主役じゃない人

伏見同然

主役じゃない人

 最初に断っておくと、僕は主役じゃない。

 だから、感動とか成長とか意外な結末とか、そういったものは期待しないでほしい。でも、こんな僕が物語に少し登場したことがあるから紹介させて。


―森の蛙(南條 真帆 著 P.124より)

“これで良かったんだと美咲は思った。見つめていたレシートを手のひらの中に隠すように握りしめて、強く拳を固めた。このとき街を行き交う人々の中で、美咲だけが本当に人生を変える決意を固めていた。”


 このときちょうど街を歩いてたんだ。100均に買い物に行ったとき。もちろん、美咲っていう人は知らなかったけど、まあ、確かに人生を変えるような決意はしてなかったな。少なくとも僕にはこれまで一度もそんな瞬間はなかったから。


―カーボン・リバイバル(ヴィヴィアン・ケルダー 著 P.229より)

“「人類の歴史は、この瞬間に凝縮されているんだ。」

 フィンは制御パネルに手を置きながら呟いた。

「再生か、崩壊か。選択肢は二つだけだ。」”


 これを登場って言っちゃう?と思われるかもだけど、この人類に僕も含まれていたと考えると震えるよね。

 ほんと、ハッピーエンドで良かったよ。意味深な終わり方だったけどさ…


―異世界ダンジョンでアルバイトを始めたら、ダンジョンそのものを経営することになった(ひいらぎ みい 著 P.68より)

“恐る恐る扉を開けると、そこにはダンジョンに転送された人たちが押し込められていた。”


 これは比較的ちゃんと登場したやつ。家でスマホ見てたら突然わけのわかんない部屋にいて、周りにも同じような人がたくさんいた。そしたら、突然ドアが開いてイケメンが入ってきてさ、なんかいろいろ説明はしてくれたけど支離滅裂だった。でも、最終的にこちらの世界に帰してはくれたよ。なんだったんだろあれ。


―見えずの部屋(魂鳥 著 P.14より)

“その部屋はアパートの2階の一番奥にあった。その部屋の前にある配管に透明の傘が数本引っ掛けてあり、その中に土やゴミや雨水が溜まっている。”


 当時、このアパートの1階に住んでたんだよね。まさかそんな怖い場所だったなんて知らなかったんだけど、恐怖ってすぐそこにあるかもっていうのが一番くるよなあ。


―あと3度だけ、あの場所で(川上 蓮司 著 P.306より)

“さまざまなふたりの、それぞれの人生が重なりあうとき、修と香はまた別々の人生になった。絡まりあったイヤホンをなんとかほどいて、やっと音楽が聞けるようになったときのように、開放感に溢れていた。”


 オサムさんとカオルさん?には申し訳ないけど、このとき僕は人生を重ねた側として結婚したんだ。で、例のアパートからマンションに引っ越した。あの部屋であんな凄惨な事件が起きたのは、僕が引っ越したあとだったみたい。セーフ!


 で、やっぱりというかなんというか、カーボン・リバイバル2が出版されて、今度こそ地球崩壊の危機にさらされた。

 さすがに、美咲さんみたいに人生観が変わった瞬間かも。

 あのアパートはあっという間に倒壊しちゃったし、フィンは地球を守ろうとして死んじゃった。

 でも、間一髪でまたダンジョンに転送された。今度は妻と子どもも一緒に。ほんと主役じゃなくて良かったー。

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主役じゃない人 伏見同然 @fushimidozen

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