血の宴
烏鷺瓏
第1話
その日は不気味な程に静かな夜だった。
いつもなら聞こえてきそうな心地よい虫の音や囀るような梟の声が聞こえてこない。まるで何かに怯えているかのように。
そんな彼らを照らすようにして夜空には仄かな輝きを灯す満月があった。
「……今宵は実にいい天気ですね~。真祖会議を行うにはピッタリだ。……そうは思いませんか?」
不健康そうな色白の肌、口元から覗く犬歯、雪のような透き通る白髪、爽やかで整った顔立ち、極めつけは血のように鮮やかな瞳。滅多にお目にかかれないような美形の男が、窓から見える満月を背景に立っていた。
だが彼のいる空間には誰もおらず、強いて言うならテーブルの上に置かれたバレーボール程の大きさの水晶玉くらいだろうか。
『あら、そうねぇ……クレイユ、貴方がいなければ完璧なだったわぁ』
摩訶不思議なことにどこか淀んだ水晶玉から鈴の鳴るような女性の声が聞こえてきた。
声の主は水晶玉へ話しかけていた美青年に対して酷く辛辣な言葉を言い放っている。それだけでも2人の関係性が浅いものではないと感じられるだろう。
「イェーナさん……いつものことながら酷くないかい?」
『そうかしらぁ?わりと妥当な扱いだと思うのだけど……』
「うーん、辛辣~」
イェーナを呼ばれた彼女はその澄んだ声で美青年を軽くあしらう。
だが美青年の方もいつものことと言うだけあってか、飄々とした態度で寧ろどこか楽しげな雰囲気さえ感じられる。
『……また2人はじゃれあっているのか?』
『妾も今来たとこじゃがそうらしいの』
『ラナロア……。アレットはまだ来てないのか?』
2人が話している内に水晶玉から聞こえる声が2つ増えていた。
1人は重低音の腹の底に響くような声音の男。
もう1人は若い、というよりもはや幼女のような声だが、一人称が妾であったり語尾がのじゃ系と属性の多い女性。つまり声だけならのじゃロリババア。
「おや?ブラッド君にラナロアさん、来てたんですね。アレットはまだ来ないでしょう。僕たちと違って多忙そうですからね~」
『うむ、お主と一緒にされるのは気に食わんがそうじゃろうな』
「あはっ、ラナロアさんも大概だよね~」
『我らの中で1番の暇人が貴様だからだろう?こないだも俺の邸を暇潰しに荒らしやがって……!』
『そうですよぉ。クレイユは仕事をしなさいな?』
「えぇ~?嫌ですよ~」
よく響く低い声が特徴的な男ブラッドと、のじゃロリ女のラナロアが会話に加わったがやはり美青年の扱いは辛辣である。
本人はヘラヘラと笑って受け流しているが、会話の内容から察すると完全に自業自得な気もするのだ。
§
しばらくの間4人が水晶越しに談笑をしているとようやく最後の1人がやって来た。
『――待たせたな。お前ら』
「……遅かったですね。アレット君」
水晶玉から聞こえてくるのは中性的でクリアな声質をした男の声。口調は少し強めだがその声には人を惹き付ける不思議な魅力が感じられた。
実質的にこの集団を引っ張っているのはこのアレットと呼ばれる男だ。
『アレット、聞いてくださいよぉ。クレイユったらまた仕事サボって遊び呆けてるんですよぉ?』
『……そうか。だが直にお前ら全員牛馬の如く働かせることになるぞ?』
「え~?また面倒そうな事、起こすんですか~?」
『……クレイユ、貴様1人に全てを任せてもよいのじゃぞ?』
「わぁ~、ラナロアさん笑えない程に横暴だよ」
『相変わらずだな……。まぁいい。始めるぞ』
アレットの一言でこれまで自由でのんびりとしていた彼らの雰囲気がガラリと変わった。
『吸血鬼国家クリムゾン王国、真祖会議を開始する』
そう、水晶玉越しに集まった5人は吸血鬼だ。それも真祖という並の吸血鬼とは比べ物にならない程に強力な吸血鬼。
彼らのリーダーであるアレット・クリムゾンが何百年も前に吸血鬼のための国、クリムゾン王国を建国した。その際にクレイユ・ルギナ、イェーナ・クローズ、ブラッド・ホークィン、ラナロア・マーキュリーら真祖の吸血鬼である彼らが全面的に協力、自らの眷属を率い建国を妨害する人族と戦った。彼らはその功績でクリムゾン王国公爵位に叙されている。
そんな吸血鬼の頂点が5人。一体どんな秘め事を話し合うのか。
『まず今回は多忙な中都合を空けてくれたこと感謝する』
『いえいえー、真祖会議であればいつでも空けますよぉ。まぁ御一人仕事サボって暇を持て余してるのもいますけどぉ……』
「あはっ、誰だろうね~」
『……クレイユ、お前が自分の持ち分をこなしている事は知っているが部下に投げすぎだ。……まぁ、それはいい』
アレットの生真面目な挨拶に茶々を入れるイェーナとクレイユのせいで弛緩した空気が流れるがアレットは特に気にした様子もなく司会を進行する。
『早速で悪いが本題に入ろう。今回俺が真祖会議を開いた訳だが……本格的にアルシュタイン王国を落とそうかと思ってな』
『――!戦争じゃな?』
『そうだ、ラナロア。いい加減鬱陶しいあの国を攻め落とし、我らにちょっかいをかけるとどうなるか……大々的に知らしめてやる』
発している内容はクリムゾン王国へあれこれちょっかいをかけてくる敵国へ戦争を行うというものだが、アレットの口調はあまりにも軽すぎる。
そしてそれは他の真祖たちも同様であり、彼らの声には喜色さえ浮かんでいた。
「確かにアルシュタインは鬱陶しいよね~。蝿みたい」
『そうねぇ。私の配下も何人かそこの
『クハッ……!血が滾るではないか』
『楽しみじゃの、戦争♡』
そもそも吸血鬼という種族は身体能力、生命力、寿命、あらゆる面で人族を上回る存在だ。どんなに屈強な男たちが束になって彼らに挑んだとしても数分も経たずに皆殺しにされるだろう。
そこには到底超えることの出来ない種族の壁が存在していた。
だがかつて人族は吸血鬼を絶滅の危機にまで追いやった歴史を持つ。
そこには吸血鬼らが人族のことを下等種族と侮っていたことや吸血鬼の持つ驚異的な再生能力の対処法が発見されたことが大きな要因として存在するのだが。
理由はどうあれ人族がただの非捕食者である時代は過去のものへと変化していった。
そしてそれは吸血鬼が久しく忘れていた感情を思い出す呼び水ともなったのだ。
まさしく修羅とでも言うべき闘争心。
本来の吸血鬼は闘争を求める戦闘種族である。自身らとまともに戦える他種族は時代の移ろいの中で消え去り、自然と闘争心は薄らいでいった。もっともそれも過去のものへと変化したわけであるが。
つまり今の彼らはかつて失った闘争心を取り戻した獰猛な獣と同じ。いや、人族と同等以上の頭脳を持っている点を考えればより凶悪な存在かもしれない。
『頼もしい限りだな……。お前らにはある程度作戦が軌道に乗れば自由に動いてもらう予定だ。それまでは俺の指示に従ってくれよ?』
「あはっ、もちろんだよ~」
『クレイユ……ちゃんと働くのじゃぞ?ま、戦争となればお主が1番乗り気になるかの』
『だろうな。クレイユ、お前には特別にファーストアッタクを譲ってやる』
「……いいの~?久しぶりだから暴れちゃうかもだけど〜?」
『それは少し困るな。お前には部下を率いてアルシュタイン王国の村を攻め落とし大量の捕虜を獲得してもらいたいからな』
「――!ふーん……。また面白そうな事考えてそうだね~。それで僕はどこを攻めればいいわけ?」
アレットが一体何を考えているのか、ハッキリとしたことは読めないがクレイユはそれが面白い事だというのは理解しているらしい。
クレイユはニヤリと口角を上げてアレットへ問いかけた。吸血鬼による蹂躙が始まる最初の地を。
『そうだな……。かなり辺境の地ではあるがネルゲン領のロラント村だ』
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