平等な社会の実現と権利の獲得

 街中のモニターに、突如「臨時ニュース」と銘打って、西の代表が顔を出した。

「皆さん、わたくしの以前の言葉によって、皆様が心を悩ませていらっしゃることは、耳に届いております。」

 いつも通りの落ち着き払った声が往来に響き渡る。

「わたくしの軽率な発言から、知性の有無や人権の有無について、皆様を大変ご不安にさせてしまいましたことを、深謝申し上げます。」 

「もう一度申し上げます。」

 この言葉に続いて、パドゥナが代表の後ろから出てくる。代表が彼の背中に手をやると、それに促されるようにしてパドゥナが前に進み出た。背中に手を置いたまま、西の代表は話を続けた。

「わたくしの養子同然の家族、パドゥナとも話し合いました(ここで西の代表はパドゥナに視線を送った)。以前の発言、『知性とは人権である』という言葉は、『知性なきものは人間にあらず』というような意味ではまったくございません。わたくしとパドゥナは、アンドロイドたちが目覚め、自律的思考を得たことを祝福してその言葉を発したつもりでございました。」

「誠に本意なきことではございますが、その意味が伝わらず大きな混乱を招きました。したがって、わたくしは只今その混乱を解消する策を立てておるところです。皆様にはどうか今暫しのご辛抱をお願い申し上げます。」


 やがて…

 東の代表が、彼の軍隊を拡充することについては批判が殺到した。一方、西の方はというと、各国で大々的にこのような募集がなされた。すなわち−

「初のアンドロイド混成軍結成 歓迎の言葉に兵士涙」


 とある新聞社が書き立てた記事は、でかでかとしたグラフィックが一面を覆うものだった。いかにも頼もしげな、屈強なベテラン兵士が、入ったばかりで緊張と誇らしさに顔を赤く染めている新兵の肩を抱いている。その新兵とは、新品の軍服に身を包んだ、アンドロイドなのだった。

 こうした記事が続々と書かれるようになった。それだけでなく、読者の反響も大きかった。その大部分は、もう人間が兵士にならなくても良くなるかもしれないという期待に染まった声だった。「拳銃からの解放」と題された、大勢の人間が銃を空中に手放している風刺画が流行した。

 続いて、「排斥されたものたち」が初めて、その陰鬱で疑わしい眼差しを晴れがましいものに変えた。

「働き口がある」

「しかも、俺たちにしかできないことなんだ。人工知能とやらには、できないことなんだ!」

 彼らは諸手を挙げて、軍需工場へ入っていった。そのことについての記事も書かれた−住み込みの仕事だが、そこでの待遇は良く、人並みの扱いをされ、きちんとした食事と清潔なベッドが与えられるという。


 これに呼応するようにして、これまで息を潜めていた者たちが再び活発に動き始めた。それは、少数派団体や中小企業たちだった。彼らは「アンドロイドに人権を!」とか、「うちではアンドロイドと人間が仲良く働いています」といった文言をこぞって掲げるようになった。いつしか、「アンドロイドの権利認定委員会」という民間団体が、企業や個人に対して認定マークを付けて回るようになっていった。しかし、しばしば認定基準は不透明で、規定の金額さえ払えばマークの取得を許す企業もザラにあった。それは裏を返せば、どんなに善良な団体だったとしても、資金がなければ認定委員会に見向きなどされなかった、という意味である。

 あるいは、以前のアンドロイドとの性愛事情を受けて、「アンドロイドの性をまもる会」というものも現れた。黎明期の頃に設立された団体は、純粋かつ真摯にアンドロイドの性的搾取、つまり彼らが断らないからという理由で性的なコンテンツに出演させるような企業の運営に対して抵抗する団体だった。

 しかし、それを見ていた連中が類似のサービスを看板に掲げるようになり、彼らの採った方法はより苛烈な上に的外れだった。例えば、とある映画にアンドロイドが出ていなかっただけで、「アンドロイドが平等に扱われていない」と騒いだ。したがって、 一部の映画会社は急遽アンドロイド俳優を雇い、あるいは「この作品には人間の俳優のみ起用しておりますが、アンドロイドを差別する意図はございません」というテロップを入れたりした。急にシナリオを変更したため、元の脚本の良さが失われることもあった。

 このような団体の前身は、フェミニスト集団を自称している団体だった。しかし、その当時も単に女性が出演していないというだけで「女性に平等の機会が与えられていない」と主張していた。そこで、メディア業界は本来女性が無理に入らなくても良い場所にも最低一人は女性を起用することになったが、それが付け焼き刃的対処なのは明らかだった。というのは、その頃はまだ女性タレントはトークの訓練も受けておらず、「いれば良い」というだけの立ち位置だったからだ。業界では「画面に華を添える」とフォローしていたが、彼女たちには実際にほとんど仕事は振られなかった。

 そのため、その事情を知っている男性の俳優からは、「いるだけでギャラをもらっていやがる」と鼻つまみものにされていた。

 もちろん、女性タレントたちも自分たちがTV向きでないことは分かっていた。したがって、両性ともにそのような状況を望んでいたわけではなかった。ただ「フェミニスト」を名乗る人間だけが、女性のマスメディア露出が増えたと言って満足していた。すなわち、かつて自分達が主張したことで、かえって女性に対する評価を下げさせていることに気づかないのだった。

 一方、視聴者の側も悪い知恵をつけた。というのは、お気に入りの女性タレントがいて、しかし彼女があまり売れていなければ、「今は女性が社会進出する時代ですよね?こんな扱いでは彼女が可哀想、あまりに前時代的すぎる」と言いさえすれば、当該タレントに仕事が回ってくると知ってしまった。

 才能ある女性たちが実際にタレントとして起用されたり、タレントとしての訓練を受けた女性たちが起用されることになったのはその後のことだが、その歴史を知らない世代も今ではたくさんいる。つまり、現代にようやく本来通りの意味で女性の進出がなされるようになってきたが、その文脈と過去の文脈は似ているようで全く性質が異なるということを知らないのだ。


 アンドロイド俳優の起用については、この一連の流れをそのまま移植してきたと言って差し支えない。アンドロイドたち自身はそう思っていないのに、彼女たちはわざわざ火のないところに煙を起こした上で「それは問題提起だ」と言ってのけた。それだけではなく、本来人間だけで成り立っており、それで視聴者も満足していたところに無理にアンドロイドを進出させた。

 アンドロイドが人間と違う点があるとすれば、彼らには多彩なトークや芸能のスキルを即席でインストールできるために、かつての女性タレントとは違う軌跡を歩んだことだが、やはり「無駄なものを加えた」ことに反発する人々もいた。しかし彼らのことは「アンドロイド進出に協力的でない」となじり、アンドロイドではなく彼らの我を通すことに必死になった。

 結果としてアンドロイドの社会的評価をかえって下げていった。


 もちろん、こうした動きに対抗しようという民間人は多かった−もし彼らの声を聞くことがあれば、彼らはこのように話しただろう。

「俺たちはそんな権利委員会なんて認めてない。俺たちは彼らから買わないし、コマーシャルも見ない。子供に与えないし、聞かせたりもしない。徹底的に排除するべく努力しているんだ」。

 ところが、そのように彼らがどれほど努力をしようともまるで無意味だった。というのは、その組織が悪質だったからではない。その組織・団体たちは、もうすでに社会の中に、血液や血管そのもののように入り込んでいたからである。そして、文句を唱える人々を文字通り食べさせていた。

 あるいは、抵抗の旗を翻す彼らをまとめ上げ、バックアップしている「有志の方々」の多くが、実際には認定マーク付きの組織とコネクションがある、ということもまた、珍しいことではなかった。

 なぜそういうことをするのか?答えは明白で、そのように騒ぐ連中を騒がせている方が、カネになったからである。

 したがって、もし不買運動をせっせと続けている人間たちが、彼らの本懐を遂げてあらゆる組織を一掃できたとしたら、彼らに次にやってくるのは彼らが待ち望んだ「真理への到達」だとか「虐げられたものに光が当たる」だとか、「富の再分配」などではなく、貧困と医療の不足と飢えだっただろう。彼らは、自らが安全であるうちは「そのようになってもいい、俺たちは相打ちする構えだ」と勇ましいことを言うが、実際に困窮した時にはその口で責める。

 つまるところ、責める側も責められる側も、的外れなことに終始していた。


 だが、オッターやヴィッキーたちはすぐに気がついたことだろう。こうした賛同的な記事を書いている新聞社たちは、西の代表とだということを。

 パドゥナにもまたすぐ気がついたことだった。かつて「父親」のことを純粋に崇拝し、自分への祝福を素直に信じられていた頃とは、まったく質の違う眼差しを彼に向けねばならないことを。

「サイベリウス社だ、」パドゥナは膝を打って立ち上がった。

 その頃には昼夜を問わず人間やアンドロイドたちが押し寄せるようになっていたガラスの城へ、乗り込む決心をしたのである。

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