聖夜のお客様

@mia

第1話

 十二月二十四日午後七時

 アルバイトへ行くために大学の友人のアパート出る。ここからアルバイト先まで四十分くらいだ。憂鬱な気分で電車に乗る。乗った電車も妙に混んでいて余計憂鬱になる。調べてみるとこの路線とは別の路線で電気施設の故障が起きて電車が止まっており、そのせいでこの電車に乗っている人が増えたようだ。

 店に近くなると行きたくないと思いが強くなるが、仕事だから仕方がない。

「こんばんは」

 店に入り着替える。今日僕が着なければならないのはサンタの衣装だ。店長の思い付きで決まった。みんなで着るのかと思ったらくじ引きで選ばれた人だけで、このシフトでは僕が赤い服を着てつけひげをしなければならない。

 こんな偽サンタを見て喜ぶのは小さい子だけだと思うがこのシフトにそんな子連れの客は今まで見たことがない。サンタの衣装は必要ないと訴えたが「雰囲気」ということで訴えは却下されてしまった。

「すいません。ケーキあと残り一つです。他は……」

 前のシフトの引継ぎがある。ケーキとは予約されていて今日引き渡すクリスマスのホールケーキのことだ。

「はい了解です。一個ですね。他は……」

「午後八時で取りに来ていないということは、家で子どもがぐずってるんじゃないのかな。『ケーキ! ケーキ!』って。残業で引き取りが遅くなってんのかね」

 そのことを話してレジに入る。

 お客様は来るが子連れのお客様はやっぱりいなかった。

 見た覚えのあるお客様もビールと弁当を買って帰るが、特にサンタに反応はしない。そう、このシフトの客層はこうなのだ。

 今日は平日、明日も平日。クリスマスだからと言って 特に何をするわけではない、いつもと変わらない日を過ごしている


 九時近くに女性が一人、入ってきた。その人は僕に向かって歩いてきた。

「すいません。遅くなりました」

 頭を下げ財布から紙を取り出し僕に手渡す。それはクリスマスケーキの予約引き換え票だった。

 僕より少し上の会社員。子どもがいるようには見えない。

「すいません。電車が止まってて、こんな時間になっちゃいました」

 引き換え時間は決まってないのに謝ってくれるので、こちらが申し訳なくなってくる。

 彼女の赤い唇がやたらと目につく。

「クリスマスケーキですね。お待ちください」

 保管場所まで取りに行き戻ってくる少しの時間にも、彼女の赤い唇が気になる。赤と言っても真っ赤じゃなくて、いい感じの赤。

 戻るとカウンターに紅茶とコーヒーと緑茶のペットボトルが置いてある。

「これも一緒にお願いします」

 三本のペットボトルを見て女友達とクリスマスパーティーでもするのかと思って、「ストローをおつけしますか」と聞いてしまった。ペットボトルにはストローをつけるかどうかは聞かないのに。

 バイト仲間がびっくりした顔で僕を見る。言った僕自身もびっくりした。

 彼女もちょっとびっくりした顔で「じゃあ、一本、お願いします」と答えた。

 それを聞いて僕は落ち込んだ。女友達じゃなくて男か。

「一本でよろしいのですか」

「はい。これ全部、私が飲むので。今日の晩御飯は、このクリスマスケーキなんですよ。ケーキをホールでガッツリ食べたいけど太るので年に一回だけのご褒美なんです」

 笑っている彼女の赤い唇にやっぱり目がいく。


 その日から僕は彼女が気になって気になって仕方がない。彼女に会えるように願って店に行くが、いまだに一度も会えていない。

 彼女がこの店を利用するのが僕の前のシフトだからだろう。あの日会えたのは電車が遅れたからだ。僕の授業中か授業が終わってこの店に向かう電車の中か、そんな時間に彼女はこの店に来てるのだろう。

 僕は今、シフトの変更ができるように来年度の授業が、彼女が来る時間のシフトに入らないように願っている。

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