第2話
その晩、早速小説を開く。
エリーが貸してくれた三冊のうち一冊は大人の三角関係を描いたドロドロとしたもので最初の十ページで却下。後で読むけど。
二冊目は逆によくある平民出身のヒロインがお忍びで来ていた王子様と出会うという物語で、天真爛漫なヒロインに好感を持ち身分差に悩む彼女に感情移入しながら読んだものの――
「そもそもの前提条件が違いすぎるわね」
確かに侯爵家と子爵家ということで身分差はあるが、互いに貴族同士でもある上に彼は騎士。
これから武勲を立てれば更に上の爵位の授与なんかもありえるし、それにそもそもコルンは父の弟子でもあるのだ。
人柄も知っていて、かつこの縁談を整えた人こそ父である侯爵ともなればこの身分差なんてないも同然。
彼は三男なので、婿入りしてくれれば父も私もウルトラハッピーの大団円である。
「あまり参考にならなさそうね。それで最後の一冊は……」
小説としては面白かったが、参考文献としてはあまり参考にならなそうな内容にガッカリしつつ手に取った三冊目。
その三冊目も最近ではもう定番すぎる設定のもので、政略結婚で出会った初対面の夫に「君を愛するつもりはない」と宣言されるところから始まる溺愛ものだった。
“流行っていたのは知ってるけど”
実際手に取ったのは初めてで、パラリとページを捲ってみる。
仕方なく結婚したふたり。
そして初対面で告げられるその言葉に嫌な気持ちになったものの、そこから始まる溺愛の日々。
大事にされることへ戸惑いながらも少しずつ距離を縮めた二人が結ばれるところでは思わずうるっとしてしまった。
「最初はあんなこと言ってたくせにって思ったけど……」
つまりこれは振り幅の問題なのだろう。
元々の好感度を下げておくことで上り幅を急激にし、そのギャップでヒロインの中の好意を促す。
ゼロの好感度を百まで増やすより、マイナスの好感度を百にした方が「好きかも」から「すっごく好きかも!」と思わせる高度なテクニックだ。
しかも恋愛テクニックとしては高度なのに、やることといえば最初に相手へ好意がないと思わせてからのひたすら好き好きアピールをするだけというお手軽さ。
これならば私にも出来るのではとテンションがどんどんあがる。
「これでコルンとのラブラブハッピーエンドが手に入るってことね……!」
やることは簡単。ただコルンに、実は愛していないと告げてから猛アピールするだけである。
嘘でもそんなことを告げるのは心が痛いが、だがこれは私たちのラブラブ作戦の為だから。
「待っていなさいコルン! でろっでろに溺愛してあげるんだからね!!」
私はベッドの上で仁王立ちになり、まだ見ぬ明日へと指さしながらそんな宣言をしたのだった。
◇◇◇
コルンの休みに合わせ呼び出したのは町一番の可愛いカフェだ。
ここを選んだ理由はひとつ。決めゼリフをコルンに告げた後の溺愛実感ターンで念願のデザート一口食べさせあいっこを実行する為である。
“心にもないことを言うけど許してねコルン! 今まで以上に私の想いをぶつけるから!”
これから待っているラブラブな未来に口角が緩みそうになるのを堪えつつ待っていると、少し遅れてコルンが店内へと入ってくる。
「申し訳ありません、お待たせしましたか」
「全然いいのよ、コルン。それでその、今日私は貴方に、その、つたっ、伝えたいことがあって、えっと、来たの!」
緊張で若干しどろもどろになりつつ話し出すと、余りにも私が噛むからか彼の表情が怪訝なものへと変わる。
“でもそんな表情も格好いいわ!”
「体調が悪いなら今日は――」
この難関を乗り越えればまだ見ぬラブラブハッピーエンド。
その想いに背中を押されるように、私を心配してくれるコルンの声をぶったぎって私は大きく息を吸い口を開いた。
「私ッ、貴方を愛するつもりはないの!!」
「……はい?」
「だっ、だからその、実はコルンのことをそのっ、愛してなかったというか、これからも愛するつもりはないのよ!」
“言ったわ!!”
これで第一関門はクリアだ。
後は呆然としているだろうコルンに全力で好き好きアピールをかまし溺愛するだけ――……!
「あぁ、どうりで話しにくそうだと思いました」
私の計画では呆然と固まっているはずのコルンが、ふっと息を吐きながらそう口にする。
「この婚約は仕方なかったということですか?」
“いえ、私の熱望です”
「他に愛される方がいらっしゃるのですか?」
“貴方以外カボチャに見えます”
心の中では全力でそう答えつつ、だが実際に口にするのはまだ早いと必死に口をつぐむ。
何故ならこれは落として上げるという恋愛テクニックなのだ。
冷静に見えるよう目の前のカップを手に取りゆっくりと口をつける。
余りにも彼に愛を叫ぶことに慣れすぎて、そうやって物理的に口を塞がなければ彼への愛が溢れそうだったからである。
「そうですか、わかりました。いつも心にもない言葉を言わせてしまい申し訳ありません」
「へ?」
そうやって黙っていた私に何か思うところがあったのか、コルンから謝罪の言葉を言われ私はぽかんとした。
「ご安心ください。いつでも対応出来るようちゃんと準備はしておりましたので」
「え、……え?」
呆然とさせるはずが私の方が呆然としてしまう。
そんな私の前に差し出された一枚の書類。
その書類の一番上には大きく『婚約破棄合意書』と表記されていた。
「こ、婚約破棄……っ!?」
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