10.余計な登場
「はぁ……いてもたってもいられなくて、一時間前に着いちゃった」
スマホの時計を見れば時刻は八時二分。待ち合わせ時間は開館の九時なのに、こんなに早く着てしまった。凄く楽しみで早めに起きてしまって、家にいてもそわそわして落ち着かなかったから。
今日一日佐々原さんと一緒にいる事を考えると、胸が高鳴って仕方がない。それに、今日は私服姿を見ることができる。それが凄く楽しみだ。
一体、どんな姿で来るんだろう? スカートかな、パンツかな? 長身の佐々原さんなら何でもに合いそう。
それに、密かに泉さんの事も楽しみしている。学校一美人の泉さんがどんな格好で現れるんだろう? いや、泉さんもどんな格好でも似合うと思う。というか、美しすぎて目が潰れそうだ。
なんだろう……好きな人の私服よりも楽しみにしている自分がいる。いやいや、ここは好きな人の私服姿を想像してキャーキャー言うところでしょ! なのに、何故か意識が泉さんにいってしまう。
ええーい、想像の泉さんよ邪魔をするな! 私は佐々原さんのことを想像したいのに、泉さんばかり浮かんでくる! これはどういうことだ! 私が好きなのは佐々原さんなのに、学校一美人の方が気になるなんてー!
もっと深く佐々原さんを想像するんだ。佐々原さんの私服、長い手足、ふわふわで触り心地の良さそうな髪、膨らんだ柔らかそうな頬、魅惑の唇……ダメだ、心臓が持たない!
昨日、全力ランニングで心臓を鍛えたのに、全然足りない! まだ、佐々原さんを想像するには心臓が弱すぎた! そうだ、こういう時に泉さんを想像すればいいんじゃない?
私の想像力よ……泉さんを作りだせ。あぁ、凄く美人な映像が脳裏を過る。これはこれで心臓に負荷がかかるんだけど……佐々原さんほどではない。ありがとう、泉さん……私の心臓が持ったよ。
その時、スマホの通知音が鳴った。ちょっと驚いて体が反応したけれど、佐々原さんを想像した時に比べれば軽いものだ。カーディガンのポケットに入っていたスマホをタップしてメッセージを確認する。
『道で泉さんと出会ったから一緒に行くね。泉さんが凄い……! ご期待ください!』
メッセージは佐々原さんからで、泉さんと合流してこちらに向かっているらしい。でも、泉さんが凄いってどういうことだろう? まさか、凄くセクシーな私服とか? めちゃくちゃスカートが短いとか?
き、気になる……。一体泉さんはどんな格好をしてくるのか。いや、自分が気にしなくちゃいけないのは佐々原さんの格好なのに、どうしてこんなに泉さんの格好が気になるんだろう。
でも、佐々原さんを想像すると心臓は持たないし、やっぱり泉さんを想像して待つしかないというか。普通は好きな人の事を想像してワクワクして待つのが一般的なのに、なんで私は泉さんを想像することになったんだろう。
私が想像するべきは佐々原さんなのに、泉さんを想像してしまう。あれ、私って泉さんの事を好きだった? いやいや、好きなのは佐々原さんな訳で。今は佐々原さんを想像できないから泉さんを想像しているわけで。……想像する意味とは?
「水島さん、お待たせ!」
突然声を掛けられて振り向いてみると、息が詰まった。
「どう? 泉さん、凄くない?」
佐々原さんを見なくてはいけないのに、私は泉さんの姿に釘付けになった。いつも下ろしていた長髪は編み込みがされていて、シュシュで一本にまとまれている。こめかみ辺りから少しだけ垂れ下がった髪の毛が妙に色っぽい。
春らしい薄手のトレンチコートを羽織り、短めで清楚感あふれるブラウス、腰の高い位置で止めたロングスカートは小花柄が散りばめられている。大人向けのカジュアルコーデに身を包んだ泉さんがいた。
お、大人っぽい! 物凄く色気を感じます! えっ、この人と私……同じ年なの!? 全然同じ年に見えない! どういうことなの……泉さんは年齢詐称をしていたってこと?
「あっ、水島さんも呆けてる! やっぱり、泉さんの姿は見惚れちゃうよね! すっごく大人っぽいってビックリしちゃうよね!」
「えっ、あっ、うんっ! すっごく大人っぽい!」
「そう? 普通だと思うんだけど……」
「いやいや、普通じゃないって! 初めて見た時、一瞬誰!? って思ったもん」
「思った、思った!」
こ、こんな同級生いないよー! すっごく大人っぽいというか色気を感じるとか……泉さん凄すぎる。二人が同時に来たら、絶対に佐々原さんに目を奪われると思ったのに、泉さんに目を奪われちゃった。
えっ、私って佐々原さんの事を好きだったよね? 泉さんの事が好きなわけじゃないよね? それなのに、泉さんの方に目を奪われてしまった。……なんだか、悔しい気分!
私が好きなのは佐々原さんだもん! だから、佐々原さんの姿を見て呆けたかった! 私の心よ、どうして泉さんに向いたんだー!
「ほらー、見てよ。水島さんがこんなに意識飛ばしているんだから、泉さんの破壊力が凄かったって証拠だよ」
「そんなこと言われても困るわ。着ぐるみでも着てこれば良かった?」
「……それも見て見たいな」
ハッ、また自分の世界に入っていた。見惚れたかったのは泉さんじゃなくて佐々原さんだったのに……そうだ! 今から見惚れればいいんだ! そうだよ、後からでもいいんだ。
改めて佐々原さんを見た。ニットの服の下にブラウスを着ていて、スキニーパンツを履いていてスタイリッシュだ。泉さんも大人っぽいけど、佐々原さんも十分に大人っぽい。
……でも、泉さんのような強い感情は出てこない。最初の泉さんが衝撃的すぎたんだ。あの衝撃を佐々原さんで味わいたかったのに、どうしてこうなった!?
「あっ、水島さんは可愛いワンピースだね。なんかイメージ通りって感じだよ」
「うん、その格好似合うわ」
「……えっ、ありがとう」
いけない、また違う世界に旅立つところだった。私の恰好はワンピースの上にカーディガンを羽織っている。二人に比べると子供っぽい恰好だけど、褒めてくれるのは素直に嬉しい。
「二人もとっても大人っぽくて魅力的だよ。私は背が低いから子供っぽく見えちゃうけど」
「そんなことないよ。小さすぎないし、小柄で可愛い感じだよね。私は背が高いから低い方が羨ましく感じるよ。あ、でも泉さんくらいの身長が理想かな?」
「そうなの? まぁ、高くもなく低くもないから丁度いいのかもね。時間になったから、図書館の中に入る?」
「そうしようか。朝一だから、人が少なくていいね」
「この図書館には談話室があるから、そこに入りましょ。そこだったら、喋りながらでも平気だから」
「そういう部屋があるんだ。そこなら話しても大丈夫そうだね。あっ、でもちゃんと勉強しないとダメだからね」
「今日は真面目に勉強するよ」
図書館の前で喋っていると開館時間になった。私たちは話しもそこそこにして図書館の中に入っていく。
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