団欒はある家
@karaage18
団欒はある家
仕事帰りの事だった。
安月給のサラリーマンとして日々こき使われる俺は、疲れ切った身体を引きずるようにして帰路についていた。サービス残業こそしないが、ほぼ終電のギリギリに滑り込むように電車に乗り、揺られてという毎日は確実に自らの身体にダメージを蓄積させてくれていた。
駅前のコンビニで買った弁当と缶ビールが入ったビニール袋を提げて歩く。
「どうしてこうなっちまったんだろう」
子供の頃はこんな風になるなんて微塵も思ってもみなかった。
そもそも、もう少しばかりまともな生活が送れると思っていた。結婚もしたり、子供がいたりと思っていた。しかし、今の自分はどうか。40代にもなって独身である。社会的にも晩婚化とは言われてはいても、実際にそういう立場に立ってみるととてもではないが、こう、くるものがある。
そんな風に考えながら俯き加減に歩いていたからか。
道の途中に立てかけられている看板に蹴躓いてしまった。もんどりうって冷たいアスファルトの上に転がる。
「なにやってんだ。俺」
泣きそうになるのを堪えながら、塀に寄りかかるように座り、ビニール袋の中から缶ビールを取り出して開ける。ぷしゅっという音と共に麦芽とホップの匂いが私の鼻に入り、たまらず、口をつける。
喉の奥へとビールを流し込むといくらか痛みがマシになる。
酒臭い息で一息つくと、目の前の家が目に入った。
生垣の向こうには、大きな窓があり、そこから明るい光がこちらを照らしている。大きな窓はカーテンを引いておらず、中が丸見えだった。リビングだろうか。大きなテーブルの上には、食事がぞろりと並んでいた。
そして、それを囲む家族。
俺と同じくらいの年齢をした父親、そして、少し若そうな母親、小学生低学年くらいの子供たちが二人。
美味しそうに食事を食べて、笑っている。
いかにも絵にかいたような家族団欒。
それがあった。
俺の手元にはない。それがあった。
「羨ましい」
こぼれるようにそう言葉が出た。
大きな窓の向こうには欲しい物があった。
そして、そのまま、滑るように視線が動き、停まる。
家の玄関が開いているのだ。明るい光を煌々と照らしている。
あの光の中に行きたい。
ふらふらと、ヨレヨレという風に頼りなく立ちあがり、一歩踏み出す。
確かで確実な一歩一歩が扉へと進めさせてくれて、土地に一歩踏み込み、歩みを続ける。
玄関扉まで、ちょうどあと一歩という時、はたと足が止まる。
玄関扉から見える家の中、廊下から違和感があった。
違う。
静かすぎるのだ。
家族が団欒をしている家、その家としては静かすぎる。生垣から見た光景の時も、音がしなかった。遮音性がいくら高い窓とは言えども、子供のはしゃぐ声ぐらいするものである。というよりも、今は、終電もなくなった夜中だ。
夜中に子供がはしゃぐのも、食事を食べるのも、団欒を囲むのも変じゃ、
その時、ぱっと目の前の家、廊下から灯りが消えた。
廊下の奥には真っ暗闇が残っている。
震える足で踵を返し、走り出す。
振り返る事はしなかった。
それ以降、仕事も変えて、その家の近くを通ることもしなくなった。もしも、その近くを通り、また、その家を見たらどうなるか。それよりも、何よりも、その家が本当にあるのか。確かめる気がないからだ。
もし、家がなかったら、そう考えてしまうのだった。
団欒はある家 @karaage18
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