23.夕食

「ウチはこれを切る」


 籠から手に取ったのは玉ねぎだった。切りにくい野菜だけど、大丈夫かな?


「これ、はじめにどうしたらいい?」

「人によってやり方は色々あるわ。先に皮を剥く人や頭とおしりを切ってから皮を剥く人もいるわよ」

「私は切ってから皮を剥くかな」

「よし。じゃあ、私も切ってから皮を剥く」


 まな板の上に玉ねぎを置いて、包丁を握る。


「玉ねぎってどう持てばいい?」

「とにかく包丁を入れて転がらなければいいと思うわ」

「猫の手って使う?」

「やりやすい方でいいと思うわ」

「そっか……よし!」


 佐々原さんは玉ねぎを片手で抑えると、まず頭の方に包丁を向けた。


「き、切るよっ」

「手が震えていて怖いよ! 佐々原さん、落ち着いて!」

「真っすぐ切るのよ。それだけでいいんだから」

「う、うんっ」


 突然手が震え出して驚いた。その様子だと玉ねぎのいらない部分を切り落とすだけの作業に見えない。二人で佐々原さんを応援すると、佐々原さんの体にまた余計な力が入る。


 玉ねぎにグッと包丁を押し付けると、腕に力を入れていく。ググッと包丁の刃が玉ねぎに沈んでいくが、中々進まない。


「玉ねぎってこんなに固い?」

「ちょっと固いけど、そこまで力は必要ないわ」

「リラックスして切れば大丈夫だよ」

「そ、そうか……ならっ」


 佐々原さんが体重を包丁に乗せて力を入れると、玉ねぎの頭がスパっと切られた。


「うわっ!? き、切れた……」

「その調子だよ。もう片方も切っちゃおう」

「もう少し力を緩めても大丈夫よ」

「う、うん……分かった」


 うぅ、見ていて不安になるよ。怪我しないといいんだけど……。


 今度は玉ねぎのお尻の方に包丁を置くと、グッと力を入れて玉ねぎを切ろうとする。だけど中々切れなくて、体重をかけて玉ねぎを切ろうとした。すると、スッと包丁が動いて、ダンッという音と共におしりの部分をぶつ切りにする。


「き、切れた……」

「見ていて怖いよー。手、怪我してない?」

「想像以上に不器用なのね。お菓子をあんなに綺麗に作れるのに、どうして料理はダメなのかしら?」

「そんな冷静に分析しなくても……」

「あはは。心配かけてゴメン」


 なんとかいらない部分を切れたけど、今度は玉ねぎを輪切りに切らないといけない。それを佐々原さんにやらせるのは不安だなぁ。でも、本人はやる気だから止めさせることができない。


「皮ってどこまで剝けばいい?」

「薄い茶色い皮がなくなるまでだよ」

「白い部分は実だから、そこは剥かないでね」

「了解! 二人がいれば楽勝だね!」


 皮を剥くぐらいなら危険もないから大丈夫そうだ。佐々原さんは玉ねぎを手に持つと、一枚ずつ皮を剥き始めた。綺麗に薄い茶色の皮が剥けていくと、白い実が現れる。


「これで大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

「後はこれを輪切りにするだけね」

「輪切りか……さっきよりは難しそう。それに、切る玉ねぎがもう一個あるし」

「慎重に切っていけば大丈夫だよ。怪我をしないように気を付けて」

「力加減も分かってきただろうし、ちゃんとできるわね」

「うーん……」


 私たちの言葉に佐々原さんが渋い顔をする。これは自信がない顔だ。あぁ、心配だ。ちゃんと切ることができるんだろうか?


「とりあえず、その玉ねぎを四等分にすることね」

「四等分……これを四つに切るとか難しくない?」

「まずは半分に切って、切ったものをさらに半分にすると四等分になるよ」

「あー、なるほど。そんな風に切るのか。でも、もう一つ不安な事が……」

「ど、どうしたの?」


 不安な事ってなんだろう? 聞いてみると、佐々原さんは真剣な顔つきになった。


「玉ねぎを切る時って涙出るよね。涙出て来て切れなくなったらどうしよう」


 あー、そういうことか。確かに、涙が出てくるけれど、これくらいの玉ねぎなら平気なんじゃないかな?


「不安なら鼻を塞ぐっていう手があるけれど」

「どうして鼻?」

「玉ねぎには催涙成分が入ってて、それが気化して目や鼻を刺激するから涙が出てくるの。目を防ぐにはゴーグルしかないけれど、鼻なら摘まむだけで簡単に処置ができるのよ」

「じゃあ、鼻を摘まんでもらえればいいんだ。じゃあ、どっちか私の鼻を摘まんでよ」

「水島さんが良いと思うわ」

「えっ、私っ!?」


 そ、そんな! 佐々原さんの鼻を摘まむなんて……それって佐々原さんに触るってことだよね! そんなこと……そんなことっ!


「やります、やらせてください!」

「す、凄いやる気だね」

「その気よ、水島さん。尊い百合の瞬間を作るのよ」


 泉さんの希望に応えられるか分からないけれど、佐々原さんは私が守る!


「じゃあ、切るからお願い」

「は、はいっ! 失礼しますっ!」

「なんで、そんなに畏まっているの?」


 鼻を摘まむなんて、普通じゃありえない行動だ。心臓がドキドキするが、深呼吸をして落ち着かせる。恐る恐る手を佐々原さんの顔の前に移動させると、鼻を摘まんだ。


 固いような柔らかいような感触が指先から伝わってくる。こ、これが佐々原さんの鼻の感触! わ、私が佐々原さんに触れられるなんて……なんていい日だ!


「ハァハァッ!」

「な、なんで水島さんの息が上がってるの!?」

「鼻を摘まむなんて貴重な体験をしたから!」

「別に興奮するようなことじゃなくない!? 泉さんからもなんか言ってあげてー!」


 困った顔をした佐々原さんが泉さんに助けを求めた。だけど、泉さんは難しい顔をしてこちらを見ている。


「なんか、百合っぽくないわね。なぜかしら?」

「まーた、百合の事を考えているよ! そんな事よりも水島さんを静めてあげて!」

「……はっ! 照れが足りないのよ、きっと!」

「泉さんも戻ってきてー!」



 いただきまーす、とみんなで声を揃えた。


「カレー上手にできたと思う。感想を聞かせてくれ」

「超美味しいと思うよ!」

「美味しくない訳がないでしょ!」

「食べて、食べて」


 カレーチームからそんな事を言われて、私たちは皿に盛られたカレーをスプーンですくって食べた。


「うん、美味しいよ!」

「上手にできたね」

「美味しいわ」

「「やったー!」」

「「良かったー」」


 美味しいと感想を言うと、四人は嬉しそうにハイタッチしていた。


「人参の皮むきが一番大変だったよな」

「ピーラーが無かったからねー」

「どれくらい炒めてから水入れたらいいのかも分からなかったんだよね」

「その辺は適当になったね」


 どうやら、一緒に調理をしたことで四人は無事に仲良くなれたみたいだ。和気藹々と話す姿を見ると、嬉しい気持ちになった。


「そっちも賑やかに作ってたけど、なんか面白い事があった?」

「佐々原さんの包丁の使い方が危なっかしくて、すっごくハラハラしたよ」

「もう! ウチ、そんなに危なっかしかった?」

「見ていて止めようと思うくらいにはね」

「えー、そうなのー?」


 とにかく包丁を持つ手元が危なっかしかった。それなら自分でやったほうが早かったけど、これは宿泊研修。できないからと除け者にはできない。


「綺麗に切られたバーベキュー串にどんなドラマがあったんだろう……」

「バーベキュー串にドラマができるとか、どんだけー!」

「こっちはこっちで大変だったから、そっちまで見る暇なかったなー」

「どっちにもドラマがあったということで」


 私たちは自分たちのことでいっぱいいっぱいだったから、四人がどんな感じだったか知らない。でも、この様子だと楽しく調理ができたみたいで本当に良かった。


 私も少しは佐々原さんと仲良くなれたかな?

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