第14話 さらなる高みへ
タイジェルにある冒険者ギルドが運営する武道場。
そこで、オルディウスとアイオリアが剣を交えていた。
アイオリアに内在している闘気の量が普通ではないことを見ていたオルディウスが、訓練相手を買って出たのだ。
オルディウスの大地の精霊力を発動キーとして、アイオリアの闘気を引き出す。
アイオリアの戸惑いは少なかった。
常々、自分のうちに猛獣のように暴れる力が潜んでいることを感じていたからだ。
木剣の打ち合いなのに、音が違う。
鈍く、重い音がする。
木剣に闘気が流れ込み、その強度や性質を変化させているのだ。
木剣のみならず、革盾や己の肉体にも闘気を循環させ、満たす。
(これか、これが力の使い方か)
アイオリアは砂が水を吸収するように、急激に闘気の使い方を身に着けていった。
一通り、武器に闘気を通わす術を身に着けた後は、徒手空拳での戦い方を学んだ。
アイオリアもオルディウスも格闘は我流だが、オルディウスの戦歴が長い分、一日の長があった。
何度も打ち倒されつつ、それでもアイオリアは食らいついた。
身体に満ちた闘気は筋骨を強化し、研ぎ澄まされた感覚は反応力を跳ね上げる。
オルディウスは、アイオリアの資質に驚きを禁じ得なかった。
元々見えていた闘気が、訓練を始めてから急激に膨れ上がってきているのだ。
おそらく駆け出し魔術師の魔力付与など軽く超えている。
リョーマやグインの身体能力上昇呪文でもここまでの効果が望めるかどうか。
アイオリアの拳が重い。
明らかに体重からはじき出される衝撃力を超えている。
(これは逸物だ)
オルディウスも一切の手加減なくアイオリアを襲う。
お互い強化された肉体同士、速度も威力も桁違いになっていった。
オルディウスの中段回し蹴りを踏み込んで受け止めたアイオリア。
その次の瞬間。
オルディウスの巨体が2m以上吹き飛んだ。背後の石壁に衝撃波が当たる鈍い音が聞こえる。
見れば地面もごっそり抉れている。
「ほう、すごいな。」
心底感嘆した声を出すオルディウス。
蹴りを受けて密接した瞬間に、アイオリアが体内の闘気を爆裂させたのだ。
さすがに息を荒らげてはいるが、それでもまだ立っている。
「獅子の咆哮…ってところか。」
オルディウスがアイオリアに再び肉薄する。
両者が両腕でつかみ合う。
そして、爆裂した。
二人して同時に闘気を爆裂させたのだ。
闘気の爆発は相殺し、両者とも腕をつかんだままだ。
にやり、とオルディウスが嗤う。
「身に付いたようだな。
この短期間で大したものだ。」
アイオリアは完全に息が上がっている。
「続きはまた明日やろう。」
掴んでいた腕を離すと、オルディウスはスタスタと着替え室に向かっていった。
アイオリアは、それでも膝をつかず立っていた。
(これが…闘気の使い方か)
背を向けているオルディウスに頭を下げる。
(これで、パーティをもっと守ることができる…)
疲労の極限に至った体を引きずるようにして、自分も着替え室に戻っていった。
こうしてアイオリアとオルディウスは、タイジェルの武道場で20日あまり戦い続けた。
アイオリアの闘気はますます盛んになり、その上、自在に使えるようになっていた。
闘気をここまで使える人間は、戦士でもまずいない。
一握りの英雄の域に到達しつつあった。
また、アーサーはアミルに炎の精霊との交信方法を習っていた。
本来アーサーは風の精霊と親和性が高いため、炎の精霊とはあまり折り合いが良くない。
しかし、今回の塔攻略の報酬品である精霊力の護符は、地水火風の四属性すべての精霊と交信できるものだった。
大地の精霊は、イリアス兄弟がいるのでなんとかなるとして、炎の精霊についてはアミルに教えを請うのが一番だと考えたからだ。
最初は、手のひらほどの火を灯すことすら難儀していたが、数日経った頃には、小さい炎の精霊の召喚や、火炎弾くらいは扱えるようになっていた。
とはいえ、精神力の消耗は風の精霊力を行使しているときとは比べ物にならない。
そこで、アミルは炎と風の力から「雷」を引き出す方法を教えた。
これならば、風の精霊力の分だけ消耗が軽い。
また、護符には所有者の魔力と交信力を高める能力もあったのが大きい。
(これで僕ももうちょっと戦闘で役に立つかな)
などと思いながら、アミルの全身から立ち上る莫大な精霊力を眺めているのであった。
フィレーナは、アーサーと同じ四属性の精霊と交信できる護符を貰ったものの、風の精霊との親和性が高すぎて、風以外の精霊との交信は、会話を除いて至難の業だった。
そこで、風の精霊力との結びつきを強くすることに特化し、衝撃波の生成や、風による鎌鼬(かまいたち、真空波)、果ては竜巻まで起こせるようになった。
グインは戦神の神殿に赴き、戦神の啓示を受けるため瞑想に入っていた。
より強い祈祷の力を得るためには、より深く戦神を信心し、共鳴する必要があるからだ。
並行して、剣術訓練も行っていた。
剣のみならずメイスも用いる。
訓練は苛烈で、これは雑念を払うためとされている。
上級司祭は、おしなべて戦士としての技量も抜きん出ている。
グインは見込みありとして、かなりしごかれた。
刃引きの剣とはいえ、当たりどころが悪ければ死ぬ。
実戦さながらの猛訓練をくぐり抜け、グインは一回り成長してパーティに戻ってきた。
ゲバはゲバで、多忙を極めた。
魔術武具に交換しなかったオルディウスらの大剣や、各人の鎧の修繕をしていたからだ。
とはいえ、ゲバの職人魂をくすぐる武具の山なので、時間はあっという間に過ぎていく。
工房を借りてイリアス兄弟の大剣を研ぐ。
「ふぅ・・・これだけでかいと大変じゃわい。」
愚痴のように聞こえるが、実際には楽しそうであった。
アイオリアの鎧の凹みを打ち出し、全員の鎧の歪みを直す。
緩んだリベットを差し替え、必要に応じて補強する。
パーティに参加する前に既に50年に渡って武具の工作と整備をしていたゲバならではの腕である。
普通のパーティなら、武具の手入れや更新で結構な費用が飛ぶのだが、ゲバは無償でやっているのでパーティ的にはすごく助かっていることになる。
「よし、こんなもんじゃろう。」
こうして、一行の武具はきちんと手入れされ、戦闘に投入できるようになったのであった。
「塔」攻略から約1か月。
<獅子隊>は再び山脈への旅路に出ようとしていた。
「塔」は現状、冒険者ギルドと魔術師ギルドの共同管理下にあり、ベースキャンプとして機能している。
そこへの物資搬入も兼ねて、まず塔まで行くことになったのだ。
その次は、周囲の探索とモンスターたちの排除である。
10人の充実した戦力を持つ冒険者、というのが現状におけるギルドからの認識である。
後続の冒険者や、荷役担当者の安全をかんがみれば、周囲一帯を安全地帯にしておく必要がある。
塔に到着したアイオリアら<獅子隊>は精力的に活動した。
周辺の林には、敵対的亜人種の群れがいくつもおり、周辺の地形調査と並行して、これらを討伐した。
なかには20匹近いオークの集団や、オーガ(鬼)の群れなど、中堅の冒険者ですら危険なモンスターも潜んでいたが、<獅子隊>の面々はこれらを撃退、殲滅することに成功する。
一戦を重ねる度に、<獅子隊>の面々は成長を繰り返していく。
2週間ほどかけて、塔から半径数キロの範囲を調査した<獅子隊>は、一旦、塔で骨休めをする。
この頃には、タイジェルからの運搬経路も安全が確保され、物資には事欠かなくなっていた。
魔術師ギルドの研究員たちは、塔の設備を使いこなせるようになっており、塔周辺の気候は安定し、過ごしやすくなっている。
一行は、改善された環境の元、しばしの休息の後、次の目標策定に移った。
天候操作ができるようになったとはいえ、不帰の山脈の奥地は、未だ前人未到の地である。
不帰の山脈には、文献で確認できる限り3つの難関がある。
1つ、かつての大魔道士が作った大迷宮。
1つ、山脈中腹に住む火龍。
1つ、魔神が封じられたという「墳墓」
そのうち、「墳墓」に対してアミルが興味を示していた。
好奇心、という意味ではない。
極寒の地(今は天候操作のお陰で和らいでいるはずだが)であるにもかかわらず、炎の精霊力を感じているというのだ。
それも、これほど離れた距離から、である。
しかし、一足飛びで「墳墓」に向かうわけには行かない。
塔から、距離にして「直線で」10km以上はあるからだ。
確実にキャンプを設定しながら進まなければならない。
攻略点の談義をしている一行のところに、魔術師ギルドの魔術師キー・リンが訪ねてきた。
「ご承知とは思いますが、不帰の山脈を一気に攻略するのは無理でしょう。
私ども魔術師ギルドとしては、かつての大魔道士が作った迷宮の踏破をお願いしたいと思っています。
目的は、「墳墓」に関する資料です。
かの大魔道士は、「墳墓」に魔神を封印した本人である、ということがほぼ確実視されていますので、何らかの資料が残されていると思います。
それ以外の魔力武具などは、あなたがたがお使いなって構いません。
ただ、呪いの武具にだけはご注意を。」
キー・リンはせわしなくそれだけを述べた。
大迷宮の中におけるモンスター討伐や罠攻略については、冒険者ギルドが報酬を支払うという条件で話がついた。
一行は、魔術師ギルドから魔法の背嚢(4リットルほどの背嚢だが内部容量はその10倍ほどになっている魔法道具のリュック)を譲り受け、万端の補給を整えた。
とはいえ、迷宮の規模などほとんど情報はない。
過去に大迷宮に挑んで帰ってきた冒険者は一握り。
それも浅い階層しか踏み込めなかったからだ。
「いくか。」
アイオリアが騎乗し、全員に声を掛ける。
各々が頷き、騎乗する。
数ヶ月に渡る大征戦がついに幕を開けた。
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