を貶めようとしたこと、忘れたとは言わせない!!」
早速熱を帯びる会議場。するとキーンとマイクから耳の不快な音が流れる。……誰もが、その音を奏で当た物を見た。……極東王国の六輔大使だ。
「手を挙げてから発言していただかないと困る。これはルールです。」
ランユウとマチャブスキは六輔を睨む。しかしそれを悠然と眺めて、六輔大使はイーストサクソニア・オルレニア、そして同じく非常任理事国の大使らの顔を一瞥した。
「我々、所謂第三国から提案がある」
六輔がそういうと、後ろのモニターにとあるスライドが映し出された。そして中身の文言に一同は度肝を抜かれることとなる。
「……な、っなんだと!!」
『本事件に関しては極東開発会議を主体とする中立第三国諸国を中心に調査機関が立ち上げられ、例外なく世界中の国家に本件と同様の事件がなかったか調査が行われる。その結果が出るまで、事件の対応は当事国が担う。しかし例外として、当事国の要請によってのみ第三国及び同盟国の軍事支援が受けられるものとする。』
それを見て唖然としていたグランハーバーの元に一枚の紙が届けられる。
「先刻、連合共和国は極東王国との安保条約に基づき極東王国国防軍に支援を要請した。……それと同時にTONHN軍に出動を要請する!!」
額に垂れる汗を拭きながらグランハーバーは力強く読み上げる。すると全てを察したように六輔が挙手して語る。
「極東王国は、条約に基づき行動することを約束する」
それを確認してからイーストサクソニア国のチャールズ国連大使が仏国代表に目配せをしたのちに告げた。
「イーストサクソア、オルレニアも同様である」
それを聞いたマチャブスキは顔を赤く染め、六輔を指さし絶叫する。
「これは、これは茶番だ!!」
それに賛成するようにランユウも頷くが……。
「無論、これは茶番だ。それに何の問題がある?」
六輔は問いただした。
「それに茶番を批判するならば、貴国らの過去の言動を思い出してみると良い。……国際社会とは如何に上手く踊れるか、が大事なのは貴国らの知るところではなかったのか?」
「スーズタリは拒否権を行使する!!」
「我が国も同様である!!」
両国の大使はそう叫ぶ。だがしかし……。
「それでいいのか?拒否権を行使するという事は、先程の妥協案すら拒否することである。ノーシアの捜査など行われないし、 貴国らの危惧するところである人道上の危機、とやらをどうやって証明するのか、ご意見をお聞かせ願いたい」
六輔は言いよどまず、言い続ける。すると極東側の脚本にはなかったのか、黒服が彼の周りで耳打ちを続ける。しかし、それを六輔は頑として聞かず。
「……議論も煮詰まって来たな、投票に移ろうか」
全会一致で提案は可決された。
議場から最初に離れたのは六輔大使である。それに続くように自由諸国と第三国が議場を離れ、両国の大使は悔しそうにするわけでもなく、薄ら笑いを浮かべるばかり。
(面白いこともできるじゃないか……)と、秘められた野性が、彼らに屈辱感よりも闘争心を与えていた。伊達に強権国家の大使ができる人材である、彼らが無能なはずがないのだ……。
「和泉さん、あんな言い方したら何されるか分かったもんじゃないですよ!!」
和泉の副官は彼に文句を垂れている。しかし和泉は気に留める様子はなく、考えていたのはノーシアの対処能力の有無だった。国防軍を派遣するのは良い、TONHNが出てくるのも問題ない、しかしノーシアは自身でこれを解決しなければならない。それができなかったとき、ノーシア帝国は、パックス・ノーシアーナ(ノーシアによる平和)は終焉を迎える。
時間稼ぎはした。されど、不安は拭い切れない。
「俺たちの国は平和憲法が誇りだと政治家連中は言ったな」
「え、ええ?それがどうかなされたんですか?」
この副官の察しの悪さに和泉は内心舌打ちする。
「では何故、国政的な平和を維持する努力をしないのか、俺が先程独断であっても、我が国が示したのは平和を維持する勇気だ。実力がないとは言わせない、我が国のGDPは世界上位だからな。お前らが言っている器の小さい平和の本質は、誰も彼もを見捨て、自分たちが見捨てられる瞬間を待っているだけの……、そう死刑囚の刑が執行されるまでの時間を平和と錯乱しているだけだ!!」
副官を怒鳴りながら、和泉は唸る。和泉も又、夢追い人なのだ。理想主義ではない、現実主義的な平和の実践。和泉は、壮大な男であった。
「ですが、省のお偉いさんは黙ってませんよ」
戒めるように副官は言う。その問答の間に長い回廊を抜けて玄関ホールから公用車に乗り込んでいた。
「お偉いさんは何もしてないからな」
和泉がそう言うと、車はシラクナ市街地へと走り始める。日本はかの三日月戦争終結時、積極的な外交を展開し、核兵器不拡散条約が骨抜きにならないように核兵器使用制限条約締結に邁進し、この条約によって都市に対する戦術核の使用が禁止・武力制裁の対象に入った。これには社会諸国との取引や、ノーシア国内での反戦運動の影響が大きかったことも記載しておこう。
旧オルタン共和国が存在した地に樹立されたオルタン国には核の記憶の多くは受け継がれなかった。なぜなら新型爆弾は核兵器よりも徹底的な虐殺に適していたのである。首都ノイエ・スーサ一帯は文字通り消滅し、1000万を数えた人口は二・三日以内に死滅したと言われている。故に、投下された状況を知る者は極東王国の様に多くはない、そのため『落とされた』という事実のみが共有されている。だがこの暴挙は極東人を憤慨させる結果となり、1980年代はノーシア製品の不買運動など反 ノーシア運動が展開された極東史においても特異な時代であったと言える。
「何かのラッキーで世界へ拡大した大菊花帝国は、奇跡を信じて世界に戦いを挑み、全てを奪われた。現代の核戦争の本質を知る国は極東しかないし、以降の世界史においても極東しか残らないだろう。おそらく第二次大戦以降の核が使われる戦争は、生き証人ごと消し去ってしまうのだからな……。だから俺たちは唯一の被爆国として積極的平和のために動き回らないといけないんだ……」
和泉が掠れた、消えゆくような声で言ったためか、誰もその声を聴いてない。あれこれ考えを巡らせている間に領事館へと到着していた。
シモンの国防総省庁舎では動員する戦力の多さ故に数日前以上の多忙に包まれていた。補給に関する部署では次々と倒れた人が運び出され、一時心肺停止状態になる職員さえ現れる。それは財務経理部も同様であり、国防総省は正に地獄と化した。
「海軍の大西洋艦隊を三艦隊、海兵隊の強襲揚陸艦隊が二艦隊支援攻撃を行います。陸軍はコマンドー部隊、そしてシュバルツフォースが作戦に参加し、遠距離からの砲撃や戦車師団による攻撃によって対象へ飽和攻撃を加えます。その上で空軍が対地攻撃機やステルス爆撃機で攻撃します。……つまり中小国の国家予算10年分の物量で対象に攻撃を加え続けるという頭の悪い戦術です」
ガーランド国防長官とアルガルド中央軍司令官へ説明するのはアルフレッド中将だ。彼は基地司令官であると同時に、首都防衛責任者でもある。
「アルフレッド君はなかなか言ってくれるなぁ……」
ガーランドは煙草を吹かせて、はっはっはと笑う。
「変わらないな、アルフレッド。そんなのだから、俺たち全員同期なのに君は中将なんだ」
アルガルドがそう言うと、アルフレッドは表情を変えずに答えた。
「俺の様な馬鹿がいるからこの国は今日まで最強だったんだ、馬鹿正直がいて、それを評価できる組織が一番強い」
やれやれとアルガルドは手を振る。頭は切れるのに、政治力が弱いわけだ。
「しかしあのミハイル爺やはどうする気かね?」
ガーランドは苦々しそうにそう言う、やはり軍の懸案事項にミハイルの存在はあるのだろう。
「お前はずっとミハイルのこと嫌いだもんな、なんであんなに媚びてんだ?」
アルフレッドはガーランドに問いかける。すると煙草を灰皿に置き、ガーランドは答えた。
「あいつが嫌いだからさ」
そのあとに続く言葉を、部屋の中に居た三人は敢えて声にしなかった。
「それより、君たちの耳に入れておきたいのはこれだ」
アルフレッドはタブレットを二人へ差し出す。
「『大学の有史連合による研究チーム』だと?」
アルガルドは訝しげにアルフレッドを見たが、アルフレッドはそれに気にした様子もなく、なんなら気づいていないかもしれないが……、話を続ける。
「ああ、正直この頭の悪い作戦じゃ俺は失敗すると考えている」
「なら、どうするんだ?」
ガーランドが尋ねた。
「打撃は重要だ、殺せたら最高だ、だが殺せなかった場合科学的に検証して、次で確実に殺す」
「なるほど、君らしい考えだ」
ガーランドとアルガルドは頷き、その書類にサインする。
連合保安局長官のエーリッヒは不快感を禁じえなかった。イーストサクソニアに続いて、極東にも出し抜かれた。連合捜査局は世界最高峰の情報機関ではなかったのか。この責任は免れまい、大統領への道は、また遠のいたのだろう。
今回はまだ、イーストサクソニアはまだしも極東の出し抜きが援護であったからよかったものの、これが背後をつくものであったなら、ノーシアは文字通り世界の敵になっている。太平洋艦隊は極東王小國の手によって沈められ、ノーシアは第二次世界大戦で 得た全てを失っていただろう。
「それにしても、あのうさん臭い爺さんだ」
エーリッヒの脳裏にはミハイルが思い浮かべられた。猶更、エーリッヒは頭に血を登らせる。だが、エーリッヒの脳に一つの可能性 が急速に浮上する。
「お、おい!!誰かいるか!!」
大きな声で職員を呼ぶと秘書官が焦った表情で「どうなさいました⁉」と尋ねると、
「ロックブルトンの借入先はどこだ!!」
間髪入れずにエーリッヒに問われ、秘書は一瞬鼻白んだが、すぐ「調べます」と言って、礼をしたあと部屋を辞した。
すると数分もせず、担当の職員がやってきてタブレットで説明を始める。
「ロックブルトングループの主な借入先はイーストパシフィック銀行で総額35億シモンズの借り入れがあるのですが、これは厳密に計算すれば、間違いでした」
「イーストパシフィック銀行の親会社であるリックロム鉄道の代表で、ウェリントン財閥の当主ロサーヌが投資する銀行やその友人名義になっている投資先を調べたところ、ウェストランド銀行・UN銀行・ペンシルベニアアライアンス銀行・クリストファーケビン銀行などが浮上しこれらは、実にロックブルトン社の社債の95%はウェリントン財閥関連の会社から出されていることが発覚したのです。その額……訳2130億シモンズもの大金です」
エーリッヒはこの時、勝利を確信した。しかしこういう時焦るのは最もリスキーであろうと判断して、エーリッヒは努めて落ち着いた声で語る。
「相手は全国最大の財閥になるかもしれない、ウラを取るまでは公表『は』するな」
「公表は、という表現を使うという事はもしや?」
察しの良い秘書官がエーリッヒに相槌を打つ。
「そうだ、都市伝説の様に吹聴し既成事実化するんだ……ただでさえ今回の案件で市場はブライトショック以来の大幅な値下がりが置き、急速なシモンズ安が進んでいる。いきなり発表なんかすれば、経済が崩壊しかねない。」
そこまで来てにやりと彼は微笑んだ。ウェリントン財閥の資産が差し押さえられれば一体どんな政策が実行不可能だと言うのか。
ウェンビル州はドルテア州の東に隣接する州である。主要都市にシラクナなどが存在し、人口は全国の州の中でも最多を誇る。
それでもドルテア州との間に存在するシモン山脈のふもとには、小さな村々が点々と存在しているのみだ。
だが、大森林の中を自然には似つかわしくない灰色の車列が進んでいく。
「な、あれはなんなんだ?」
地響きがするほど巨大な車両たちを村人たちは目を丸くして眺めた。
「軍の車両かい?」
「戦車みたいなのもあるけど……」
だが、戦車はどういうわけかトラックの荷台に乗せられているので、村人たちは首を傾げた、なぜ自分で走らないのだろう……と。
戦車はまず燃費が良いわけがない。その上で戦車は重すぎるとキャタピラで路面を破壊しかねないのでトラックで運んでいるのだが、世界と隔絶されたこの辺境の人間たちがそのようなものに興味を持つことがまずありえないのだ。
何故なら高校は100キロ先、大学は500キロ先にしかなく。生まれてこの方観光客以外は変わり映えのしない村人たちとのんびりドロドロとした陰鬱な人間関係を受け入れて過ごしてきただけなのだから。同じ世界で時を同じくしようとも、様々な条件によって世界の見方が百八十度変わるのは不思議なことではないのだ。
「ポイントに到着」
そう言うと次々と軍人が車両から降車し、戦車はトラックから土の上に降ろされる。空を見上げると無人偵察機が飛んでいるが、鳥のように見えるので兵士でさえ見分けるのは難しい。
降車した軍人たち10人程度が隊長と思われる人間の前に整列した。
「これより対象の位置を確定させる、衛星から送られてくる情報をもとにこの森のどこかには潜んでいる筈だ、見つかる前に相手を見つけなければ全滅も……」
隊長の頭は、次の瞬間には胴と分離している。何事か、通信を、各々が判断する前に緑色の刃は彼らを貫いた。
大西洋上に展開していた第二艦隊旗艦の空母「ウィリアム・J・クリントン」では国防総省からの入電を受けてブリーフィングが行われている。
「先程、国防総省より報告が上がった。敵はポイントアルファに到達した偵察中隊と戦車旅団を奇襲。現在も攻撃は続いている。我々の任務は同地に火力支援攻撃を加えることである。……この任務にはガルム隊についてもらう。以上だ、解散!!」
そう言うと次々足早にパイロットたちは駆け出し、自身の期待の整備に入る。
「どうした、相棒、怖いのか?」
サイファーと呼ばれる彼はガルム隊の二番機乗りであり、軟派で女好きとしても有名であった。バルチルスタンでは片翼で帰還したこともあったという。
だが、彼は二番機である。そんな彼が相棒と呼ぶ相手がピクシーと呼ばれるパイロットだ。
「そんなわけないさ、だけれど……首尾よくは言ってくれなさそうだと思っただけだ」
「そんなわけないさ、だけれど……首尾よくは言ってくれなさそうだと思っただけだ」それを見てサイファーは鼻で笑った。彼らの仕事で首尾よく行ったことなどなかったからだ。激戦地に送られてはその度におびただしい戦果を挙げてきた、故に予定調和などサイファーにとってみれば最も嫌うところなのである。
「まぁピクシー、『天使とダンスだ』」
詩的な表現がサイファーの琴線に触れたのか、笑いをかみ殺すような顔を浮かべた後に。
「昔、何かでその言葉を聞いたな」
その話をする間に彼らは飛行甲板へとたどり着いており空母艦載機が二機カタパルトに乗せられていた。それに飛び乗り彼らはすぐさまキャノピーを閉める。
『こちら管制、ガルム1から発艦せよ』
無機質な声がヘッドホンの先から聞こえてくる。それにピクシーは間を置かずに「ガルム1了解」とのみ返答した。
『……管制了解、続いてブレーキ、フラップ、スラット及び各種兵装・計器の確認を行え』
その言葉を確認して、ピクシーは操縦桿を各方向に倒すと、翼が上下に動く。それを目視したピクシーは管制へ報告した。
「オールクリア、問題なしだ」
『了解、発艦を許可する』
ピクシーはエンジンスロットルを倒しきる。すると、アフターバーナーから火が噴き出してカタパルトから射出されるまで推進力をためる。
数秒後にカタパルトは機体の射出を開始した。とんでもない速度で加速するため体におもいっきりGがかかり、息をするのも堪らなくなる。一秒もしないうちに飛行甲板から飛翔し、そのタイミングで衝撃波が期待と体を襲う。
そこから数十秒もしない間にサイファーも上がって来た。すると管制が次なる指示を出す。
『両機はそのまま方位2ー7―9へ向かえ』
空母艦載機は飛翔を続け、1000、2000、3000……遂に高度1万メートルへ到達する。そしてさらに加速を続け機体は衝撃を受けたソニックブームだ。
ピ、ピ、ピと無機質な機械の音が耳を覆う。雲の上にある青く澄んだ世界は、何処までも純度が高い青だ。人が生み出すことができないネイビーブルーは、人をやさしく包む世界だ。
ある意味で最も死から遠い地点で、人間は死を恐れずにはいられない。それは人間が陸上の生物であるからだろう、イカロスの様に身の丈に合わない、空を飛ぶ姿に神が怒り、落とし殺される想像をせずにいられないからだ。その想像は飛行機に乗る各個人に、「空を飛ぶ行為が身の丈に合っていない」自覚がある、という面白い事実である。
「爆弾、投下」
20分もしないうちに投下地点に到着したガルム隊は高硬度爆撃を敢行した。投下したのはクラスター爆弾である。この行為は国際法に違反している。
ぼっどっど、と爆発する音が聞こえた。
だが……。
(音が聞こえるのが早い、早すぎる)
ピクシーは何かの異変を感じ、すぐさま無線をつけて僚機に告げる。ピクシーは増槽を捨てた。
「増槽を捨てて回避行動!!」
するとピクシーはスロットを絞り操縦桿を縦に倒す、すると機体は急速に90度を向き機首が大きく上がる。ピクシーの機体のすれすれを緑色の光が貫く。ピクシーは操縦桿を右に倒し、90度向きが変わり光に対して平行になったため、一瞬で光は消えると予想したピクシーは操縦桿を左に倒し機首が下がるのに合わせて水平飛行へ戻す。
「こりゃ、俺たちの戦う相手じゃないな」
『こちら司令部、何があった?』
「対象に攻撃された、コブラ軌道でなんとか避けたが増槽を落としたから手近な基地に誘導してほしい……爆撃機にこれをやらせるとは言わねぇよなぁ……?」
管制官によってただちにその意見は聞き入れられた。
「こちらエウリュアレ山司令部より、第二機甲師団、の正面を塞げ!!」
前線司令部は繰り返される惨劇の前に最低限の秩序を維持しつつも、繰り返される戦線の崩壊を縫い合わせることに手いっぱいである。
「敵の攻撃予兆を確認!!」
「クソっ戦車隊は間に合わない、各員姿勢を低くしろ——!!!」
戦車隊の車列の後方が被弾し、肌でも伝わる衝撃が一帯を襲う。
「こちら司令部、状況を確認せよ。戦車隊残存部隊は敵に対して垂直方向に戦車の向きを変更し、被弾面積を最大限削ったうえで後退せよ!!」
精一杯声を張り上げる。全員死んでしまっているのではないかと、司令部に居る人間は揃って考えていた。通信士官が頭を抱えながらディスプレイを見ると、彼の顔には絶望が広がり……。
「敵の攻撃、こちらに来ます!!」
刹那、彼らの視線は緑色の光に覆われ、眩しすぎる光に思わず瞼を閉じる。何人かは、そのまま瞼を開けなくなったもの、腕や体が欠損した者もいた。しかし、前線司令部が塹壕の中にあったことが幸いし、壊滅的被害だったが全滅はせず済んだ。
「……どうやら逃がしてはくれないな……」
瓦礫と埃の山から立ち上がった指揮官はそう語る。そして覚悟を決めアサルトライフルに銃剣を取り付けた。家族も、全ては手遅れだ。指揮官は瓦礫の山を下り始める。
「……お待ちください、お一人で死ぬ気ですか?」
「私の役目は部下の命の責任を持つことだ、悪戯に貴官らを物の様に消耗することではない」
瓦礫の中からの問いに指揮官は答えた。瓦礫の動く音が指揮官には聞こえる、どうやら瓦礫から這い出て共に戦おうとしているようだ。
「ならば、尚更一人で行かせるわけにはいきませんな、戦闘データは既に本部へ送信しました。この期に及んで我々ができることは指揮官閣下と変わりません」
このわからず屋が、と指揮官は思った。けれど、自分が稼げる数秒で彼ら部下たちが生き残れるとは実のところ思わない。ただ自分の責任で他人を殺したくなかっただけだ。
「わかった、意志ある者、死にたい者はついて来い」
「前線司令部着剣!!」
この悲劇の概要が判明したのは3年後、彼らの遺骨と遺品が発見された時であった。だが、この悲劇は思わぬ副産物をもたらすこととなる、それは第二機甲師団の生存者が味方陣地まで撤退することに成功したことである。
シモンの国防総省では、戦闘データを収集していた。その中にはもちろん、先述のグレイの旅団との戦闘や空母艦載機との交戦、前線司令部及び第二機甲師団の壊滅などを蓄積している。
「攻撃機と爆撃機はこの任務に出撃させるのは危険ではないでしょうか?速度も遅く、お世辞にも機動力があると言える機体ではありません」
幕僚の一人が、アルフレッドに進言する。ここは地下指令室の円卓だ。
「私も同感です、攻撃機はまだしもステルス爆撃機一機の価格は20億シモンズ。消耗戦に投入できる額ではありません」
その言にアルフレッドは頷き、その方針を認めた。その上で、
「海上に展開したイージス艦・ミサイル駆逐艦・戦艦の火力を投入してみよう……大西洋艦隊に連絡」
そう聞いた副官が幕僚たちの傍を掛けて通信士官の元へと走っていった。それを眺めた後。
「実は海軍が対空兵器として研究していた赤外線レーザーを利用した兵器がある、それを使ってみないか?」
アルフレッドは善人などではない。アルフレッドは対象に人権がないことを利用した人体実験を試みているのだ。現在世界には『特定通常兵器使用禁止制限条約』という物が存在している。この条約は五つの議定書から成り立っており、そのうち1998年に発行された、四つ目「失明をもたらすレーザー兵器に関する議定書」において「永久に失明をもたらすように特に設計されたレーザー兵器の使用及び移譲の禁止等を規定している(使用の全面禁止)。」という文言が存在する。その為、対空兵器として使用する分にはグレーゾーンであるものの、人体に使うというのはもっての他なのだ。
大西洋艦隊のイージス艦「ジョン・アダムズ」のCICは活気に満ち溢れていた。
「司令部より入電、『大陸間弾道弾の発射を許可する』と……艦長!!」
通信士官は大きな声でこれを伝える。それを確認して艦長はすぐに砲撃士官に目配せをしたのち、
「これより各艦と連携して同時に大陸間弾道弾を発射する、各員準備開始!!」
大きな警告音が乗員の耳に響き渡る。管内のライトが赤色に染まり、いよいよ戦闘開始の時が迫っていた。
「攻撃目標に対し大陸間弾道ミサイル、続けて撃て!!」
艦長が告げると、砲撃士官たちがコンソール操作を行い、あと一操作で発射のところまで来る。
「撃ち方、始め!!」
その時、イージス艦戦隊の最も北の艦である『ジョン・アダムズ』の艦前方のミサイル発射管の蓋が開き、液体ロケット燃料が点火され、煙が噴き出す。そして、まばゆい閃光がゆっくりと飛翔を始め、すぐに音速を超え、大陸間弾道ミサイルはロフテッド軌道を取るため高度を上げていく。まるで彗星が空へ帰って行く様に光の筋が空へ浮かぶ。それが何隻からも、何発も空へ発射される、その姿は流星群の様にも見えた。
「こちら空母クリントン所属414飛行隊、これより超音速ミサイル「イスカリオテ」を発射する」
パイロットがそう言うと、翼から円筒が離れたかと思う自由落下し始める。そのまま落下するわけなどではなく、すぐさま日光の様な眩い光を発しながら加速し続け、遂に超音速へと到達する。流石に、目視で照準を合わしてこれを撃墜することなど不可能であろう。
遥か空の彼方で、空母艦載機から空母に搭載されていた米軍の超音速ミサイル「イスカリオテ」が史上初めて実戦に投入された。
同時刻、連合共和国最西の島ドワイフ州の軍装備研究所のレーザー兵器MARK1は発射準備のため基地内にある超小型原子炉から充電を受けていた。
「これを投入ですか……」
整備していた下っ端の技能士官は苦々しく呟く。
「いやいや、こんな機会じゃないと此奴の真の恐ろしさを知らないまま大勢の人に使われてたんだ、まだましだよ」
先輩の技能士官はそう言う。彼の脳裏には世界を一変させたかの爆弾があるのだろう、それがオルタンでも、極東でもさして変わりはない。
「よし、時間だ」
一気に技術士官たちが持ち場を離れ、その時を待つ。
「撃てた、のか?」
プシュウ、という音がしただけだったもので発射された実感がしない。赤外線レーザーを使用しているという事もあって、人の目にはこのレーザーは目視することができないのだ。
曰く、自由と民主主義の敵に向けてありとあらゆる兵器が星状に迫る。それを見たものは語ったという「未だノーシアは世界に健在なり」と。
先程まで前線司令部の幕僚たちと争っていた対象……ことシャーロットは流石に疲れを見せ始めていた。されど、一人で五日間ノーシアと戦争できたならそれは快挙であろう。
だがノーシアは、民意は彼女の生存を許さない。おびただしい物量の火器が今も彼女に迫っている。それを察さないシャーロットではないが、いささか疲れた。体を動かすのがだるく感じている。
「ほんっとうに不潔で、不細工になったわねぇ……」
血の水溜まりに反射した自分の髪はバサバサで、しわは増えた気がする。自分が十代と言っても誰も信じてくれないだろう。
空を見上げれば科学的流星群が隕石のように迫る。最後の力を振り絞って、自身の中にある『魔力』とやらに流転させ、力を籠める。傍から見れば一瞬の虐殺でも、この様な段階を踏まないことには魔術の行使は不可能だったのだ。
シャーロットはその魔力をどのように放出するか、頭の中で一生懸命考えた。その上で星状に向かって彼女は放出する——!!
放出はした、ミサイル群は空中で爆散した。だが、だが、何故血が……?
「ああっ!!あああああああああああ!!」
急所は、逃れたか……?しかし、鮮烈な痛みを訴えている肩を見るとまだまだ安心はできなかった。彼女の服がレーザー兵器の熱戦により燃え始めたためである。
「あづい!!あづぅういよおぉぉぉお!!」
近くの川辺へと歩みを進めよとするが、少しづつ肉も燃え始める。叫ぶな、シャーロットは自信に念ずる。例えどのような醜い姿になろうとも、生きると、そう決めたのだ。ならば、全て何もかもを投げ出す覚悟を揺るがせるな。
一歩、一歩。シャーロットは進む。それは合衆国が破滅する未来であるのか、単にシャーロットが生きる未来であるのかは定かではない。
川辺は視界が開けているため、狙撃など攻撃される可能性を考えていたが、それは心配するだけ意味はなかったようだ。
「取り敢えず、火を消さないと」
ただでさえボロボロだった彼女の衣服の右肩から先が未だ燃えている。腕から先なため、幸い痛みだけで済んでいるが……。
だが、水に触れた時だった。
「うっ!!ああ、ああああああああ!!」
明らかに魔力のめぐりがおかしい。魔力は血液の様な性質を持っているのか、尋常ではない感覚に襲われる。
「お、おヴぇぇぇぇ……」
血を一塊口から出す。その衝動で川面に倒れこんだが、ここからがシャーロットにとっては本当の地獄だった。不幸中の幸いか、火は消し止められたが、彼女の魔力のめぐりは明らかにおかしく、それと同じで水につかったところが……。
「え、壊死してる……!?」
火の消し止められた右腕が、壊死し、その後砂の城が崩れるように、ぽろぽろと右腕が消えて行く。……魔力を行使するという事の本質をシャーロットは初めて知った。
シモンの国防総省では上空の無人機から状況を確認していた。
「やはりレーザー兵器はすばらしい!!このままとどめを」
幕僚の一人がそう言ってアルフレッドの顔を除いた。だが、その顔は初めて成果を上げたのに険しいものだった。
「かのレーザー砲の冷却時間がどのくらいか知っているか?」
「は?」
幕僚はアルフレッドの問いに答えることができない。アルフレッドは拳を握り、苦々しく呟いた。
「我々は、敗北した……!!」
レーザー砲の冷却にはなんと11時間も要するのである。レーザー兵器の急速冷却は内部の素材を破壊するため、不可能なのだ。弾薬は先程の総攻撃で消耗しきり、機甲師団、砲兵師団は射程外へと撤退。既に攻撃手段は、先程のレーザー兵器しかなかったのである。
国防総省に再び、絶望が牙をむいた。
国防総省は何も絶望に打ちひしがれていたわけではない。敗北することを受け入れず、勝つまで戦う構えを取り始めた。
指揮官のアルフレッドの姿はシラクナの独立記念大学にあった。研究チームの報告を受けるためだ。
物理学などの教授が出てくると思っていたため、拍子抜けすることとなる。なんと彼の目の前に現れたのは考古学教授だったのだ。
「私は考古学教授のシャスポーと申します、中将閣下」
「考古学、ですか?今回の件と何か関連が?」
困惑した感情をそのまま声に乗せて伝えると神妙な顔をしてシャスポーは解明された真実を語り始める。
「リッカダニウムが採れる地域をご存じですか?」
「は、はぁ?知りませんが」
当然、アルフレッドはそれを知らない。
「主に、古代文明の発生地なのです」
「リッカダニウムがリッカダニウムと呼ばれるのは古代世界を始めて制覇し、人類最初の帝国と呼ばれるリルカド帝国の首都で同鉱物が発掘されたことに由来します。それを発掘したのがリューリキナの総力戦研究所だったわけです」
既に話の主題を忘れて、素直にアルフレッドは感心している。成程、そういうことだったのか。
「では、リルカドとその他の勢力の差は何でしょう?」
「え、交通上の要衝にある。とかですか?」
「いいえ、いいえ、違うんです。あなた方が苦戦している超自然能力と言う名の魔術なのです」
ま、魔術?とアルフレッドは半信半疑になったが、彼は緊急時であることも踏まえて、感情的にならないよう努める。
「と、言いますのも各地の勢力は文明が生まれた段階ではさして差がありませんでした。差を生んだのはリッカダニウムが算出した土地には何故かそれを媒介として不思議な力を操れる人間がいたことです。これが中原の天子の思想につながり、ランサーンの 身分階級制度になりました、つまり魔術を使える人間が超古代には存在したという事です……」
「は、は、なんでそんなことが言えるんですか?まさか目の前の景色だけで古代を証明されるおつもりか?」
「では、なぜ神が世界中で信じられるのでしょうか?」
「無論、神と言いますか。宗教はあらゆる真っ当な悩みに答えています。例えば、死を怖がるのは当然のことです。宗教は戒律もフェルニダも円教も、分け隔てなくこれに答えを与えます。では何故、人は神を信じるのでしょうか?ただの概念にありがたさを感じるのは何故?それはただの概念ではなかったのです。神は実在しこの世界に干渉し、存在してはいけない人類を意図的に生み出し、その存在が各地で古代最初の統一政権を生んだのですから」
アルフレッドにとっては信じがたい話だ。しかし神の証明を、この一事だけで判断するものなのだろうか。有名な数学者は「我思う、故に我あり」という言葉を残したが、この言葉には続きがあり、この言葉は神の証明に数学者自身が使用している。
「……神の議論はここでするべきことではないとして、古代世界において、魔術を行使した形跡などはあるのでしょうか?先程のお話だけでは原初において勢力は拮抗する、という事でしたが、それはあり得るのでしょうか?」
アルフレッドはそう反論し、シャスポーを睨んだ。
「これをご覧ください」
シャスポーは持っていた袋からとある箱を取り出し、箱の中身をアルフレッドに見せる。
「緑のガラス?ですか、これは」
ガラスの破片の様なものだった。
「これはバルチルスタンの古代遺跡で発見されたものです……本来なら核兵器並みの熱にさらされないと生成されないはずなんですがね……」
そしてシャスポーは続けてスマホの画面をアルフレッドに見せた。
「これは今日、ウェンビル州のの戦場跡から見つかったものです」
「これは……まさか、そんなことが!!」
正に瓜二つ。形まで酷似している。アルフレッドは目を疑ったが、何度見てもそれが変わることは無い。
「無論、可能性の話です」
シャスポーは敢えて、主張を控えめに戻す。その上で、シャスポーは話をつづけた。
「仮にこの古代魔術と同じとするなら、対処法があるのです。古代世界の終焉に共通すること」
シャスポーは部屋の中にあった蛇口を捻る。H2Oが水道管から勢いよく流れ、再び管の中へ帰っていく。
「そう、これですよ」
シャスポーは蛇口を指さして言う。
「箱舟はご存じかな?」
洪水伝説は遠くマラバン文明から、中原の丹上文明に至るまで、文明の発生地では例外なく語られる事象である。これは農耕が発達し、大規模河川の近くに集住したことで、洪水の被害が農耕開始以前よりも深刻化したことなどが理由として挙げられるだろう。大抵の地域はその圧倒的な力の前に足を折るしかなかった。
「じゃあ魔法使いの国は大河に押し流されてそのままという事ですか、しかし何故、水に弱いんだ?」
シャスポーにアルフレッドは問うた。すこしシャスポーは考えたのち、
「中原の五行思想で考えてみるのはいかがでしょうか?」
と語る。
古代中原において説かれた自然哲学で、火・水・木・金・土から万物は成っているという説である。曰く五行は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という。そしてこの説に陰陽説の万物は陰と陽が交わることによって生まれるという説を合わせ(例えば男は陽、女は陰とされた)、一つになったのが陰陽五行説と言われる。
そして五行の関係にも陰と陽が存在する。それは相生(陽)と相剋(陰)であり、今回の場合、相剋が重要となる。相剋とは相手を撃ち滅ぼしていく関係のことを言い、木剋土(木は根を地中に張って土を締め付け、養分を吸い取って土地を痩せさせる)などが一例に挙げられる。
魔術の属性は熱を持ち、ウェンビルでは山火事を起こしていたことから「火」だと言える。水剋火(水は火を消し止める)が当てはまる。
「断定はできませんが……」
非常時である、確定した情報などと言う物を集める時間はすでにない。アルフレッドはそこまで聞くとシャスポーに会釈して「面白いことができるかもしれません」と言い部屋を出た。
同日、連合共和国議会議事堂では、今回の非常事態の説明を連邦党が多数を占める上院が要求し、指定生存者であるエーリッヒ、現在作戦立案中のガーランドなどを含めた軍関係者を除いて大統領以下の閣僚が出席していた。
「……嫌なことになりましたね」
シャハト法務長官は大統領に耳打ちする。
「しょうがないわ、私達が連邦党の立場なら、同じことをしたでしょう」
イザベルはそう言いつつも、内心で舌打ちをする。次の選挙に勝ち目はもはやないだろう、成果の芳しくない経済政策に、冷戦構造へ巻き戻る外交状況、そして今回の事案で崩壊したそれら全て。そう、全てが上手くいっていない。
議長席を眺めると、その日の議会が始まろうとしていた。イザベルは大統領としてすでに三年目に突入しているため、去年議会の選挙があったばかりである。だが先述の有様であったため、下院は勢力を維持したものの上院は連邦党が単独過半を獲得し、ねじれ議会となっていた。
「皆さん、このような遅い時間に集まってもらったのは他でもない。我々議会の、市民の意見を道端に捨て置き、政治的利権に左右された挙句、連合共和国の名を世界に辱めた現政権に、その責任を追及しなければならないためです」
壇上で演説を始めるのは、議長席から移動したジョージ・ルドルフ・フォード上院議長である。彼は、連邦党議員だ。
「本件はイザベル政権の横暴であります。殲滅対象は生物ではないのです。一市民の人権をはく奪し、差別どころか、それの命を殲滅せんとする、まごうことなき虐殺。それにある情報筋によれば、本件が最初だったわけではなく、これまでにも、既に何人かの市民が不当に人権を奪われ射殺されていたことが解りました。……これは一体どういうことなのでしょうか?」
議場が静まり返る。誰もが、イザベルを、民政党を擁護することはできない。何故なら、差別主義者は連合共和国の敵であるからだ、悪戯な弁護は自身政治生命を奪う結果になるのは、目に見えている。
「これは陰謀だ、民政党に従わない人間を不当に殺しているに違いない!!私はここに、大統領弾劾決議を提案する……議員諸君、どうだろうか!!」
ジョージは手を広げて議員たちを扇動する。すると、「そうだ」「そうに違いない」という声が少しずつ大きくなってくる。民政党の議員すら、それに同調し始めていた。それに満足したのか、ジョージは頷きながら言葉を紡ぐ。
「ただ、とりあえずお嬢さんの主張を聞いてみようではないか!!」
明らかにバカにした言い回しは、本来の議場であればブーイングされただろうが、今夜に限ってそれは例外である。イザベルはその最中にあって堂々と壇上まで歩き、彼女の足が震えることは無かった。
「上院議員の皆さん、本日はこのような素晴らしい夜を与えてくださって光栄です」
イザベルがそこまでマイクに吹き込むと、議場がどっと沸きあがった。
「まず不当な射殺とおっしゃられていましたが、その射殺を行ったのは二回。1991年と2002年に当時の連邦党政権のカール大統領と、シャルル大統領がそれぞれ決断なさっています。そして、これも不思議なのですが、この時の情報は一体どこから提供されたのでしょうか?ハ今回は中原評議会共和国から秘密裏に警告があり連合共和国は行動しました、連邦党は一体どこの誰から、この情報を受け取ったのでしょうか?」
上院はどよめきに包まれる。
「ある情報筋、というのは実体験ですよね。元ジョージ連合捜査局局長。1991年に超自然能力保有人格という名前を 名付け、かつ対処方針も決定した、そして情報を受け取ったのはウェリントン財閥。反トラスト法に反する取引もしたようですね。これを陰謀と言わずしてなんと表現しましょうか、私はジョージ上院議長の解任決議を発議します!!」
イザベルは、堂々と宣言した。そして彼女の脳裏に浮かんだのは、昼に駆け付けた一人の好青年である。その名をエーリッヒという。
時間は少し巻き戻り、軍による攻撃が始まった頃に部下たちからの報告を受けながらエーリッヒはどす黒い感情が浮かんでくるのを認識する。
「ということは官僚・政治家ぐるみで隠ぺいしていた可能性があると?」
エーリッヒは一連の報告を受けたのちにそう問い直した。
「ええ、閣下の信用のおけるものにしか命令を出すな、という判断は正解でした。そのおかげで邪魔は少なく、その上官僚もかかわった隠蔽だったこともあり、極めて解り易く隠蔽されていたのです」
バカなんじゃないかと思う。隠ぺいでもらった金が大きくても使いづらいというのが何故わからないのか。選挙資金なんかは割とどうにかなるものだ。
「詳細を説明します」
1985年、ウェリントン財閥の当主ロサーヌは多国籍軍が樹立したオルタン共和国の経済顧問として渡航。戦争で混乱した経済の立て直しを図った。その後1991年に連合共和国へ帰還。ウェリントン財閥を堅実に運営していた。しかし帰国後の 彼の行動は疑問符が付くものが多い。まず、軍事企業ロックブルトングループの掌握や、アグリビジネスの大手パシフィック・ファーマーズ社の経営を掌握することによって二大政党の両方に影響力を行使しようとした姿が見受けられた。恐らく、オルタンで何か彼の思想を大きく変えるような出来事があったのではないかと思われる。
その後、恐らくオルタンで存在を知ったであろう「超自然能力保有人格」の報告を当時のカール大統領へ行っており、カール大統領はそれに対して殺傷を命じている。……何らかの方法でロサーヌには超自然能力保有人格の居場所などが把握できたと見える。これは中原評議会共和国も同様である。
「あいつら、どうやって場所を割り出してるんだ……?」
エーリッヒは頭を抱えた。連合共和国だって個人情報をつかんでいないわけではないが、中原評議会共和国など共産主義国には及ばない。
「不明です、しかし外交という物は難解ですね」
「まったくだ、協力したりいがみ合ったり、なんとも都合がよかったり、変なところに善人がいる。……まったく、人間は気まぐれだよ」
エーリッヒはため息をついた。テーブルの上に置かれていたコーヒーに口をつける。
「あちっ」
エーリッヒのコーヒーはまだ冷めていなかったようだ。そして猫舌であることを自身が忘れていた。
「まぁ、いい。大統領に告発すれば、今日までの我が国は終わるのだから」
エーリッヒは確信する。今日までの歴史が明日には懐疑の目を向けられるだろう。連合共和国の潔癖と、正義は崩れ去ったのだ。それは、結果的に世界を変えるだろう。何故ならば、連合共和国は、世界覇権国であるのだから。
世界覇権国とはなんであるか、領土であるか、経済であるか、それとも技術力であるか、否である。そうではない、世界覇権国とは世界の基準にして至高になければならず、領土も、経済も、技術力さえも、全てにおいて世界を蹂躙しなければならないのだ。
故に、領土は広ければよいのではない。広く、要地を確保する必要がある。
故に、経済は大きればよいのではない。その経済は狂人にして多彩な物流網を確保、支配しなければならない。
故に、技術は先進的で、洗練されればよいのではない。生産力を考慮し、汎用性が高く、即ち凡庸で強力な技術を持たねばならない。
故に、連合共和国の正義の変動は、世界の正義の変動である。思想においても、連合共和国は世界の一歩先を進まねばならない。それが例え崖の先であったとしても。
エーリッヒは数人の副官と共に、省の前から車に乗り込んだ。黒い、核兵器にも耐えられると称えられるあの車である。
「急げ、大統領官邸までだ」
副官がドライバーに告げる。ドライバーはアクセルを勢いよく踏んで、11キロある中央情報局が入るジョージ情報センターから大統領までの道のりを走り始める。ここら辺は郊外なので、のどかな雰囲気だが、インターステート66号線(高速道路)に入ると、首都まですぐという事もあって車の数が増えてくる。
「なんかあの車、変じゃないですか?」
副官の一人が後ろのバンを刺してそういう。すると、運転手が声を上げた。
「今、バックミラーを見たんですが……」
「奴さん、大きな銃を持ってますよ!!」
「何っ!!」
勘付かれたか、とエーリッヒは舌打ちをした。彼がアクセルを踏み込めと言う前に運転手はアクセルのペダルを力強く踏み込んだ。
「喋らないでくださいね、舌を噛みますから」
そう言って、さらに踏み込んでいく。インディペンデンス川を渡るころには時速110マイル(176キロ)に到達していた。後ろの車も速度を上げるが、追いつくことはできない。
そこで、対戦車ライフルを取り出して、発砲しようとするが振動で照準が上手くいかないらしく、拳銃を発砲してきた。負けずと 副官らも反撃し、数秒間の銃撃戦が行われたが、憲政記念碑、人権記念堂を過ぎる時には周りの車の速度が止まって見えた。車はそのまま首都の中心部へと突撃していく。
ドリフトしながら憲法庭園脇の大通りに突っ込み、さらに速度を上げる。いま、何か外から衝撃があれば車は吹っ飛ぶだろう。
シモン記念塔の北側で運転手はアクセルを踏んだままハンドルを左に切り、4WDならではの高速ドリフトで楕円広場の中に乗り上げ、クラクションを鳴らしながら一般市民を無視して大統領官邸まで走っていく。
国立クリスマスツリーの横を対向車線にはみ出しながらギリギリを通り、車がもう一回大きく揺れたのちに大統領官邸に到着した。
「最高のジェットコースターだったよ、ありがとう」
エーリッヒは運転手に頭を下げる。その上で、こうも声を掛けた。
「危険だろう、君も大統領官邸に入り給え」
エーリッヒはようやくイザベルに面会することができたのである。
「ミハイルさんがウェリントン財閥、ましてや連邦党とつながっているですって?」
「はい、こちらの資料をご覧ください」
副官がラップトップを机に置き、資料の解説を始める。イザベルの表情は数秒ごとに代わり続け、最後に、
「……これが本当なら、連邦党の一人勝ちではなくなるわね」
と言った。
故に、イザベルは堂々と壇上でふるまえたのだ。上院に住まう悪魔たちに畏怖を持つのではなく、持たせるために今宵イザベルはここに立っている。
「だ、大統領が上院議長を解任だとッ!!」
ジョージは席から立ち上がり、イザベルを指さす。
「そんな権限が誰にあるというのか、皆さんこれはまごうこと無き独裁だ!!これを許すな、議員諸君、ぎい、議員諸君!!」
そこまでジョージは饒舌に言葉を紡いだが、民政党側の議員の一人が立ち上がり前へ出て、こう語った。
「ジョージ議員のいう事は、もはや信用に足る物ではありません。しかし、彼のいう事に理がないわけではない。大統領、ここは私が彼の解任決議を要請いたします。このような前例は、危険ですから」
その言葉に、自然と拍手が沸く。独裁につながる前例を避け、かつ、裏切者を処罰する手法。議員らは彼に喝さいを送り、皆皆が共犯者になることを選ぶ。彼らはこう叫んだのだ。
「大統領万歳、共和国万歳、自由と民主主義万歳」
「議員の皆さん、連合共和国最大の危機が迫っています。我々の祖先がそうであった様に、連合共和国は雄大にして壮健でなければなりません。建国の父シモン・ユーリトスならば語るでしょう、市民の安全を脅かす如何なる存在も許すことは無い、と」
上院はこれに鳴りやまぬ喝采で答えた。
アルフレッドはその日の内に国防総省へ帰還。
「敵がこのままシモンに向けて進めば、必然的にリモンド・ノーク間のジェームズ川を突破しなければなりません」
水が弱点という性質は既に共有されていた。
「ここに架かる橋を一つずつ残して爆破。敵を誘導します」
ふむふむと、アルフレッドは聞き入る。
「そして市民を退避させたうえで、大将が橋を渡るタイミングで橋を発破、川に落とします。しかし、リモンドの場合は川底が浅いため逃走される危険性があります。そこで……」
説明に使われているパワーポイントのページが次の者に切り替わり、リモンド市内の地図が映し出される。
「この四棟のビルに燃料気化爆弾を設置し、敵の頭上にビルを落下させ、敵を殲滅します。以上です」
幕僚たちから拍手がわく。これだ、これしかあるまい。弾薬を使い切った米国に残された手段はこれだと確信した。すぐさま準備が進められる。
「燃料気化爆弾に関してですが、フェルニダが特別に支援物資として輸送してくれるそうです。明朝、同州に到着する運びとなっています」
アルフレッドが歩けば、幕僚や副官が次々と報告書を読み上げていく。国防総省に活気が返って来た。
「現地住民の退避が進んでいます、あと三時間以内に市内中心部での作戦は決行可能です」
「敵の監視は主に無人機で継続的に行われており、敵のポイント到達は恐らく最速でも明日正午になると思われます」
一つ一つに頷き、的確な命令をアルフレッドも出していく。それと同時に念のため、超射程レーザーの準備も又進められていた、これは次こそ確実に殺すためである。
「作戦決行は明日11時とする、本日は解散」
アルフレッドがそう言い、幕僚たちには久方ぶりの休養が与えれられた。
「ロサーヌ、居るか!?」
ミハイルはよろよろと、シモン郊外のロサーヌ邸に足を運んでいた。複数の人影が庭に確認できてミハイルは駆けよっていく。
「あ、貴方は……!!」
パシフィック・ファーマーズ社代表取締役ローラン・フロイスだった。そして、それを取り囲むようにサブマシンガンを持った連邦捜査官たちが立っていたのである。
無意識にミハイルは足を反対方向に向けて、駆け出している。逃げなければ、逃げなければ、だが、逃げてどうする……??
「止まれ!!」
連邦捜査官たちの革靴が地面にこすれる音で、ミハイルは正気に戻った。観念したのである。手を挙げ、地面に膝をついた。彼 の理想と人生はここまでであったのだ。
「ミハイル・ケレンスキーだな、反独占法違反で身柄を拘束させてもらう」
捜査官の一人がミハイルの腕をつかむ。
「待ってくれ、まだロックブルトンの改革は途上なのだ、私がいなくなれば職を失う社員もいるだろう。今日まで私は社員の為、一人でも多くの家族を扶養するために薄汚いこともしてきた、こんなことを君に言っても仕方が無いかもしれない。だけれど、社員は悪くないんだ、これをロックブルトンの罪にしないでくれ……!!」
懇願するように下を動かしたミハイルは、捜査官に怪訝な目を向けられて諦めたように空を見上げた。社員たちの顔が浮かぶ、もっと豊かにしてやりたかった。思い浮かべるのは自らが、子供の頃、生活を犠牲にして工場で武器を作る父親たちの姿だった。
不意に上からサーチライトが連邦捜査官にあてられる。
「な、なんだ」
「私が目当てなのだろう、公僕ども」
その声は違いなくロサーヌの物であった。捜査官たちが一斉に銃口を、自信に向けられたサーチライトへと向ける。肥満気味の体でありながら、凛々しい印象を与える。
「お前たちの顔を見るのは反吐が出るから端的に言おう」
「万策は尽きているのさ……!!」
ほどなく、ロサーヌは逮捕されたが。この言葉の意味は捜査官たちが考えている以上に重かったことが大西洋艦隊によって証明される。
「以上が、大西洋艦隊からの報告になります」
副官からの報告を受けた時、アルフレッドは頭を抱えたが、すぐさま立ち直り、グレイ君を呼び戻せ、とだけ伝えた。
帝国使節団は明朝の八時には空母から飛んだ輸送機でシモンに到着し、クロムウェルは大統領官邸へ、グレイを含むイーストサクソニア軍幹部らは国防総省へ通された。
「このような歓待、痛み入ります大統領閣下」
クロムウェルはイザベルへ、そのさわやかな笑顔を見せた。到底昨夜寝ていない人間の顔とは思えない。
「いえ、貴国の協力には感謝いたします」
そこでイザベルは区切ったうえで、
「貴国も存じ上げていると思いますが、かの超自然能力保有人格を抹殺するには一度に大量の水が必要だそうです。……この件が始まる前から知っていましたね?」
「さぁ?国家機密ですので、私の様な一介の外交官の知るところではありませんね」
クロムウェルは道化を演じた。イザベルは頷き、そして言葉を紡ぐ。
「今は、彼らに期待するしかありません」
『グリーバス大統領報道官は殲滅完了を宣言し、騒動は収束に向かっています。今回の件で経済界の多くの要人も逮捕されたこともあり、下落した株価の回復はもう少し時間がかかりそうです』
エーリッヒは長官室でテレビを見ていた。大統領候補と言われていた父と、その妻である母を爆殺した奴らを、遂に白日の下にさらすことができたことを素直に喜んでおり、彼は昼からウイスキーを飲んでいた。
「まったく哀れな男だ」
エーリッヒは少しロサーヌのことを考えていた。国家反逆罪の操作が進んでいるが、秘密裏に政府を掌握し、民主主義を破壊しようとした罪は、言うまでもない。されど、彼の正義とは何であったのか。
「私はスーサで見たのだ、我が祖国の本質を」
動機について問われたロサーヌはこの言葉から語り始めた。
彼がオルタンのスーサとして紹介された灰と瓦礫の山を見て、彼は既に心が痛んだ。しかし、これで終わりではない。現地の他都市に進駐した連合共和国兵による強姦などの戦争犯罪の数々が、勝者というだけで無視された。
しかし、彼の心をより痛めつけたのはスーサだ。
スーサには焼け焦げた死体がそのままで置かれ、中には背が小さいものも少なくなく、奇跡的に焼失を免れた写真や看板は、人々の日常を創造させるのには難しくなかった。
なぜ、こんなことを?
ノーシアはこんな蛮行を働かなくても勝てたのだ。しかし、働いた。第二次世界大戦でもそうであったというのなら、ノーシアには政府が批判するよりも悪逆な破壊主義とでもいえるイデオロギーを内包しているのではないか。
それならば、富を持つ自らがこの国を操り、その破壊主義を打破すべきではないのか。そう考え行動したと操作に対しては語っているという。だが、自分にはあまり縁のない話だとエーリッヒは思った。
少しボーっとしていると、珍しい客が現れた。
「これであなたは次の選挙で勝つという算段なわけね」
最近選挙の話しかしていないか?とエーリッヒは笑いそうになったが、上司である。それはできない。
こんなことが無くても、俺は勝ってますよ」
大統領の椅子はすぐ、そこにある。
ガーランドとアルガルドはシャスポーの元で新型爆弾の影響について講義を受けていた。
「あの爆弾によってまき散らされた物質によってオルタン周辺は古代に近い大気の状況がもたらされ、リカルドの血を引くものが、覚醒するに至ったのです」
アルガルドは問うた。
「しかし、数十世代前のものが覚醒するなんてことあるんですか?」
「ウーパールーパーをご存じですか、彼らを普通ではない水につけると、足が生えてくるそうです」
それを聞いて、ガーランドは大柄な体で大袈裟にむせた。
「まさか、それと同じだと!?」
「遺体がない以上、何とも言えませんが……」
科学はこれからも神秘を暴いていくのだろう。しかし、神秘は勝手に生まれて、科学の仕事はこれからも増えていく。
次の更新予定
2024年12月19日 18:00
ノーシア興隆期 OSOBA @poriesuten5
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