お礼

「ア、アリス……無事だったか……!」


 それから何時間か馬車に揺られたあと。

 すっかり日も暮れてしまった頃、キャロル達は無事公爵領にあるアリスの屋敷へとやって来ていた。

 出迎えてくれたのは、優男という言葉がよく似合う中年の男性。

 アリスの姿を見た瞬間、駆け寄って勢いよく抱き着く姿は、本当に心配していたのだと窺える。

 護衛らしき騎士の姿も後ろに何人も控えており、何やら今から出発する準備でもしているかのような空気であった。

 その光景を見て―――


「よし、帰るか」

「そうですね」

「え、この流れで帰るの!?」


 抱き締められていたアリスが、踵を返そうとするキャロルを見て驚いた。


「ま、まだお礼とかできてないんだけど……」

「いや、お礼とか別に。っていうか、早く帰らないと馬車の中で一夜過ごすかお月様の下で虫と夜風とキャンプしなきゃいけなくなるし」

「だったら、泊まっていけば!」

「って言われてもなぁ」


 チラリと、キャロルはアリスの後ろを振り向く。

 どこか睨んでいるような、警戒しているような、そんな顔。護衛の騎士らしき人間がキャロルという男をどう思っているのかがありありと伝わってくる。


「……ご主人様、ご不快であればまとめて処しましょうか?」

「うーむ……さっきは大した経験値稼げなかったし、ここで暴れるのもそれはそれで面白いとは思うんだが……」

「えっ!?」

「今日はやめとこうぜ、せっかくアリスが助かって喜んでる人もいるわけだし」

「~~~ッ!?」


 その言葉を聞いて、アリスの顔が酷く真っ赤に染まる。

 しかし、キャロルはさしてヒロインの様子などどうでもいいのか……蛇腹の剣を取り出そうとしているエミリアの手を、そっと制止していた。大騒ぎにならないために。


「アリス、大丈夫だったか!? 怪我とかないよね!? お父さん、心配で心配で……商談を切り上げて今から騎士団を使って捜索に向かおうと……!」


 そんな中、抱き締めることに満足し終わった父親らしき男は、アリスの体をマジマジと見て瞳に涙を浮かべる。

 よっぽど、アリスのことが心配だったのだろう。

 しかし―――


「……お父さん、お礼」

「ん?」

「なんで、キャロルくんにお礼言わないの? 私を助けてくれたの、彼だよ?」

「そ、そうだったな!」


 アリスは、どことなく怒っていた。

 きっと、後ろに控える護衛の人間達のキャロルへ向ける視線を感じ取ったのだろう。

 娘の圧に負けたからか、それとも言いたいことはご尤もだと思ったのか、父親は咳払い一つして―――


「た、大変失礼しました……」

「あ、いえ別に」

「私を含め、恩人に対しお礼どころかご不快な思いを……」

「本当に気にしてないですから───エミリアは置いておいて」


 ふぅー、ふぅーっ、と。

 必死に抜剣するのを堪え、酷い形相で主人に不快な思いをさせた護衛達を睨むエミリア。

 確かに、気にしているのはエミリアだけのようだ。


「……君達、下がってくれ」

『で、ですが……!』

「娘を助けてくれた恩人である事実に、今は。これ以上彼に不快な思いをさせる前に、下がってくれ」


 護衛の一人は何かを言おうとしたが渋々頷いて背中を向け、他の護衛達も一緒に邸宅の方へと戻っていった。

 そして、どこか声音を聞かせて、ゆっくり頭を下げる。


「……この度は、娘を助けてくださりありがとうございます、キャロル様」

「何度も言うが、本当に気にしなくていい。っていうより、そっちの問題を早く解決してやれよ」

「……………」

「身内問題を解決しなきゃ、アリスが安心して寝られんだろうに。俺に対する礼節とかお礼とかそっちよりも、父親ならまずは娘を守れって」


 キャロルの言葉に、アリスの父親———ローランドは、面食らったような顔を見せる。

 すると、己を恥じるように口を閉ざし―――


「……あなた様は、変わられたのですね」

「あ?」

「パーティーでお見かけした時とは、随分と印象が変わられたようで」


 こいつは出会ったことがあるのか、と。キャロルは納得する。

 風評ではなく、実際にキャロルという悪童の姿を見たことがあった。

 だからこそ、どこか未だに警戒心が窺えたのだろう……娘が誘拐されたのだ、そこにクズな男が現れたとなれば仕方ないと思わざるを得ない。


「しかし、せめて一泊していってください。恩人に野宿させるとなると、商人としても一人の父親としても情けないですから」

「って言われてるけど、どうするエミリア?」

「元より野営するつもりで任務を受けたわけですし、私とご主人様が同じ部屋であれば問題ないかと思います」

「サラッと願望が混ぜられたような気がしたが……まぁ、エミリアがいいならお言葉に甘えさせてもらおうかな」

「(やった!)」


 キャロルが頷くと、どうしてかローランドの横にいたアリスが小さくガッツポーズを見せた。

 そのことにキャロルが不思議に思っていると、ローランドは思い出したかのように口を開いた。


「そういえば、今回アリスの捜索にあたって侯爵家に依頼を出しておりまして……」

「ん?」

「ちょうど、現在この屋敷にはキャロル様のお姉様も滞在しているのですよ」


 そして———


「あはっ☆ もうそろそろフリータイムには入ったかにゃ~!?」


 ゴッッッッ!!! と。

 突然、周囲に風が吹いてしまうような衝撃音が響き渡った。

 咄嗟に掲げて受け止めた腕に、ずっしりと重たい鋭利な剣がのしかかる。


「て、んめ……ッ!」

「ありゃ? お姉ちゃんに向かって「てめぇ」とか言った?」


 ユリスと同じ髪色の少女。

 華奢な体よりも二回り大きな剣から、美しすぎる顔立ちが覗く。

 その姿を見て、思わずキャロルは舌打ちしてしまった。


……ッ!」

「さぁさぁ、無事に問題解決したならお姉ちゃんと遊べるよね!? 超絶可愛い女の子が二人いるんだし、情けない姿は見せられないぜ♪」

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