時を超える旅

@iwayama7

第1話

朝のオフィスビルのエレベーターに乗り込みながら、自分の人生がこのエレベーターのように決められたレールの上を行き来しているだけなのではないかと考えていた。

上昇と下降を繰り返すだけで、結局は同じ場所に戻ってくる。

そんな徒労感が、最近の亮の心を支配していた。


オフィスに入り、高層階の窓から街を見下ろす。


かつては明確だった道筋。


有名大学を出て、一流企業に就職し、着実にキャリアを積み上げていく。

そうすれば、いつかは誰もが羨むような地位と、それに見合った収入を手に入れられるはずだった。


少なくとも学生の頃、入社したての頃はそう信じていた。


そして35歳。確かに、表面上は順調だった。

一流と呼ばれる企業で、それなりの地位についている。給料も悪くはない。
周りから見れば「エリートコース」を進んでいるように見られるかもしれない。


窓に映る自分の姿を見つめる。

スーツもヘアスタイルもきっちりと整っているはずなのに、どこか影が薄いような気がしてならない。それは外見ではなく、内面の迷いと虚しさなのだと、亮にはわかっていた。


「おはよう」


同僚たちとの朝の挨拶。

言葉を交わしながらも、亮の心の中では別の会話が続いていた。


「このまま歳を重ねていって、何が残るのだろう」

「とはいえ、どうすればいいのか・・・」


そんな問いかけが、頭の中でこだまする。


会議室に向かう途中、上司と鉢合わせた時の会話。


「木村君、例の企画の進捗はどうだ?」

「はい、今日中にはファーストプランを固めてご報告します」


口調は自信に満ちていたが、心の中では不安が渦巻いていた。

以前なら、上司を唸らせてやろうと熱くなっていただろう。


しかし今は、とりあえず評価を損ねないような無難な形にまとめようとしている。

自分は本当に価値ある仕事をしているのだろうか。

それとも、ただ数字を取り繕って、給料を得ているだけなのか。


昼休み、後輩が声をかけてくる。

「木村さん、次のプロジェクト、どう攻めていきますか?」


熱心な後輩の眼差しに、亮は複雑な感情を抱いた。


かつての自分を見ているようで、懐かしさと同時に、言いようのない寂しさが込み上げてきた。このひたむきさは、いつまで続くのだろう。いつか自分のように疑問を持ち始める日が来るのだろうか。そう考えると、妙に切なくなった。


「そうだな…まずはここの詳しいリサーチからだな」


そう答えながらも、心の中では別の言葉が渦巻いていた。


「その先に一体何があるのか」

「この仕事を続けたところで、自分の人生がどうなるのか…」


答えの出ない問いが、亮を重い気分にさせていた。


定時を過ぎ、締め切りに追われながら企画書を仕上げていく。画面に並ぶ言葉や数字たちが、どこか空虚に思えてくる。一つ一つの文字を打ち込みながら、亮は考えていた。これらの言葉や数字が、本当に誰かの人生を豊かにするのだろうか。それとも、ただの数字を増やすゲームに過ぎないのか。


そんなことを思いながら、ようやく仕事を一段落させ、最後のメールチェックをしていると、差出人不明のメールが目に留まる。普段なら即座に削除するところだが、その時は何か違った。心の奥底で、変化を求める気持ちが膨らんでいたのかもしれない。


「人生を変える秘密」


その件名に、思わず苦笑した。

自分の苦悩を誰かに見透かされているのか?


理性では「つまらないスパムか」と思いながらも、亮の指が、削除ボタンの上で躊躇う。普段の自分なら即座に消すところだが、感情の方はかすかな期待感に動かされ、メールを開く。


本文の短い文章と一つのURL。


ーこの音声が、あなたの人生を変えるかもしれません



「どうせ何かのセールスだろう」

そう思いながらも、今の自分には、どんな小さな可能性でも見逃したくないという気持ちも渦巻く。


さすがに音声は会社のPCでは開けない。

なにか後ろめたさを感じつつ、スマホにURLを転送する。


駅に向かう道すがら、亮の頭の中はその謎のメールのことでいっぱいだった。

電車の中でスマホを取り出しかけたが、イヤホンを忘れたことに気づいて断念する。

その間も、心の中では期待と不安が入り混じっていた。


「こんなことに一喜一憂する自分も、情けない」


そう自嘲しながらも、胸の奥には小さな希望が芽生えていた。何かが変わるかもしれない。そんな予感が、久しぶりに亮の心を躍らせていた。


自宅のドアを開け、ソファに座り、深く息をつく。

スマホの画面に映るURLを見つめながら、彼は迷っていた。


クリックしたところで、そこに何か特別なものがあるわけではないかもしれない。

でも、ひょっとすると、何かのきっかけになるヒントがあるかもしれない。


少なくとも、今の人生に満足していないことも事実だった。このまま、疑問を抱えたまま日々を過ごし続けることへの恐れの方が、結局は大きかった。


しばらくそんな思いを巡らせた後、ふと我に返り、ゆっくりとURLをクリックする。


低く落ち着いた、包み込むような声が、スピーカーから流れ出した。


その瞬間、亮の体に小さな震えが走った。


なんだこれは…


言いようのない不思議な感覚と遠くから差し込む一筋の光のような期待感に包まれ、スピーカーから流れるその声に聴き入っていった。

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