任務
「キャロル様、旦那様からの書簡をお届けにあがりました」
訓練場に妹の鍛錬の予定が入ってしまい、自室で魔法書を読んでいたキャロルの下へ一人の執事が姿を見せた。
「わざわざお持ちしていただき、ありがとうございます。仰っていただければ取りにお伺いしましたのに……」
ソファーに座るキャロルの代わりに、エミリアが執事から書簡を受け取る。
すると、執事は愉快そうな笑みを浮かべた。
「ほっほっ! 老体とはいえ、流石に女性に足を運ばせるほど紳士がすたっておりませぬ!」
「……なんか、その言い方だとこの距離でもレディーに足を運ばせた俺が紳士の名折れみたいに聞こえるんだが」
ぐでーっ、と。
特に怒った様子もないキャロルは、執事へジト目を向ける。
「いえいえ、そのようなことはございませぬ。あなた様は侯爵家の人間───仕えるものを使うのはごく当たり前のことです」
「そうです、ご主人様! このような時でも、食事も、お風呂も、夜な夜なナニをする時も、是非とも気軽に私を使ってくださいっ!」
「おい待て、気軽に使えるラインナップじゃないだろ後者!?」
後半が特に使いづらいのだが、メイドとしてはそんなの気にせずいつでも来てほしいようだ。
「はぁ、どこで教育方針を間違えたんだろうなマジで……んで? 結局、その書簡には何が書いてあるわけ?」
「私も中身は確認しておりませんが……恐らく、任務の件かと」
「ようやく来たか!?」
キャロルは起き上がり、駆け寄ってエミリアから書簡を受け取る。
そして、荒っぽく封を開け、中身を確認したあと───
「行くぞ、エミリア! 愉快な実践経験値が俺を待っている!」
「アグレッシブな引き籠もりが、はたして地名を見て行く先をしっかりと分かっていらっしゃるのかが少々不安ではございますが……承知しました」
───執事の横を通り過ぎ、意気揚々と部屋を出て行った。
エミリアもまた、執事の男に小さく頭を下げると、追いかけるようにして部屋の外に足を踏み出す。
その後ろ姿見て───
(……毎度思いますが、本当にキャロル様はお変わりになられた)
数年前までは手のつけられないクソガキだったというのに。
それが今では癇癪も起こさず意欲的に鍛錬に取り組み、命の危機ある任務を受けられて喜んでいる。
(しかも、あの気難しかったエミリア嬢に懐かれて……確かに、旦那様が気にかけ始めた理由も分かります)
執事の男は口元に笑みを浮かべ、そのままキャロルの投げ出した魔法書へ手を伸ばし、片付け始めるのであった。
「まぁ、こうして乱雑にしまいもせず飛び出すところは、昔と変わっていないかもしれませんな……ほほっ!」
♦️♦️♦️
「今回、父上が与えてきた任務はラスケット山を拠点とする盗賊の討伐らしい」
廊下を歩きながら、馬車が置かれている場所に向かうキャロルは説明するように口を開く。
「なんでも、公爵領とうちとを繋ぐ街道で何度も被害が出始めたから、いよいよ動き出すことになったそうだ」
「なるほど……ちなみに、ラスケット山という場所に聞き覚えは?」
「安心しろ、甘くて美味しいお菓子が脳裏に浮かんでる」
「ご主人様の想像通りなら、きっと通行人は愛らしいお子さんでいっぱいなのでしょうね」
実力以外磨くことを省いていたキャロル。
どうやら、周辺の地理は頭に入っていないらしい。
「しかし、盗賊の討伐……ですか。意見を口にしてもよろしいのであれば、野営道具と化粧品を事前に用意させてほしいところですね」
「前者はともかく、後者は必要なのか?」
「必要ですよ!? ご主人様には分からないと思いますが、乙女はいつ如何なる時でも可愛く見られた───」
「ん エミリアは素顔も可愛いだろ?」
「……………………」
「もちろん、普段の薄く化粧した時も可愛いけど」
「…………………ご主人様、ハグしてもいいですか?」
「何故に」
耳まで真っ赤にさせたエミリアが、人目につきそうな廊下でいきなり抱き着いてくる。
どうしたんだろうか? などと思ってしまうのは、きっとキャロルが実力以外のお勉強項目を省いてしまったからだろう……乙女心とか。
「(ご主人様はズルすぎます……不意でそんなこと言ってきたら抱き着きたくなります……)」
「えーっと……とりあえず、顔を埋めながら喋らないでくれる? 聞こえないから」
しかし、一向に離れる気配のないエミリア。
歩き難いなぁ、なんて。美少女が引っ付いているせいでドキドキしている心臓を誤魔化すように、そんなことを考え始めた。
「こら、エミリアさんや離れなさい。いつパパラッチに見つかるか分からんでしょうに」
「……記者には熱愛報道という名目でお願いしましょう」
「なんでお前はパパラッチ側の味方なんだ!?」
その時───
「よぉ、キャロル! お前、父上にようやく任務を与えられたんだってな!?」
馬車に乗り込むために歩いていた廊下の先。
そこから、見慣れた男がニヤついた笑みを浮かべてこちらへと向かってきた。
「……面倒くさいのが来たなぁ。なんだろう、兄弟仲深めた記憶すら言葉を交わした記憶すらも希薄なのに」
「むぅ……せっかくご主人様がハグを許してくれたというのに」
「容認した覚えはないぞ?」
とはいえ、それよりも厄介な身内が来てしまったわけで。
エミリアは大きなため息をついて、仕方なくキャロルの胸から離れる。
「んで、何か用? またエミリアに愛の告白か? ほんと、学ばねぇなぁ……」
「まったくです、「私はご主人様の所有物です」と、しっかり屋敷中にビラを貼ったというのに」
「待って、その話聞いてな───」
「お前ら、相変わらず生意気だなクソが……ッ!」
「怒る前にちょっとだけ待って! なんか見逃せないワードが飛び出たんだけども!?」
マジでなにやってんの!? と。
キャロルは悪戯好きなメイドに詰め寄るものの、どうしてか可愛らしく誇らしげに胸を張るだけで何も言わないエミリア。
いつの間にかあらぬ誤解が広がっていたことに、キャロルは驚きを隠し切れない。
「ハッ! もう、その女には興味もねぇよ! それよりも、てめぇが任務を受けたって話だ!」
キャロルに近づき、ゼノフは胸に手を当てる。
「ようやく任務をもらえたからって調子に乗るなよ、クソ弟が。俺がお前ぐらいの時は、すでに任務を四つもこなしてた」
「………………」
「いまさら当主の座なんて狙おうとするな。お前は記念受験で満足しておけば───」
そう口にした時だった。
「うるせぇなぁ」
ゴッッッッッ!!! と。
ゼノフの体が、突然廊下の壁に叩きつけられる。
「なんで
───気がつけば。
叩きつけられたゼノフの体は、まるでネットでも貼られたかのような糸に覆われており……おかげで体は亀裂に埋まったまま地面に落ちず、白目を向いたまま壁に張り付いていた。
「なんか、こいつ弱くなった?」
「ご主人様が強くなっただけですよ」
そんなゼノフを一瞥することなく、キャロルとエミリアは廊下の先を進む。
「それよりもよろしかったのですか、ご主人様? いきなりあのようなことをして」
「いいんだよ、別に。前にボコされたことも忘れてまだ煽りに来るあいつが悪い」
突っかかるだけ突っかかって学ばない兄。
よっぽど、無能だったはずの弟のことが気に食わないのだろう。
まぁ、自分のものにしようとしていた女が弟に取られたとなれば、気に食わなくなるのも無理はないが。
「いえ、そうではなく……」
エミリアは少々心配そうにキャロルの顔を覗き込み───
「あの壁の修繕費、恐らくご主人様のお小遣い払いですよ?」
「やべぇやらかしたどうしようごめんお金貸してッッッ!!!」
「ふふっ、利息は返さなかった日までの膝枕でお願いします♪」
転生したとしても、まだまだ体はお子様お小遣い制。
強者になるには少しばかり時間がかかってしまう悪役は、任務の前にお金問題が発生してしまったのであった。
「ふぅ〜ん……キャルくん、見ない間に強くなっちゃってまぁ! お姉ちゃん、ボコしたくなっちゃったっ☆」
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