第3話
ザク、ザク、と雪を踏みしめながら歩く。今日は市内の最低気温でさえマイナス十三度だとかで、吹き付ける風に足を切られているような寒さだった。お陰で誰もが体を屈めて足早になる。早く地下に潜って寒さと雪を防ごうと、信号にやきもきしながら、着ているコートに
待ち合わせたのは地下歩道だった。私が着いたのは五分前なのに、彼はもう待っていた。北国の寒さを警戒したようにマフラーをぐるぐる巻きにして、地下歩道内にいるのに手袋を外すこともせずに。
でも、きっと駅からずっと地下に潜っていたんだろう、その顔はひとつも寒そうではなかった。近づくと人懐こい笑顔を浮かべて、つい昨日も会ったかのように柔らかく微笑む。
「お疲れさま、麻那ちゃん」
「ごめんなさい、待たせちゃった」
「全然、大丈夫だよ」
行こう、と口に出すことはお互いしなかった。私が手を繋ごうとしなければ、彼も手を繋ごうとはしない。だから、私達は手を繋いだことがなかった。
「仕事はどう、順調?」
「うん、いつもどおり。そっちは――待ってたってことは結構早く終わったんだよね」
「もともと打ち合わせだけして終わる予定だったからね。それにしても、相変わらずこっちは寒いね」
「今日は特に寒いかも。東京はどう、寒くなってきた?」
「寒いけど、こっちに比べたら随分暖かいなって思っちゃうよ。この間は雪が降っただけで大騒ぎ」
タクシーを捕まえ、ずっと行ってみたいと話していたフレンチレストランまで向かう。タクシーの中では、本当は土日も泊まってスキー場にでも行きたかったなんて話を聞いた。
仕事の話が出たのは、前菜を食べているときだった。
「今回の案件が終わったら、札幌担当からは外れるんだ」
驚いて顔を上げつつ何も言わなかったのは、続く言葉が予想できていたからだった。
「だから札幌出張ってのはなくなるかな」
そんなのは札幌担当から外れると聞けば分かる。フォークを片手に持ったまま、じっと彼を見つめて続く言葉を待つ。
「でも、麻那ちゃんも、もうすぐ札幌からは異動なんだっけ? 次は……、東京とか?」
でも、彼はしれっと、他に話すべきことなんてなさそうな顔でフォークを動かす。それどころか、東京本社に戻るという可能性を口にした瞬間には、ちょっとだけその愛想笑いを引きつらせる。
「……東京は、ないかな」
そして、その回答に「あ、そうなの?」なんてあからさまに顔も声も明るくする。
「でも、あとは東京に戻るもんだって言ってなかったっけ?」
「……そうなんだけど、どうやら東京じゃなさそうっていうのは、なんとなく……知ってるというか」
我ながら自分らしくなかった。歯切れの悪い言い方もそうだけれど、人事部長からの辞令は既に受けた後なのに、彼相手に誤魔化しているところが。
「そっか、じゃ、次はどこなんだろう。岐阜とかいいんだけどな、いま俺が担当してる別のクライアント、岐阜にいるから」
それなのに、彼は私の態度を怪訝に感じることはないのだろう、すっかり上機嫌になってワインを口に運んでいる。
「あとは名古屋かな。岐阜に行く通り道だから、会いやすい」
「……そうだね」
結局、そうやって出張先か出張の通り道でしか会ってくれないんだ。
口には出さず、ただ頷いた。
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