第10話 最後のプリクラ
1990年代後半、プリクラは若者たちの間で絶大な人気を誇っていた。手軽に撮影し、思い出として持ち帰れるその小さな写真は、友人同士や恋人たちの間で流行の最先端となっていた。当時のゲームセンターやカラオケには必ずと言っていいほどプリクラ機が設置され、撮影した写真を切り分けて交換したり、専用のアルバムに貼って集めるのが定番だった。学校帰りや休日には多くの若者が列を作り、プリクラで遊ぶのが日常風景となっていた。
***
大学生の真奈もプリクラに熱中していた世代の一人だった。友人と集まればプリクラを撮るのが習慣で、特にお気に入りのポーズやスタンプで写真を盛り上げるのが楽しみだった。そんな彼女がその「噂」を耳にしたのは、友人たちとの何気ない会話の中だった。
「ねえ、○○町にあるゲームセンターに行ったことある?」
真奈の親友である茜がそう言いながらスマホを見せてきた。そこには、古びたゲームセンターの写真が映っていた。
「ここ、なんか変わったプリクラ機があるらしいよ。『撮ると未来が見える』とか、ちょっと面白そうじゃない?」
茜の話に他の友人たちは興味津々だったが、真奈は半信半疑だった。
「未来が見えるプリクラなんて、本当にあるわけないでしょ?」
「でもさ、怖いもの見たさってあるじゃん!試してみるだけでも楽しいかもよ?」
茜がそう言い出すと、友人たちも「行ってみようよ!」と盛り上がり始めた。結局、真奈も押し切られる形でそのゲームセンターに行くことになった。
週末、4人で訪れた○○町のゲームセンターは、噂通り古びていて、他の場所とは少し雰囲気が違った。派手な装飾も少なく、薄暗い照明の中に古いゲーム機が並んでいる。その奥には、目立たない場所にポツンと置かれたプリクラ機があった。
「これ……?」
真奈たちは顔を見合わせた。機械は時代遅れのデザインで、今どきのプリクラ機に比べて明らかに古かった。画面には「夢見るフォトスタジオ」というタイトルが映し出されているが、どこか不気味さを感じさせる文字のフォントと色合いだった。
「まあ、とりあえず撮ってみようよ。」
茜が率先して機械の前に立つと、真奈たちも渋々中に入った。画面の指示に従いながら、4人で笑顔を作ってシャッターを待つ。
「ハイ、チーズ!」
フラッシュが光り、撮影が終わる。画面に出てくる編集用のスタンプや文字入れ機能は、他のプリクラ機とほとんど変わらなかったが、どこか色が薄く、表示がぎこちない。真奈は気味が悪いと思いながらも、編集を終え、プリントが終わるのを待った。
しばらくして出てきた写真を見た茜が、急に声を上げた。
「ちょっと、これ見て!」
写真を覗き込んだ真奈たちは、全員言葉を失った。そこには確かに自分たちの姿が写っていたが、何かがおかしい。笑顔のはずの顔が、どこか歪んで見えるのだ。さらに、真奈の背後には見覚えのない手が映り込んでいた。
茜が持つ写真を、真奈たちはじっと見つめた。写っている自分たちの顔は確かに自分たちのものだが、どこか違和感があった。笑顔でポーズを取っているはずなのに、どの顔も不自然に引きつっているように見える。真奈の背後に映る見覚えのない手は、冷たい感触を写真越しに伝えてくるようだった。
「これ、誰の手……?」
真奈が震える声で言うと、茜も顔を青ざめた。
「他に誰かいたっけ?私たち4人だけだったよね?」
「……ねえ、もう一回撮ってみない?」
他の友人が提案したが、真奈は首を横に振った。
「やめたほうがいい。なんか、嫌な感じがする。」
だが、茜は強引に「次は別のポーズを試そう」と言い、再びプリクラ機の前に立った。仕方なく、真奈たちも撮影に付き合う。
再びフラッシュが光り、写真が印刷されるまでの短い時間、真奈は不安で胸がざわついていた。出てきた写真を手に取ると、真奈はすぐにその異常さに気づいた。
「……なんで?」
写真には4人全員が写っているが、茜の姿だけがぼやけ、顔が判別できないほどに滲んでいた。その隣には、またしても見覚えのない何かが写り込んでいる。今回は、薄暗い影のようなものが真奈たちの後ろに広がっていた。
「これ、本当にヤバいんじゃない?」
友人たちがざわつく中、茜は無理に笑って言った。
「気のせいだよ。プリクラ機が古いから、うまく撮れなかっただけでしょ。」
しかし、その場の空気は明らかに冷たく、重苦しいものに変わっていた。誰もが次に起きる何かを恐れながら、その場を離れた。
ゲームセンターを出ると、真奈は振り返らずに速足で歩いた。だが、背後から誰かに見られているような感覚が消えない。
「絶対にあの機械のせいだ……」
部屋に戻った真奈は、撮影した写真をもう一度確認する気になれず、机の引き出しにしまい込んだ。だがその晩、奇妙な夢を見た。
夢の中で、真奈はあのプリクラ機の前に立っていた。機械の画面には、自分の顔が映っている。だが、その顔が笑っていない。無表情で真奈をじっと見つめている。それだけではない。画面の中の真奈は、徐々に何かに引きずられるように画面の奥へ消えていく。
「助けて……」
そう口を開いた瞬間、真奈は目を覚ました。全身汗で濡れており、息が荒い。夢だと分かっても、不安は収まらない。
翌日、真奈は茜に連絡を取ろうとした。しかし、何度電話をかけても応答がなかった。不安になり、他の友人たちに連絡すると、茜が昨夜から行方不明だという話を聞かされた。
「嘘でしょ……」
その日、真奈はもう一度ゲームセンターを訪れる決心をした。
薄暗いゲームセンターに入ると、プリクラ機は相変わらず奥の目立たない場所にひっそりと置かれていた。真奈は足を進めながら、何か重い空気に飲み込まれるような感覚を覚えた。
プリクラ機に近づくと、突然画面が光った。誰も操作していないのに、撮影画面が立ち上がり、シャッターが切られる。驚いて振り返ると、周囲には誰もいない。
しばらくして、写真がプリントされて出てきた。恐る恐るそれを手に取った真奈は、全身が震えるのを抑えられなかった。
写真には、茜が笑顔で立っていた。しかし、その隣には真奈自身の姿があった。そして、写真の端には、うっすらと影のようなものが茜の肩に手を置いているのが写っていた。
その瞬間、真奈は写真を手から落とし、後ずさった。画面に新たな文字が表示された。
「次はあなた。」
その言葉を見た瞬間、真奈はプリクラ機を背にして走り出した。ゲームセンターを飛び出し、外の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
その後、真奈は二度とそのゲームセンターを訪れることはなかった。だが、夜中になると、自分の部屋にプリクラ機のフラッシュ音が響くような気がする。そして、引き出しの奥にしまい込んだ写真の中で、茜の笑顔が徐々に消えていくのを、真奈は知っていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます