ダンジョン暮らしの『精霊』は、今日も無自覚に無双する
葉隠真桜
プロローグ
── 第三者 視点 ──
とあるダンジョン内。そこを歩いていく、一つの人影があった。彼の服装は、ジーパンに白いパーカー。外では普通の格好だが、ここダンジョン内においては異質な格好でしかない。彼は鼻歌を歌いながら、ダンジョン内を歩いていく。
そんな彼の前に、一体のモンスターが現れる。筋骨隆々としたその体に、角の生えた顔。
「こんなところに鬼……?普通はいないはずなんだけど……。」
少年は呟く。
「ガァァアア!」
鬼はそう吠えると、手にした刀をこちらに振り下ろしてくる。少年はひらりとそれを躱すと、すっと右手を振るう。するとその手は届いていないにも関わらず、鬼の首が飛ぶ。首を飛ばされた鬼の身体は端の方から塵となって消えていき、後には鬼の口に生えていた牙だけが残される。少年はそれを拾うと、手元に開いた虚空へと放り込む。
「うーん……。10階層以上の跳躍出現……。
そう呟くと、少年は歩き出す。
「気配的にこっちに主がいそうだし、ちゃっちゃと処理しちゃいますかね。」
── ミア視点 ──
「ガァァァァアアア!」
私は後ろから追ってくる、その声の主から必死に逃げていた。ここは桜ダンジョン・第十四階層。その風景の美しさととある噂で、多くの冒険者・ダンジョン配信者から人気のダンジョンだ。
「はぁ、はぁ……!なんでこんな浅いところに
私の近くを飛ぶドローンは、その様子を配信しつつコメントを投影している。
〈ミアちゃん、逃げて!今のレベルじゃ、鬼ノ王には勝てない!〉
〈まさか異常出現か!?〉
〈早くダンジョン庁に通報を!〉
〈もうしたけど、到着まで10分はかかるって……〉
〈誰かミアちゃんを助けて……!〉
「確かこっちに行けば…‥って、行き止まり!?」
〈嘘だろ!構造変化まで起こってるのか!?〉
〈誰か!ミアちゃんを……!〉
〈ってミアちゃん、後ろ!〉
後ろを振り返ると、そこには鬼ノ王の姿が。逃げ場はない。私の得物である剣も折れちゃってる。私は自分の運命を悟り、抵抗を諦める。鬼ノ王が太刀を振り上げる。
〈ああぁぁぁああ……!〉
〈神様……!どうかミアちゃんを……!〉
鬼ノ王がその太刀を振り下ろさんとした、その瞬間。振り上げた腕が地に落ちる。
〈へ……?〉
〈そこに落ちてるのって、鬼ノ王の腕…‥か……?〉
〈一体誰が……?〉
「グウウゥゥ……。」
腕を切り落とされた鬼ノ王は、どこか怒ったようにその腕を拾い上げ、傷口を押し付ける。すると一瞬で、腕が元通りになる。そして鬼ノ王は後ろを向く。その視線の先には、ダンジョンには不釣り合いな格好をした、小さな少年が立っていた。
〈なんでこんなところに少年が……?〉
〈さぁ……?〉
〈それより彼が危ない!〉
「君!早く逃げて!」
私は彼に呼びかける。しかし彼はそれに返事をせず、そこから動かない。
「ガアァァァアア!」
一声吠えると、鬼ノ王はその巨体からは想像できないほどの速度で彼との間合いを詰める。
〈危ない!〉
〈あっ……〉
〈少年、君のことは忘れないよ……〉
コメントでは彼に危険を呼びかけるものもあるが、全体的に諦めムードが漂っている。
その時、少年が初めて動く。腕を横にすっと振るったのだ。当然、鬼ノ王には届くはずがない。それなのに、鬼ノ王の首が飛んだ。
〈は……?〉
〈何が起こった……?〉
〈あ、ありのまま今起こったことを話すぜ……!彼が腕を振るったら、鬼ノ王の首が飛んだ……!〉
〈鬼ノ王ってBランクパーティーでも苦戦するモンスターだったよな!?〉
〈それを一撃って……。彼、一体何者?〉
〈まさか彼が『精霊』なのか!?〉
〈『精霊』ってあの都市伝説の!?〉
〈まさか本当にいたなんてな……〉
なにやらコメントが騒がしいが、私は彼に目を奪われていた。彼は倒した鬼ノ王に一瞥もくれずに、私に近づいてくる。そして
「ん。」
とポーションを渡してくる。
「え……?」
「怪我してる。これ使って。」
「でもこれは君のじゃ……?」
「いいから。」
「わ、わかった……。」
私がポーションを飲んだことを確認すると、彼はこう言う。
「多分、さっきのが今起きてる異常発生の主。倒したけど、まだ残党がいるかも。早く帰ったほうがいい。それじゃ。」
そう言うと、彼は一瞬で姿を消す。
〈終わった……のか……?〉
〈多分……〉
いまだにぼうっとしていた私は、ふとダンジョンの通路にあるものを見つける。それは小さなシトリンのネックレスだった。
「これは……?」
〈鬼ノ王のドロップ品……ではなさそうだな〉
〈もしかして、『精霊』さんの持ち物……?〉
(これ、彼のものなのかな?でも、どこかで見覚えがあるような……。また会えたら、返してあげないと!)
私はそう考えて、彼に言われた通り、ダンジョンの出口に向かっていく。私はまだ知らない。これが、全ての始まりだと言うことを。
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