20.到着!
「着いたー!」
「お腹空いたー」
「もう疲れたよー」
バスから降りると、他のクラスメイトはそんな言葉を零した。周囲を見渡すと、自然に囲まれた場所に大きな建物が建っている。ここが宿泊研修の場所だ。
「結構いい所じゃん」
「でも、自然以外に何もないよー。暇そう」
一条と清水が周囲を見ながらそんな事を言って近寄ってきた。
「水島はバスの中で楽しそうだったな。泉さんと仲良くなれたのか?」
「うん。色々と話をしたら盛り上がっちゃって」
「そうなんだー。私も何か話すきっかけがあったらいいのになー」
「泉さんなら、なんでも話をしてくれると思うから話してみたら?」
「えー、だったらきっかけ作ってよー」
泉さんと話すきっかけかー。百合の話題を出せば一発なんだけど、その話を出すと時々意識飛ばしちゃうからなー。もっと、違う話題で盛り上がれそうな話題って……。
はっ、私……泉さんのこと、全然分かってない! まだ、付き合いだして日が経ってないのもあるけれど、泉さんのこと百合しか分かっていない。
一応、私たちも友達になるよね。その友達が友達の事を良く分かっていないのは不味いんじゃ。これから佐々原さんの事で協力して貰うんだし、泉さんとも仲良くなりたい。
「移動して、昼食食べるよー」
考えていたら宮永先生の声が聞こえた。その声にバスから降りたクラスメイト達がぞろぞろと建物の中に入っていく。それを見て、泉さんも荷物を持って移動を始めた。私たちはその泉さんの隣に来た。
「まず、どこから行くんだろうね。泉さん、知ってる?」
「まずは部屋に行くんじゃない? 荷物があったままだったら、何もできないし」
「確か部屋は二段ベッドが四つあるんだったっけ」
「じゃあ、どこで寝るか決めないとね」
自然な形で泉さんを会話の中に引き込めた。佐々原さんは他の友達二人に挟まれて困っているような表情をしている。どうやら、また幼馴染の二人同士喧嘩を始めたみたいだ。
「絶対、あんたのいびきが煩い」
「私はいびきなんてかきませーん。沼田は寝相が悪そうだから、ベッドから落ちそうだね」
「私はそんなことしない」
「もう、二人ともー! はい、喧嘩はしない! ちゃんと移動する!」
言い争いになっている二人を宥めて、佐々原さんが二人の背を押して進む。なんだか大変そうだな……。はっ、こういう時に間に入ったほうが佐々原さんと仲良くなるチャンスじゃない?
でも、二人のことは良く知らないし……入って余計に悪くなったら申し訳ないな。でも、困っている佐々原さんをそのままにはできない。
「佐々原さんたちはどこのベッドで寝るか決めてある?」
「ウチは下がいいかなって思っているよ。二人は?」
「私は上がいい」
「私も上がいいな。何よ、真似しないでよね」
「真似しているのはそっち」
「ま、まぁまぁ。そっか、三人はもう決まっているんだね」
「水島さんたちは決めた?」
そんな事を言いながら建物の中に入り、持ってきた上靴に履き替える。それから宮永先生の先導で建物内を歩いていくと、ずらっと扉が並んでいる廊下に出てきた。
「部屋番号は覚えているわね。その番号の部屋に入って、荷物を置いたら食堂に集合よ。食堂は看板を見ればどこにあるか分かるから、早く食堂に集まってね」
宮永先生の言葉を聞いてから動き出した。私たちの部屋番号は二百二番。一つずつ部屋の番号を確認していくと、ようやく自分たちの部屋が見つかった。
「おじゃましまーす」
一言添えて部屋に入ると、部屋の両脇に二段ベッドが置かれた内装が見えた。部屋にはベッドしかなく、テーブルもイスも何もない。
「ベッドしかないじゃん」
「なんか刑務所みたーい」
「ふふっ、あながち間違いではないよね。私たちは宿泊研修という名の刑務につかされているというか」
「水島さんって時々面白い事言うのね」
「そういうところがあるから仲良くなったんだもんな」
「大人しそうに見えて、実は……っていうところがあるから」
えっ、私ってそんなに面白い事言った? そんなつもりはないんだけど……。
「私のベッドは上のここね」
「じゃあ、私はここ」
すると、町村さんと沼田さんが自分のベッドに荷物を置いた。私たちも置かないと。で、できれば佐々原さんと近くがいいんだけど……。
「私も上にする!」
「じゃあ、私もー」
すると、一条と清水が上のベッドに荷物を置いた。ということは……。
「じゃあ、私たちは下の段だね」
「よ、よろ、よろしくっ」
「この三人が下になるなんて奇遇ね」
やったー、佐々原さんと同じ下の段だ。これだったら顔を見合わせることができるし、距離も近いんじゃない? 寝顔なんて見れちゃったりしたら、どうしよう。
佐々原さんが奥の下の段に荷物を置くと、私はその向かいにあるベッドに荷物を置く。そして、泉さんは私の隣に荷物を置いた。これで、寝る場所が決まった。
「それじゃあ、宮永先生も待っていることだし、急いでいきましょう」
「まずは昼ごはんからだったよな?」
「もう十二時だし、食堂に集まれって言う事はそういうことなんじゃない?」
泉さんが扉の前に立つと、一条と清水と私がそれに続く。遅れないように佐々原さんたちもやってきた。
「昼ご飯はなんだろう」
「あんまり期待できない」
「美味しいものだったらなんでもいいよ」
そう言いながら、私たちは部屋を後にした。
◇
「クラスごとに座ってねー」
食堂に着くと、すぐ言葉をかけられた。えーっと、私たちのクラスは……あったあそこだ。
沢山の机とイスが並んでいる食堂。その中で空いている席に座ると、すでに目の前にはお弁当とお茶のペットボトルが用意されていた。どうやら、これが私たちの昼食らしい。
しばらく待っていると、先生たちの話が始まった。
「えー、これから昼食を食べると体育館に移動します。集まった後は、レクリエーションを始めます。体育館だけでは狭いので、外にあるグラウンドでもレクリエーションを行います。レクリエーションは……」
しおりにも書いてあったが、昼食を食べた後は班ごとにレクリエーションをするらしい。何をするかは自由で、交流を深められるものだったらなんでもいいみたいだ。
そのレクリエーションが終わったら、夕食の準備だ。なんと夕食は外でカレーを作りながらバーベキューをするらしい。高校生がカレーだけで満足しないから、きっとこのメニューになったんだろう。
みんなで調理することで交流を深めるのが目的っぽい。料理は苦手だから不安だけど、お菓子作りが得意な佐々原さんがいれば問題ないよね。きっと料理も上手なんだろうなぁ。
「じゃあ、食べてください」
はっ、いけない。話を聞いていなかった。すると、周りから挨拶をする声が聞こえて、みんな弁当の蓋を開けて食べ始める。
「結構ボリューミーだね。これだったらお腹いっぱいになりそう」
「お腹減ってたから丁度いいや」
「でも、揚げ物ばかりで胃もたれしそう。泉さんは平気?」
「そうね、揚げ物ばかりで重たそうだわ」
「だよね。もっと可愛いお弁当が良かったなー」
「可愛いお弁当ってどんなんだよ」
みんなで喋りながらの昼食は楽しいなぁ。それに、佐々原さんと一緒の机を囲んで食べるのは久しぶり。美味しそうに食べている佐々原さんを見るとキュンキュンする。えへへ、可愛いなぁ。
「げっ、ピーマン入っている」
「町村はまだピーマンが苦手なの?」
「苦いもの全般苦手なんだよ。あー、どうしようかなー」
「仕方ないわね、食べてあげる」
町村さんが嫌そうな顔でピーマンを見つめていた時、隣にいた沼田さんがピーマンを箸で掴んで食べた。
「ありがと。だったら、お礼にかつを一つ上げるよ」
「ん、どうも」
すると、町村さんがかつを一切れ箸でつまんで、それを沼田さんの口元に寄せた。そのかつをなんも遠慮もなく沼田さんが一口で食べる。
こ、これは百合なんじゃない? ドキドキしながら泉さんを見ると、泉さんは目を輝かせながらその光景を見ていた。
「これが幼馴染の力なのっ! すっごく、自然に食べさせ合いをしていたわ! 幼馴染の雰囲気が強く滲み出たこの光景……動画で撮りたかった!」
「何、どうした!? 泉さんは一体何がお気に召したんだ!?」
「えーっと、女の子同士の交流を見るとテンションが上がっちゃうんだよ」
「い、今のでそんなにテンション上がるの!?」
泉さんの豹変ぶりに一条と清水が戸惑った声を上げた。まぁ、そうだよね。大人しそうに見えた泉さんがそんな風に豹変すると驚いちゃうよね。
「あー、二人とも驚いている。ウチも初めて見た時は驚いたなー。まさか、泉さんがあんなにテンションが上がるとは思っても見なくてさ」
「だ、だよね! 私もはじめは驚いたなー」
し、自然に佐々原さんと会話ができた。泉さん、グッジョブだったよ!
「その光景だけでいくらでもご飯が食べられるわ!」
「泉さんが凄い勢いでお弁当を食べ始めたぞ!」
「何それ。泉さん面白ーい!」
「ん? 泉さんはどうしたの?」
「さぁ?」
突然の泉さんの豹変ぶりに一条と清水が驚きつつも面白そうにみつつ、町村さんと沼田さんは不思議そうな顔になった。泉さん、みんなの中心的な人物になりそうな予感がする。その調子で、私と佐々原さんの間を取り持って!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます