19.協力要請

 一週間はあっという間に過ぎていって、宿泊研修の日がやってきた。一泊二日分の必要な物をリュックに詰め込んで、ジャージに身を包んだ私はいつものように学校に到着した。


 簡単なホームルームをすると、校庭に出てバスへと乗り込む。二座席が隣り合ったバスの中、私は泉さんと隣同士の席になった。


「ねぇ、どうして」

「ど、どうしたの?」


 隣同士に座った泉さんが怪訝な顔になった。何か悪い事しかかな? ビクビクしながら訪ねてみると、泉さんは鋭い視線をこちらに向けてきた。


「ここは佐々原さんと隣同士じゃないと!」

「うっ!」


 痛いところを突かれてしまった。同じ班になったことだし、隣同士の席に座る事だってできる。しかも、以前に勉強を教えた仲だから、急にくっ付いても周りに変には思われない。


 でも、でも……!


「それができたら苦労はしないのー!」


 好きな人と隣同士で座る事ってできる!? やれって言われればやります! っていうけれど、いざやろうとする勇気がないことに気づいた。


「好きな人と隣同士ってどうすればいいのか全然分からないの! ずっと緊張しっぱなしだろうし、何を喋っていいかも分からない。普通に話すことができない人が隣にいて、迷惑かけるんじゃないかって思うとっ!」

「く、苦しいっ……胸倉を掴まないでっ」

「このままじゃ、何も進展しないっていうことは分かっているんだけど……その一歩が踏み出せないの! 折角の隣同士になれたのに、本当にどうしたらっ!」

「お、落ち着いてっ!」


 泉さんの胸倉を掴んで揺するが、現状は何も変わらない。うぅ、折角の機会を台無しにした悲しみが……。


「今からでも席を変わってもらったらどうかしら?」

「い、今から変わってもらったら変に思われちゃうよ! それに……」

「バスが出発するわよー! 早く、席に座って!」

「……ホラ、もうバスが動き始めるの」


 現実を突きつけられて私は大人しく席に座った。すると、バスの扉が閉まりゆっくりと動き始める。バスはもう出発してしまった、席を移動することは許されない。


「あぁぁっ、折角の機会がぁぁっ」


 今になって激しい後悔に見舞われる。こんなことなら、勇気を出して隣同士にしてもらうんだった。上手く喋れないかもしれないけれど、話すきっかけにはなったはずだ。


 それなのに、それなのに……。


「もう……告白したあの勇気はどこにったのよ」

「あれは……まだ一歩も踏み出していない時だったから。でも、一歩を踏み出した今は守りに入っちゃうっていうか」

「なるほどね。目標としていた友達になれちゃったから、守りに入ったってことね」

「うっ……そうです」


 あの告白も友達になるきっかけになれればいいと思ってやったことだ。紆余曲折あったけど、晴れて友達になれた。でも、逆に仲を進展させることに怖気づいてしまった。


 悪い印象を与えてしまったらどうしよう。嫌な気持ちにさせてしまったらどうしよう。上手く交流が図れなくて、関係にヒビが入ったらどうしよう。そんなことばかり考えてしまう。


「上手く関係を築けなかったら終わっちゃうから、踏み出せなくなっているの」

「他の友達と仲良くなったように交流すればいいのよ。難しい事なんてないわ。一緒にいて、話して、楽しい事を共有すれば仲が深まると思うわ」

「でも、上手くできるか不安なの。あー、どうしてこんな考えになっちゃったのかなー」

「水島さんは新しく築くよりも、よりよいものに築いていくのが難しいタイプなのね」


 泉さんに話を聞いてもらえて、少しは自分の気持ちが整理できたみたい。まだ友達じゃなかった時の方が行動できていたから、良い方向に向かっていくのが苦手のようだ。


「一緒に勉強していた時は仲良くできていたのにね」

「それはきっと泉さんが間に入ってくれたからだよ!」


 そう泉さんのお陰! ……お陰? ……本当に? いやいや、一人だとどうしようもなかったことだったから、泉さんに間に入ってもらったのが良かったんだ。


 そうだ、今回の宿泊研修も間に泉さんを入れたら上手くいくんじゃないかな?


「こんな事お願いするのもなんだんだけど……また、佐々原さんと間を持ってくれないかな?」

「そんなことしたことないわよ」

「いやいや、色々してくれたじゃない。一緒に勉強していた時とか、話題を出してくれたり、提案してくれてたりしたでしょ?」

「まぁ、そういうことはしたけれど……。それはあくまで私が百合をみたいっていうだけであって、とても仲を取り持つようなことじゃなかったと思うわ」

「それでいいんだよ。百合ができるように、間を持ってくれないかな?」


 泉さんがテンション上がった時、私たちは交流が持てたと思う。まぁ、私ばかりじゃなかったのが痛いところだけど……それでも間に入ってくれたお陰であそこまで仲良くなれたと思う。


 この百合を使えば、佐々原さんともっと仲良くなれるかもしれない。ここは百合に詳しい泉さんに協力してもらって、間を取り持ってくれたら上手くいくんじゃない?


「泉さんは百合に可能性を感じているんじゃない」

「百合には無限の可能性があると思っているわ。それこそ、日常にもっと溶け込んでもいいと思うくらいには」

「だったら、その可能性を信じて協力してくれない? 私は佐々原さんと仲良くなれるし、泉さんは百合が見れるでしょう?」

「片思い百合を見れる絶好の機会。しかも、私が思った通りのシュチュエーションが見れるかもしれない」


 泉さんは真剣な表情で考え始めた。何かを考えているかさっぱり分からないけれど、私と佐々原さんの百合をのことを考えてくれているに違いない。


「無理やりな百合になるんだったら協力はしないと思うわ。私はあくまでも自然に発生した百合を摂取したいのであって、嫌々やっている百合をみたいわけじゃないの」

「その自然と百合になることを教えてくれればいいんだよ。百合って女の子同士の交流のことでしょ? その交流を深めると仲良くなれるチャンスがあるんだったら、百合をしてみたい」

「百合が仲良くなるチャンスにか……」


 少しずつ泉さんの気持ちが傾いてきているように感じる。勉強を教えていた時のことを思い出すと、刺激的なことはあったけど、仲が悪くなるようなことはなかったと思う。あの時みたいな交流ができれば、きっと仲良くなれるはずだ。


「お願い、泉さん。私と佐々原さんを百合で繋いで」

「……そこまでいうだったら、私もできるだけ協力するわ。こんな至近距離で片思い百合が見れるんだもの、堪能させていただくわ」

「それじゃあ、間を取り持ってくれる?」

「えぇ、任せなさい。私が水島さんと佐々原さんを百合で繋いであげる」


 やった、これで佐々原さんと仲良くなれるチャンスが巡ってきた! 嬉しくなった私は泉さんの手を取って、心からの感謝を言う。


「ありがとう、泉さん! 頼りにさせてもらうわ!」

「ちょっと! 私は百合をやりたいんじゃなくて、百合をみたいだけなのよ!」

「えっ、これも百合に入るの?」

「入るわよ! ちょっと、ドキッとしたじゃないの」

「そうか、ごめんごめん」


 手を握って感謝を言うだけで百合になるって……百合って難しい。でも、百合をすれば佐々原さんと今まで以上に仲良くなれる。これから、佐々原さんと百合をするぞ!

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