彼女を寝取らせてくれたキミのこと、私一生忘れないから!

かぼすぼす

 

「ぎゅ~ってして、ね~ぇ! ぎゅ~!」

「ちょっとしえりん、暑いってば~!」


 好きな人に恋人がいるって、最悪だ。

 しかも私の場合、それがどっちも友達だから距離も取れない。


 真綿で首を締められているような気分だ。

 脳に酸素が行き渡らなくて思考がぐちゃぐちゃになる。


「ねえルカ……シよ?」

「えっ……? ここ学校だよ? 人がたくさんいるのに……?」


 ふやけた会話が私そっちのけで進んでいく。何回そのくだりをやったら気が済むんだろう。


「そんなの関係ないよ。やっちゃお……? デュエル♡」


 そう言って一応私の友達……水樹みずきしえりはカードケースを取り出した。勉強しろ。


「も~、しょうがないなぁ~」

「そうこなくっちゃ~!」


 デュエルを申し込まれた方の友達、鵜瀬うのせルカはやれやれという雰囲気を出しつつもスッとカードケースを出した。


 こうなるともう私の入る余地は完全に無くなってしまう。

 それでもゲームに気を取られてふたりのイチャイチャが減る分、私の摩耗も減るのが唯一の救いだった。


 しばらく脳を殺していると、ルカがカードケースを手にこちらを向く。


志乃しのちゃんもやってみる? “コンキスタドール”」


「やる」


 私は自分でもびっくりするぐらいの早さで即答した。

 邪魔してやろうと思ったわけでもな……いや、私はふたりの仲を邪魔したいのか。


 自分の性格の悪さに嫌気が差しつつも、私は生まれて初めてカードに触れる。

 気を遣ってくれたんだろうけど、隙を見せたルカが悪い。


 ルカが丁寧にルールを説明してくれるおかげで、初心者ながら何とかしえりとも戦えている気がしてちょっと面白かった。


「………」


 少し不機嫌そうな顔をするしえり。

 ルカと私の距離の近さが気に食わないみたいだ。


 そんなしえりを見て、私はほんの少しだけ胸がすっとした。

 デュエルは負けてしまったけど。


 いや、私が負けたのはカードゲームだけじゃない。


 一番大切だったものはもう他人のものになってしまった。

 逆転なんかない。それが私の青春。


 学校が終わっても、私の心に晴れはない。


 ふたりに気を遣っているフリをして、ひとりで家に帰る。

 帰り道まであのふたりを見ていたくなかった。


 いつもは、俯いて地面を見つめ続けるだけの帰り道。


 でもきょうは違った。


 私の前に、お嬢様みたいな恰好をした真っ黒な女が立ちはだかる。


「……何ですか?」

「あなた、人を支配してみたいと思わない?」


「はぁ?」


 いきなり何を言い出すかと思ったら。

 新手の宗教勧誘なのかな。どう考えても危なそうだ。


 走って逃げようとする私に、女は黒いカードを突き出した。


「逃げないで」

「――っ!?」


 体が、動かない!?

 どうして!? 


 女は私の頬をそっと撫でながら囁いた。

 吐息が耳にかかって気持ち悪い。


「私に支配された感想は?」

「ドブに突き落とされた気分」


「ふふっ、良い例えね」


 女は心底愉しそうに体をくねらせながら、こう言った。

 悪魔の囁きのように、魅力的な一言を。


「これを人にできたら、素敵だと思わない?」


「……私に人を支配させたいってこと?」

「察しが良い子は好きよ」


 この女はいったい何がしたいんだろう。

 でも、うかつに逆らうのはまずい。


 ここは大人しく話を聞いてみよう。

 そう……聞くだけだから。


「こんな便利なことができるからには、それ相応の条件があるんでしょ」


「あら、誰にでもできることだから大丈夫よ。“コンキスタドール”っていうカードゲームでこのカードを使って、支配したい人にデュエルで勝てばいいだけだから」


 女はさっきの黒いカードを取り出して見せる。このカードに人を支配する力があるのか。


「じゃあ何であなたはデュエルしてない私を支配できるの?」


「私が強いからよ」

「はあ……」


 すごい適当にはぐらかされた。

 ここまで雑だといっそ清々しい。


「私にそれを渡して、あなたに何の得があるの?」

「べつに……落ち込んでるあなたが可哀想だと思っただけよ?」


「ふーん……」


 怪しいなんて次元じゃない。

 でも私は……悪魔に魂を売った。


「そのカード、頂戴」



 家に帰ってから、すぐに“コンキスタドール”の情報を集めた。

 1回遊んだだけだし詳しく調べた方がいいと思う。


 “コンキスタドール”は人形が描かれたカードを使って戦うゲームで、ダークな世界観で人気らしい。


 カードにされた人形たちは全員デュエルに負けた元人間という設定だ。

 こんな悪趣味なコンセプトだったなんて……これ本当に流行ってるの?


 略称はコンドル。鳥の名前じゃん……。


 ゲームの流れとしては、まず最初にカードを引いてドールカードを場に呼び出して攻撃したり魔法カードを発動したりして相手のHPヒットポイントを削ったら勝ち……っていう感じだったはず。


 あと、コンドルはデュエルするときに一番好きな人形カードを“フェイバリットドール”として側に置けて、その力を借りられるというルールがある。


 あの女からは、貰った黒いカードを“フェイバリットドール”にして勝つのが相手を支配する条件だって聞いた。


 初心者の私が上級者のしえりに勝つのは難しいだろう。

 だから、強いデッキを使わないといけないな……。


 とりあえず色んなサイトに環境トップって書いてあるデッキなら多分強いだろう。


 よし、買いに行こう!


 軽やかなステップでカードショップに駆け込んだ私を待っていたのは、ずらっと並んだカードたちだった。


 え……? どれが何なの?

 カード多すぎじゃない?


 あっ、コンドルのコーナーがあった。

 ん? 構築済みデッキ? これ環境デッキじゃん!


 全部まとめて買えるし買うカードを間違える心配もないしいいな……3万円もするけど。


 でもこれ使って勝てるんなら、安い出費じゃないかな?


 よし買っちゃおう!


 溜めていたお年玉を一気に使ってデッキを手に入れた私は、さっそく家に帰って使い方を覚えた。


 すごく頭を使ったけど、対戦動画とかを見ていたら大体わかった。


 もし負けたとしてもまた対戦してもらえばいいんだし、何回かやっていれば一回くらい勝てるだろう。


 RAINでふたりと明日私の家でデュエルする約束をして、ベッドに潜り込む。

 これで……これで今までの私とはおさらばできる。


 デュエルに勝つだけで、もうあの拷問から解放されるどころか拷問する側になれるなんて最高だ。


 今までずっと耐えてきた。


 友達何人犠牲にしたっていい。いや、むしろ私の幸せために犠牲になってくれるならそれって一番の友情じゃないかな?


 尊い犠牲になったあいつの顔を思い浮かべたら、笑いが込み上げてきた。


 ありがとう!

 彼女を寝取らせてくれたキミのこと、私一生忘れないから!


 修学旅行の前日みたいに、楽しみで全然寝られなかった。

「いやーまさか志乃がコンドル始めてくれるなんて……! もしかして昨日ハマっちゃった?」


「うん……面白かったから」


 純粋に嬉しそうなルカを見て私は心が痛……むどころか笑いを堪えるのに必死だった。


 人生ってこんなに面白かったっけ?

 ありがとうあの女の人! 名前くらい聞いとけばよかった!


「じゃあさっそく対戦しよっか! 先にどっちと対戦したい?」

「昨日のリベンジがしたいから、しえりと対戦しようかな」


「おっけ~! かかってきなよ~!」

「今日は負けないよ」


 計画通り。

 完璧な言い訳を考えてきたかいがあった。


 さあ……闇のゲームの始まりだァ!

 私はフェイバリットドールを表向きにする。


 それを見たしえりが、鼻で笑う。


「ふーん、志乃もそれ持ってんだぁ」

「は?」


 しえりが出したフェイバリットドールは、私のカードとまったく同じものだった。


 ……どういうこと!? なんでしえりがこのカードを持ってるの!?


「志乃もあの変なおばさんから貰ったんでしょ? あの人優しいよねぇ~! おかげでルカがあたしのモノになってくれたんだよ! ね? ルカ~!」


「うん!」


 ルカが元気よく頷く。

 じゃあルカはずっと……ずっと支配されてたの?


 デュエルに負けたせいで……。

 しえりは私がやろうとしたことをルカにやったんだ。


「あなた……倫理観とかないの!?」

「お前が言うなしぃ~! 志乃だってそれ使ってんじゃん!」


 しえりは鬼の首を取ったように私のカードを指差す。

 何も言い返せない。


 でも、それなら心置きなく奪える。

 そっちがその気ならこっちだって……!


「ま、同じ穴のムジナってことで。はじめよっか? デュエル」

「うん……勝てば関係ないしね」


「だよね~! 勝てればだけど……あはっ!」


 こうしてデュエルの火蓋が切って落とされた。


「ていうかコンドルのルールちゃんとわかってんの? まっさか何回もやれば勝てるとか甘っちょろいこと考えてないよねぇ~?」


「相手の嫌がることして、HP0にしたら勝てるんでしょ」

「大体あってるよ。言っとくけど、デッキの枚数がゼロになっても負けだかんね~? カード引きすぎて負けとか間抜けなことしないでよ?」


「ご丁寧にどうも」

「いいっていいって~! 勝ち方は選びたいしぃ~!」


 調子に乗りやがって。

 金の力でねじ伏せてやる!


 私の先攻!

 コンドルの最初の手札は5枚。悪くない手札だ。


 序盤は魔法カードを使ってリソースを稼いでおこう。


「うわっ、ガチデッキじゃん……それめっちゃ高かったでしょ?」

「別にいいよ。勝てるんならね」


「必死すぎでしょ! そんなにルカの事が好きなの? キッショ~!」


 何を言われようが関係ない。私は私のやりたいことをするだけだ。

 さすがは環境デッキ。1ターンで手札が2枚も増えた。


 カードゲームで手札を増やすのはオセロで角を取る事くらい重要だ。

 あればあるほどできることが増えるって対戦動画の人が言ってた。


「いや~3万円かけた甲斐があったよ。ターンエンド」

「そっか、3万円ね……3万……」


 しえりはなにかをこらえるように俯く。

 3万円の重みに押しつぶされそうになっているみたいだ。


「あははははははははっ! そうこなくっちゃ!」


 突然顔を上げてゲラゲラと笑い出すしえり。


 な、何がおかしいんだ……?


「教えてあげる! カードゲームの醍醐味をね! ドロー!」


 しえりは必死に笑いを堪えながらカードを出す。


「このドールちゃんが出た時に、相手の手札が6枚以上あったら5枚になるよう見ずに選んで捨てさせる……さっきあんたがやったことはこれでぜーんぶ水の泡ってわけ~!」


「くっ……!」


 捨てられた手札が墓地に送られてしまう。

 せっかく引いたのに……! 


 しえりらしい陰湿で嫌な手だ。

 だからさっきあんなに笑ってたのか。


「志乃、あんたあたしのデッキが環境メタデッキだってこと知らなかったの? ちょーウケるんだけど~!」


「初心者相手に本気を出すなんて……」


「ええ~何言ってんの? あたしべつにガチ勢じゃないしぃ~! そもそもカードゲームなんて好きじゃないよ? だってこんなのただの紙じゃん!」


 しえりはカードをひらひらとさせながら言う。カードゲーマーの人が聞いたらブチ切れそうだ。


 ていうかそれを言うならお札だってただの紙ってことになるよね……。


「あたしはカードゲームが好きなんじゃなくて、勝つのが好きなだけなんだよ! 負け犬をボロカスにしてこき下ろしてさ……カードゲームはそれができるから楽しいの! あたしをガチ勢って言ったらガチ勢の人怒っちゃうよ?」


「今の聞いてたらもう怒ってるよ!」


 しえり、SNSやらない方がいいよ。

 絶対炎上するから。


 危ない発言にヒヤヒヤさせられつつも、私はまた手札を補充する。


 私のデッキはコストが重くて出しにくいけど強力なドールカードを魔法カードで早めに出すことで有利に立つデッキだ。


 出せれば勝敗が一気に傾くようなカードが、私のデッキにはたくさん入っている。さすが3万円。


「また手札を増やしてきたか……それならもっかいさっきのいってみよ~!」

「嘘でしょ……!?」


 しえりはまた同じカードで手札を捨てさせてくる。2枚も持ってたなんて……!


「さ・ら・に~! このドールちゃんの効果で相手のカードを見て選び、1枚捨てさせるよ~!」


「うわっ……」


 しえりはしっかりとこのデッキで一番重要な魔法カードを選んで捨てた。

 こいつ……人がされたら嫌がることを熟知してる……!


「どんなに強いデッキだろーと、キーカードが無かったらイミないんだよねぇ~!」


「くそっ……」


 このままじゃデッキの強みを発揮できずに負ける。早くなんとかしないと。


 私にターンが返ってくる。

 ドローで引いたカードは……これならいける!


 どうやら私は運命の女神様に愛されているらしい。

 本当に好きな人に好かれなきゃ意味ないんだけどね!


「このカードは出た時に、墓地にある魔法カードの効果を発動することができる」

「へぇ、それなら確かに魔法カードを捨てられたとしても使えるね!」


 よし、これで形勢逆転……。


「この子さえ、いなかったらね? この子の効果、よーく見てみて~?」

「えっ……」


 しえりが指さした場のカードには、『相手は墓地から効果を発動できない』と記されていた。


 これじゃ私が出したカードの効果は使えない!


「あたしは手札を捨てさせた後のこともちゃーんと考えてるんだよねぇ。墓地から効果を使えるカードがあったら捨てさせてもイミないでしょ?」


「この……!」

「バカじゃないの~? 1枚で逆転なんかさせるわけないじゃ~ん!」


 その後も状況をひっくり返そうとしたけど、しえりが的確に必要なカードを捨ててくるうえに相手の行動を縛るようなカードをたくさん使ってくるせいで何もできなくなってしまう。


「あはははっ! やっぱり環境トップを虐めるのは楽しいねえ! でもだんだん暇になってきちゃったな~!」


「あんたが手札捨てまくるからだよ!」

「そんなに怒んないでって~! こわくてあたし泣いちゃう~!」


 わざとらしく泣き真似をするしえり。

 こいつ今すぐ殴りたい。


「あっそうだ! ルカ、あたしの膝においで~!」

「うん!」


「……今はデュエル中でしょ」

「そんなの関係ないしぃ~! ね? ルカ?」


 こいつ……やりやがった……!

 しえりはルカを膝の上に座らせて、べたべたと体を触りはじめた。


「いぇ~い! 志乃ちゃんみってる~?」

「しえり……あんた……っ!」


「あはっ! 羨ましい? 羨ましいよねぇ?」


 ニタニタと愉しそうに笑うしえり。

 こいつ、どんだけ人を馬鹿にすれば気が済むんだ。


「ルカはもうず~っと前からあたしのモノなんだよ? あたしのルカをキモイ目で見ないでくれます~? キモ志乃に攻撃!」


「くっ……」


 私のHPが半分まで削られてしまう。

 でもそんなことより、好きな人が目の前で汚れていくのが許せない。


 ふざけやがって! 

 今まで私がどんだけ苦しんできたと思ってるんだ!


「これで次のターンあたしは勝てるよ志乃ちゃん……カードゲームってほんと楽しいね!」


「………」


「えー無視しないでよ。そんなだからあたしにルカを取られるんだよ? 雑魚なまんまで身の程知らずにあたしに挑んで……。そもそも、直接ルカに仕掛ければまだ勝算があったかもしれないのに。あたしを酷い目にあわせたかったのかな? それとも、あたしを消せばルカが志乃ちゃんのところに来てくれるとでも思ったの?」


「……うるさい。デュエルに集中したら?」


「あははっ! その感じ、あたしの中学んときの雑魚を思い出すよ!」

「中学でもこんなことしてたの?」


「そうだよ? あたしのグループでクラスカーストのてっぺんにいた女がいてね、そいつがいじめをしてたんだけどさ……」


 急に自分語りし始めた。よっぽど暇なんだろう。

 ていうかいじめをさもSNSやってるくらいのノリで言うな。


「いつだったか、いじめられっ子がそいつに復讐したんだよ! そいつがクラスの男子のことストーキングしてるのバラしてさ……すごかったよ? そいついきなりクラスカーストのてっぺんからどん底に叩き落とされたんだもん!」


「………」


「それからそいつはクラス全員からいじめられるようになったの。あたしはそいつと友達ごっこしてあげてたから、あたしにまでいじめられたって知ったあいつの顔はもう……あはははっ! そもそもいじめられっ子にストーカーの証拠渡したのあたしなのにね! ほんっと面白かった!」


「で? それが何なの?」


「自分が強いって思い込んでるヤツを落とすのがいっちばん楽しいってこと! さっきまでの志乃ちゃんみたいにね!」


 性根がひん曲がってやがる……!

 もともと性格悪いんじゃないかって思ってたけど、ここまでだなんて……。


「ルカもさ、あたしなんかよりもずっと可愛いよね……でもルカってば全然ボロ出してくんないんだもん。悔しいよね。ほんとに強い子があたしの前に出てきちゃった」


「まさか、あんた……」


「だからどうしても負けさせてくてさ……しょうがないじゃん! だってルカ強いんだもん! ルカに勝つには支配してあたしのモノにするしかなかったんだよ! そうすれば……そうすれば……ルカが欲しがる奴を……ルカの強さに負けた奴を全員負け犬にできるんだから!」


 そんなことのために、ルカを支配したのか。


 ……絶対に許せない。


「あんたはルカに勝ってなんかない。勝てない勝負から逃げて不意打ちしただけだよ!」


「……は~あ!? 負け犬の分際で何言ってんだぁ!?」


 しえりは青筋を立てて怒鳴った。

 図星を突けたみたいだ。


「ま~だ自分の立場がわかってねえんだなぁ!? バカにもわかるように教えてやんよ……圧倒的な力の差ってヤツをぉ!」


「おー怖い怖い」

「舐めやがって……! ぜってえ後悔させてやるからなァ!」


 もう人格変わってるよ。

 なんていうか……人間性が浅いなあ……。


 しえりは宣言通り、いつでも勝てる状況だったのにも関わらず私の逆転の目を潰しながらドールカードを出し続けた。


 ずらっと展開されたカードたちが私を取り囲む。


 しえりのデッキにはもうカードが2枚しか残っていない。

 ここまでやるなんて……どれだけ力の差を見せつけたかったんだろう。


「これでわかったでしょ? あたしと志乃ちゃんには埋められない差があるってことがさぁ! さて……次のターンでトドメを刺さないとね……」


 しえりは手をひらひらとこちらに向ける。

 さっきまでの余裕を取り戻したみたいだ。


「さあ、志乃ちゃんの番だよ? どうせ何も出来ないだろうしはやくターンエンドしてよ~? 遅延とかしないでよ?」


「……私のターン」


 しえりの言う通り、私に勝ち目はない。

 私の手札はゼロで場にもカードは残っていない。


 次のドローで何が来たとしても、きっと無駄なんだろう。

 でも、諦めたくない。


 こんな奴に負けたって、認めたくない。

 どんな勝ち方でもいい。こいつに勝ちたい。


 勝って、ボロカスにしてこき下ろしたい!


「ドローっ!」

「何引いても無理だって。アニメの主人公じゃないんだからさぁ?」


 嘲笑うしえりを無視して、私はおそるおそる引いたカードを見る。

 私が引いたのは……カードをドローする魔法カード。


 ん? 

 もしかして……このカード……!


「魔法カード発動! お互いはカードを1枚引き、自分の手札を1枚捨てる!」


「あははははっ! 何すんのかと思ったら! あんたの手札にはカードが1枚もないんだから、そのカードを発動しても得るものはなんにもないじゃ~ん! あたしは手札を交換できちゃうけどね! ありがと~!」


 しえりは嬉しそうにデッキからカードを引き、要らないカードを捨てる。

 私はただデッキからカードを墓地に送っただけだ。


 このカードの効果だけで見れば、ね。


「……いや、得るものはあったよ」

「えっなになに~? 言ってごら~ん?」


「私の、勝ちと……し・え・り♡」


 私は手でハートを作りながら、満面の笑みでしえりに言う。

 しえりは私の言ったことの意味がまったく理解できてないみたいだ。


「あんた、何言ってんの? 負けすぎてとうとう頭おかしくなった?」

「しえりが最初にさ、デッキの枚数がゼロになっても負け、って教えてくれたよね?」


 私は1枚だけになってしまったしえりのデッキを指差す。

 コンドルはターンの最初にドローをする。


 つまり次のしえりのターンでデッキが0枚になる。


「……んだよこのクソゲーがぁ!」


 しえりは机をダァン! と叩いて吐き捨てる。


 私はそんなしえりに言ってやった。


「ほら、しえりの番だよ。どうせ負けるんだから早くドローしてよ。遅延とかしないでね?」


「てんめえええええええええええええええええ!!!」


 うわ、凄い表情。

 血管がはち切れそうなくらい浮き出ている。


「ドロォォォォォォォォォォアアァァァァァァァッ!」


 大名行列を邪魔された武士のような勢いでカードを引くしえり。

 これで正真正銘、私の勝ちだ。


「はい、それじゃあ私のモノになってね」


 黒いカードから禍々しい何かが出てしえりの体に入っていく。

 しえりは魂が抜けたように座り込み、少しだけ調子を取り戻して言う。


「……まあ、どうせルカをおもちゃにするのも飽きてたとこだったし……好きにしたら? 見せつけたかったらいくらでも見せつければいいじゃん」


「え? 何の話?」


「だから、あたしからルカを取り返したかったんでしょ」


 しえりは呆れたように言う。

 ああ、この子はまだ自分の立場をわかってないみたいだ。


「なに勘違いしてるの? 私はそんなブスのことなんか興味ないよ?」

「はぁ? あんた何言ってんの!? じゃあ何であたしに……」


「しえりのことが大好きだからだよ?」


 きゃっ。言っちゃった。

 私は恥ずかしくて両手で顔を覆ってしまう。


「い、意味わかんないんだけど!? あたしとルカがイチャついてるときずっとルカのこと見てたじゃん! なんかキモく笑ってたじゃん!」


「ずっと……ずっと羨ましかった……妬ましかった! しえりとイチャイチャできるルカが! ずっとずっとずっと!」


 私はずっと溜め込んでいた想いをしえりにぶつける。


「でも……しえりが幸せならって……笑うしかなかったんだよ……そしたらこんないいもの貰ってさぁ! 使わないわけないよね!」


「じゃ、じゃあデュエルしてるとき怒ってたのって……」


「怒るに決まってるでしょ。どうして私を支配してくれなかったの? どうしてもっとはやく私のモノになってくれなかったの? どうして!?」


 私はルカを蹴り飛ばして、後ずさりするしえりの手を取る。


「ねえ……しえりはあのアバズレ何回触った?」

「は? そんなの数えてるわけ……」


「じゃあまず100回くらい手洗ってきて」

「な、なんで!?」


「手が汚れてるからだよ! 早くして!」

「ひ、ひいっ! か、体が勝手に……!?」


 しえりは操り人形のように洗面所へ向かい、手を洗ってくれた。

 カードの効果はちゃんと発動してるみたいだ。


「あ、洗ったけど……」

「うんうん。いい子いい子~!」


 私はしえりの頭をよしよしと撫でてあげた。さらさらしていていい匂いがする。


 しえりは嫌そうな顔をしながら私に聞いてくる。素直じゃないところもかわいいなあ。


「……ていうかなんであたしのことなんか好きになったの? 好きになるとこなかったでしょ……」


「いやあるよ。顔とか顔とか顔とかさ」

「お前、まさかそれだけで……」


「お前って言わないで! 志乃って呼んで!」

「し、志乃……」


 私がお願いしたら、志乃って……!

 名前で呼んでくれた……!


 感動した私は、もっと……欲張ることにした。もう、我慢なんてしなくていいよね。


「ねえ……しえりん。ちゅーしよ?」

「だ、誰があんたみたいなクソ女と……い、いやあああああああああ!!!」


 私としえりんはそっと唇を重ねた。

 今までの分を上書きするように。


 ああ……幸せ。

 好きな人が恋人だなんて、最高だ。


「ずっと……ずっと一緒にいてね、しえりん♡」


「く、そが……っ」





 HAPPYEND♡






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