第21話 足

「え、ここなに?なんでcosが3になるの?」


 机いっぱいに広がるのは数学の教科書やら筆箱やら。

 主に瑞月のものだというのは周知の事実なのだが、この4人の中で1番頭が弱いのも瑞月。


 つまり、ほぼ3対1の状況で瑞月に家庭教師がついているのだ。


「え、そこ私もわかんない」


 ……ほぼと付けたのはバカなやつがもうひとりいるから。


「一応授業聞いてたんだよな?」

「「うん」」

「……じゃあなんで分かんないんだよ」

「私は祐希くんのことを考えてるから?」

「私はこの単元が苦手だから」

「……なるほど。匠海、そっち任せていいか?」

「ん、じゃあとりあえず俺にも教えてくんね?」

「…………バカ3人かよ……」


 目の前の席では美結。その隣に匠海。そして俺の隣では瑞月がまじまじと俺の顔を見てくる。


 基礎の基礎なのだから覚えていてほしかったところなのだが……まぁいいや。


 小さく息を吐いた俺はカバンの中から教材と筆箱を取り出し、3人に見えるように机に配置する。


「途中から教えてもきりが無いから最初っから教えるぞ?」

「さすが祐希くん!伊達に学年13位取ってないね!」

「……どうも」


 お尻を引きずりながらピトッと肩を当ててくる瑞月。

 そんな瑞月に続くように前のめりになる匠海は美結に肩を寄せ、俺の教材に視線を落とした。


「とりあえず、三角関数は右下に90度が来るってことは――」


 説明を始めたときだった。

 足元に感じる違和感が背筋を襲ったのは。


「祐希くん?どしたの?」

「……いや、なんでもない」


 そう誤魔化して説明を続ける俺は――足首に神経をとがらせた。


 ……というのも、今足首に感じているのは美結の足に履かせているであろう靴下の柔らかな布の感触。


 今すぐにでも机の下を見て確認したいところなのだが、状況が状況なだけに頭を下げることはできず、悶々と説明を続けることしかできない。


「ということなんだが、分かったか?」

「あ、私は分かったよ」

「俺も分かった。ちょっと授業聞いてたからな」


 真っ先に口を開いたのは絶賛俺の足を突いている美結。


 続いて紡ぐ匠海に目を向けた俺は、最後に1番のバカに顔を向けた。


「瑞月は?」

「あー……んー……祐希くんの説明があって、ちょっとは理解した……かな?」

「おっけ。一緒にやろうか」

「ご、ごめんね?」

「いやいいよ。俺の復習にもなるし」

「優しい……!」


 両手を組み、目を輝かせる美結は肩をくっつけたまま、筆箱と自分のワークをこちらに引き寄せる。


 ……そんな中、足を突く美結のことを流し目で見やれば、なにも気にしてませんよと言いたげに頬杖をついてワークを解いている。


(……カマチョかよ……)


 なんてことを頭の片隅で考えながら、美結のワークに視線を落とした俺は――


「んっ…………っと、ごめん。つばが変な所に入りそうだった……」

「大丈夫か?背中擦ろうか?」

「んーん、大丈夫。ありがとね」


 対面の席で2人が話し込む中、俺は靴を脱いだ足で美結の足の裏をこしょばしていた。


 うまく誤魔化したようだが、状況を知っている俺からすれば面白くて仕方がない。


「……なんで祐希くん笑ってるの……?」

「ん?瑞月が手を繋いでこようとしてるからそれが面白くてさ」

「ちょ、ゆ、祐希くん!?それは言わないお約束でしょ!?」

「約束なんてしてませんー」


 含み笑いを披露する俺に、瑞月はシャーペンを持とうとしていた右手でポコポコと叩いてくる。


「そんな意地悪するなら繋ぎませんけどー?」

「俺は別にいいけど、瑞月はそれでいいの?」

「…………やだ」

「可愛いやつだな」

「……うるさいっ」


 やおらに離れていくその手をしっかりと握った俺の脇に瑞月は殴りを入れ――美結は俺の足を両足で挟んできた。


 チラッと横目にそちらを見やればジュースを飲みながらジト目を向けてくる美結の姿。


(嫉妬でもしてんのか……?)


 なんて疑問が脳裏に過るが、隣の少女に腕を引っ張られたことによってその思考は止まった。


「……指に力を入れるのもいいけど、勉強も教えて……」

「あ、ごめん。無意識に……」

「別にいいよ……?嬉しいし……」

「そうか?ならお言葉に甘えさせてもらって」


 一瞬緩めた手に力を宿す。

 ……さすれば当然のように俺の足を挟んだ美結の力も強くなる。


「美結も分からなかったら俺に頼っていいんだぞ?」

「うん。ありがとね」


 2人の揺れる肩を見るに手を繋いでいるのだろう。


 スイッと顔を逸らす匠海に反し、ワークに視線を落とした美結は――不意に足の裏を合わせてきた。


「祐希。分からないところあったら聞いてもいい?」

「好きなだけどうぞ。こっちが暇じゃなければ」

「……まぁ、うん。頑張って」

「え?私今2人からバカにされた?」


 チラッと横目に見やる少女が目を見開きながら紡ぐ。


 そんな中でも、拒絶しない俺は美結の足の裏に体重を預けた。

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