スペース転売ヤー記

22世紀のスキッツォイド・マン

一話完結


航海日誌Vol1138

転売の何が悪いか分からない。

俺達は値上がりしそうな商品を見つけて船で運んで、困ってる人にそれなりの値段で売りつける。

資本主義というシステムが出来る前から、この職業は存在するし、皆は商人と呼んでた筈だろ。

なんで物を売り買いするだけで転売ヤーなんて呼ばれ方されないといけないんだ。

そもそも、この世界には2種類の転売ヤーが居るのもズブの素人は分かってない。

俺達みたいな善のバイヤーはピースメイン。

事故や事件を人為的に起こして価格を吊り上げるような悪の転売ヤーをモーガニアと呼ぶんだ。

奴らにはそれをわかってほしいんだが……、んな理屈はどうでもいいみたいで蛇蝎の如く嫌われるのが俺達だ。

宙賊共の海域を必死の思いで航行し、装備の貧弱な護衛船でモーガニアとドンパチしてやっとの思いで辿り着いた商売地で、俺は蛆を見るような目で見られるんだ。

稼ぎも労苦の割に少なくて、出費は嵩む。

こんな仕事に旨味なんて無いし、別の仕事を探したいが……、学もなく、帝国アハト刑に処せられてる俺に選べる仕事なんて無く。

全て逃げ出して、モーガニアになりたいけど、そんな度胸もなく。

なんて人生なんだろうな……。


俺の航海日誌は毎回「なんて人生なんだろうな……」

このお決まりの文句で終わる。

まあ言ってしまえば句点みたいなもんだ。


天下に名高い悪法、帝国アハト刑。

俺のオヤジがしょうもない盗みを働いてから、オヤジとその三等親以内の人間にそれが科された。

卑劣な犯罪者と三等親以内の人間は、帝国から存在を抹消され、領外に追放される。

アハト刑は、どうやらお上の歴史趣味がこうじて復活させられた何千年前に実際にあった法律らしい。

どれもこれも皇帝と親父が悪いんだが、皇帝に手出しは出来ないし、親父は已におっ死んでる。

縁あって育ての親から受け継いだボロの商船で、刑者達が住む帝国領外で転売ヤーなんかやってる訳だ。

かなりガタが来てる護衛船1隻と品質には問題ない輸送船5隻。

これが俺の全財産だ。


船が目標の星に着陸する。

金持ちの船は楽したいが為に自動操縦に切り替えるんだろうが、貧者達は違う。

鍛えた操縦テクで限界までホバリングを遅らせて、燃料代を節約する。

年に一人くらい、知り合いがホバリング間に合わず地面とキスし荼毘に付すが、命より金だ。

誰もそいつを笑わないし、笑えない。

金が無いからな。


一面砂漠の荒野、荒野、荒野。

決してシラフでは訪れないような、なんの面白みも無いこの星に、燃料になる資源が眠っている事は最近確認された。


資源を求めてモーガニア達が猟でもするかのように少数の先住民を追いやり、残ったのは極わずか。

モーガニアの色がかかった在地領主と、奴隷、それから何が楽しいのか頑強に抵抗を続ける先住民。

ただでさえ行きたくない荒野なのに、一方的な収奪とゲリラ戦という内紛。

更に行く理由が無くなっただろ。

ただ俺は、前からここに資源があるって分かってたんだ。

モーガニアに負けるかって意地になって希少資源の転売を続ける予定だ。


護衛船のハッチを開けて、外の様子を見る。

砂煙は喉や肺を傷付け、強い日差しが俺の命をジワジワと奪っていくだろう。

せっかく前に買った防護服は空調機能が壊れて使い物にならない。

昔ながらの方法に頼ろう。

スカーフで皮膚を隠し防塵マスクを付けて俺は目的地へ足を進めた。

前に、護衛船で直接向かったら取引相手の爺さんに白い目で見られた。

お前らが涼しい顔をしてあぶく銭を得てるのが許せないだと。

そっから少し離れた場所に船を停めて、少し歩いてここの地獄みてえな気候を堪能させて貰ってる。

爺さん曰く、汗をかいてからが一人前だとよ。


「おい、来たぞ」

「お前か。

ちゃんと汗をかいてきたな。労苦には労苦で応えよう」

俺の眼前の乾物みたいな爺さんはマジャパヒト。

この土地に住んでた先住民だが、"餌代"がかかるという名目で部族から放逐された。

まあゲリラ戦を展開してるんだ老人一人の面倒を見る余裕も無い。

こんな事は世の常だろう。

「いつものように食料でいいか?そろそろ備蓄も切れるだろ」

「そろそろワシも死ぬ。

食糧だ、水だ、そんなより欲しいものがある」

「何が欲しい、マジャパヒト」

「人は安定より一時の快楽を選ぶ。

それが臨終前なら尚更だ。嗜好品をくれ。

転売ヤーなら何かあるだろう」

「煙草一銘柄しか無い、しかも俺のだ」

「しけてるな。それをくれ」

乾いた爺は俺の手から煙草を奪い取り、最期の晩餐を味わう。

長旅でとうに飽きた味だったが、なんだがとても美味そうに見えた。


水分の無い爺に少しの食糧を分け与え、希少資源の位置を教えてもらう。

永劫の別れともなると、こんな爺さんとのでも哀しくなる事に俺は気付いた。

採掘機と輸送船を繋げて終わりを待つ。


「さよならだな。ちゃんと潔く死ねよ」

「ワシのように善行を積め。転売ヤーでも偉大なる死を経験出来るぞ」

「こんな洞窟で何が偉大なる死だ。じゃあな」

今度来たらマジャパヒトの墓でも作ってやろう。

マジャパヒト、偉大なる死を迎える。

墓標にはこう刻んでやるか。


砂の惑星から去って、安全に航行する我が船。

さて、これを何処にどう売りつけるか。

情報を得るために、転売ヤーが集う酒場へ進路を取る。

まあ特殊な燃料なんて売る相手が決まってるようなもんだが、顔を見せておかないとこの世界でやっていけないしな。


いつも飲んでる店に行くと、グリードが居た。

顔を赤くして、相当酔ってるから何かあったのだろう。

奴の話に耳を傾ける事にした。

「久々だな。

聞いたか?この辺のモーガニアの野郎共が"要塞"のコアを攻撃して、人工地震を起こし要塞の住民に物資を売りつけてるんだとよ。

全く許せねえよな。俺達みたいなのとは違うってのに、モーガニアは糞だよ」

「全くだ。」

とりあえずで奴に相槌をするが、俺達は傍観者に過ぎない。

戦力を持つモーガニアには勝てないし、俺達はその腐肉を漁るハイエナと同じだ。

俺達はモーガニアのせいで嫌われている。

だが、それを言い訳に使っているだけで、傍観者でしか無い俺達は傍観者であるからこそ侮蔑の対象なんじゃないか。

少なくとも俺は、善行を積みたい。

「聞きたいんだが……」

「何だ?」

グリードは酔った目で俺を見る。

「そのモーガニアの戦力は」

「護衛艦5機だな、相当上等な奴だ。

何でそんな事聞く?」

「分かった。ありがとう」

俺はグリードにしばしの別れを告げて、酒場を出た。


"要塞"は帝国から見て辺境にある廃棄された軍事施設だ。

先々代の皇帝がソープオペラへの憧憬を形にしたもので、武装は解除されてるが、居住空間としては一流であり、アハト刑民が住んでいる。

俺は奴らが来るのを要塞の馬出で待った。

来た。奴らだ。

グリードの言葉の通り、護衛艦5機。

撃ちもらせば意味は無いし、全て撃滅した所で友人達に危害が及ぶ。

それでも、奴らの劫略を見過ごせない。

俺は、スイッチを押して、輸送船を誘導弾式に切り替える。

爺さんから貰った希少資源の詰まった船は核ミサイル程の撃滅力を持った兵器へと変わった。

高そうな護衛艦も意味無く撃沈していく。

奴等にはお似合いの末路だ。

俺はしょぼい護衛船で奴らの売ろうとしていた生活物資を掠め取った。


要塞は相当の被害を受けたのだろう。

住宅は壊滅し、まだ煙を上げてる施設もある。

「落ち着け、落ち着け。ちゃんと人数分有るらしいぞ。

ただ、俺も商売だ。相場の四分の一でいいから金をくれ」

「おじさんは何してる人なの?」

まだ世間を分かってない無垢なガキが聞いてきたから俺は答える。

「俺は転売ヤーだよ」

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