[第一章:フタカとタシカの世界]その1
[不確星アグラーヤ]。
その表面は現在、惑星…というよりこの世界の存在として異常な状態にあった。
広く広がる大地は、多数の山や渓谷などの地形を形作り、草原や森、湖や川などの自然を形成している。そして場所によっては海と隣接し、美しい景観をつくりあげていた。
星は至って普通の、緑ある惑星としての姿を見せている。
しかし、だ。
それはこの星の一部、四割に過ぎない。
では、残り六割はどうなっているのか。火山噴火などで不毛の地となっているのか、地震などで崩壊しているのか、海になっているのか。
…実際はそのどれでもない。
この星の実体は自然と言える範疇ではない。
では具体的にどういう状態なのか。その答えは……透けている、ということだ。
星の表面積の六割は、まるで幻影のように透けて存在している。
大地も、自然も、海も。
そのことごとくは透けており、通常の手段では触れることは叶わない。
そしてそれらは固まってあるわけではなく、世界各地にランダムに、大規模かつ多数あった。
さらには透けた場所は時間と共に変質し、常時変動する歪んだ空間へと変わっている。
開拓時の致命的な失敗により生じた、物理的に不確かで、透けている、まるで宇宙(そら)のような数多くの空間。[幻想森モリ―シャ]と、そう呼ばれる場所が表面積の六割を占めているからこそ、この星は開拓に失敗した不確かな星として、入植せざるを得なかった住人たちに呼ばれているのであった。
…そして、そんな星の一角にある都市に、その部屋はあった。
『……くぅ』
そこは、二階建ての家の、とある一室だ。
ぱっと見、物は多い。入り口の扉の近くには作業机が置かれており、その上には針や糸と言ったものが、絡まった状態で放置されている。
その横には棚があり、四つある引き出しの二段目は、引き出されたまま。
そして、剥き出しになった内部には色とりどりの布を見ることができる。
さらに周囲を見てみれば、大き目のクローゼットがあり、開かれたそこには、幾つかの手作りらしき衣装が確認できる。
その他にも台紙や裁ちばさみ入れ等々…全体的に見て、裁縫や服飾に関わるものが多い。
部屋の持ち主が何を好み、しているのかは非常に分かりやすかった。
…では、その部屋の持ち主は誰なのか。その答えはすぐそこにある。
『…ぁ』
部屋の中、天井近くには一つの人影がある。
目立つのは紫の髪だ。ロングヘアと言えるぐらいの長さの髪は纏められることはなく、周囲に浮かぶように広がっている。
それだけなら、まだそこまでおかしくはなかったかもしれない。
だが、そこにいる存在は明らかに何かがおかしい。
『…くぅ』
浮いているのだ。
その部屋の主である少女は、首から上以外の体に薄い靄のようなものを纏わせ、かつ全裸の体全体を透けさせながら、仰向けで空中に浮遊している。
まるで幽霊のように、だ。
その光景は、窓から朝の陽光が入ることもあって、不思議な印象を見る者に与える。
『…』
陽光がその身を貫通し、透けた体と繋がっているようにも見える靄が、光を反射して輝く。
それによって少し部屋が眩しくなる中、目覚ましのアラーム音と共に、その少女は目を開けた。
『朝…』
アラームが自動停止した後、彼女…良衣美るいは、そう言って視線を入り口とは逆にある窓に向ける。
半分カーテンが開けられたそこからは、陽光に照らされる外の様子を見ることができる。
坂を土台とし、多数の家が並ぶ住宅街と、高さ故にそれらを全て見下ろす形になる塔と棟の集合。
るいは視線を前者から後者へとゆっくり移す。
『…っ』
そして、塔と棟を見たところで悔し気に唇をかむ。ついで体を起こし、彼女は自室を見下ろす。
そうして彼女の視界に真っ先に映ったのは作業机だ。彼女はそれを一瞥し、数秒の間沈黙する。
『…どうしてよ』
沈黙の後の言葉が、静かな部屋に響き、消えていく。
何かに対する何故という問いに対し、今現在は、答えはない。
『……はぁ』
るいは吐息し、入り口の扉…家のリビングに繋がる方を見る。
『そういえば、今日は飲める日だったわ。…補習あるし、早めに…』
実体化しよう。そう言ったるいは空中に浮かんだままの体を動かし、入り口とは逆の方を見る。
そうして彼女の視界に映るのは、窓の左端、カーテン横に置かれた円筒形の物体だ。
るいはそこへ向かって、靄を纏ったままそれこそ幽霊のような軽い動きで近づいていく。
『…制服が入っているはずよね?』
るいはそう言いながら、円筒形の物体を上から見る。
そこに円柱型の穴があり、影になって見えづらいものの、そこには赤い衣服が見える。
彼女はそれにうん、と頷き、
『…さて、と』
円柱型の穴が開いたそこへ、彼女はゆっくりと下りていく。
靄のかかった透けた体。
それが円筒形の物体の中に入ったところで何も起きないように思える。
だが、それは違った。
実体があるものが入ったのならば、ただ狭いところに入っただけに過ぎないだろう。しかし、彼女のような実体のない(厳密にはないわけではないが)…[不確定存在者]にとっては、その物体に入る事には大きな意味があった。
『よっと』
幽霊のような体が完全に円筒形の中へ入り切る。
その際、るいは透けた体が壁に触れないよう、あえて体を縮こませた。
そうしなければ、危ないという事情があるためだ。
『さぁ、服を』
るいが言った直後、円筒形の装置が静かな駆動音と共に動作を開始する。
同時、機械音声が流され始めた。
『…[不確定存在者]確認。算出される[変動範囲値]は…20』
その数字は、るいという少女が[不確定存在者]という存在の中では、比較的安定した体を持つことを示している。
『[電揺]、衣服への通しを開始』
機械がいう[電揺]とは、この世界における多くの機械の動力である。家電や重機、兵器などは全て、この[電揺]によって起動し、動作、駆動する。
それが今、装置内に格納された服へと流されているのだ。
『[電揺]の通し完了。[ユレオサエ]および衣服による膜の形成、変化の抑制を開始します』
僅かに水色の光が漏れ始める。
それと同時に、先ほどまでより少しだけ大きい駆動音が鳴る。
だが、その時間は数秒と言う気にならないほんの僅かな間であり、
「…」
それで、最後の作業を完了するのには十分であった。
「…さて、髪は…まぁ、結ぶのはあとでもいっか」
先ほどまでとは、少しだけ声質の違う声が円筒形の装置の中から聞こえてきた。
十数秒前までは少しだけエコーのようなものがかかっていたが、今の声ははっきりとしており、明確に聞き取れる。
そして、変わったのは声だけではない。
「…お姉ちゃん、多分もう起きてるわよね?」
声とともに、円筒形の装置の円面が左右に割れるように開く。
そこから、るいが姿を現したのだが、その見た目は先ほどとは明確に違った。
まず、靄がない。その存在の不安定さを示す証拠でもある、空間に端が溶けこんでいるようにも見えたそれは、跡形もなく姿を消している。
では、彼女は裸になったのかと言うと、そう言うわけではない。
薄めの肌色を持つ体は、薄めの赤を基調とした制服に包まれている。形としては、首元から覗くインナーと、それを覆う袖のないワンピース型の、大き目のひだが多めにあるスカート。その上に長袖でセーラーカラーの服があり、白いその襟の先には山吹色のスカーフがある。
最後に足首と手首を覆う、艶消しのされた灰色の腕輪がるいという少女を包み、飾っている。
そして、そんな恰好の彼女の体はもう、透けてはいなかった。
先ほどまではなかった実体が今は有り、その体は宙に浮くことはなく、しっかりと地に足を着けている。
その背後にある円筒形の装置。それは、実体がないがゆえに物をすり抜けたり飛んだりできるが、何にも触れることができない[不確定存在者]に、仮初の実体を与える装置だ(厳密にはその機能を持つ物を適切な形で動作させ、装着させるものだ)。
[電揺]が通った服を補助として、腕と足の腕輪…[ユレオサエ]を起点として形作られる膜のようなものがその身を覆い、その膜が外皮替わりとなることで、[不確定存在者]は、時間制限こそあるが、実体を得ることができる。
そうなれば、彼らは透けたままではできない様々なことができるようになるのだった。
…なお、服と[ユレオサエ]によって仮の実体を得た状態の[不確定存在者]のことを、[仮定存在者]と呼称する(ただし、普段使いはされない言葉だ)。
「さて、行こうっと」
言って、装置を背にるいは歩き出す。
まずは自室の入り口に生き、扉を開ける。
そうして姿を現すのは玄関に繋がる廊下だ。左は玄関方面、右の手前側は下への階段と、奥側は上への階段で構成されている。
そして、るいの右斜め前あたりに、目的の扉はある。リビングに入るためのものだ。
彼女はそこへと歩いていく。
「おはよう、お姉ちゃん」
扉を開け、るいは軽く手を上げて中を見る。
すると予想通り、かついつも通りに、リビングには彼女の実姉…良衣美月音の姿があっ
「…?ああ、るい。おはようございます、です」
リビングの中央、小さめの薄型テレビの前には、二人が座って少し余裕ができるぐらいのソファーが存在している。
そこに座っている、黒いボディスーツを纏い、るいと同じように腕と足に[ユレオサエ]を付けた、少し背の大きい女性こそが月音である。るいは、そんな彼女と共に、一年前からこの家に…ひいてはこの都市、[フォレスト・アラヤ]に住んでいるのであった。
「今日は少し早いですね?」
月音は手に飲み物の入ったコップを持って、それまで見ていたテレビから目を離して言う。
「まぁね。…補習あるから…」
歯切れ悪くるいは言う。
彼女はこの都市にある[フォレスト・アラヤ]総合学園に通っているのだが、最近とある理由から成績は下降気味だ。
その結果、直近のテストでほとんどの科目で赤点かそれに近い点数を取っており、連休の日にも学校へ、補習に呼び出されているのだった。
お世辞にも褒められるようなことではないし、その自覚も一応あるので、歯切れは悪い。
(…それに、考えるとあの声と顔が…)
そう内心でるいの頭の中に、聞き覚えのある声と顔が浮かび上がってくる。
幻聴以下の思い出しでこそあるが、それに彼女は少しイラっと来て、顔をしかめた。
(ラピラリ…このままじゃ終わらせないわよ…)
などととるいが思っている間に、月音は納得した様子で頷き、るいはソファの方に歩いていく。
「あ、るいの分のミルクティー、そっちに有るのでとってください」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
リビングには廊下側から見て、入り口の右側に小さなキッチンと、その前に皿を置けるスペースがある。その端、入り口からすぐのところに、湯気を見せるコップが置いてあった。
るいはそれを取り、両手で持ちながらソファーに歩いていき、座った。
「あ、おいしい」
「ならよかったです。るいのために丁寧に、素材から選んで淹れましたから」
「そうなんだ。ありがと」
るいは少し笑っていい、ミルクティーを飲んだ。
柔らかい味わいで、非常においしい。
姉の愛情が伝わってくるようだと、るいは思った。
『…こちらは[フィル・アラヤ]、中央区です』
「…?」
ふと、テレビ画面上の赤いテロップがるいの目に留まる。
(何か事件…?)
そう思い、るいは流れてきたニュースを見る。
そこでは確かに、[フォレスト・アラヤ]とは違う都市で起きているある事件が報道されていた。
それは…。
『我々は要求する![不確定存在者]への優遇の撤廃を、だ![不確定存在者]は俺たち実体ある自然な存在、[確定存在者]とは違う![ユレオサエ]がなければなにもできはしない!社会の役に立たん、邪魔なものだ!』
「……」
『しかも一部の連中…[幻影魔女]は好き放題迷惑をかけやがる!そんな[不確定存在者]を、何故優遇する!?そんな必要はない!』
『そうだそうだ!』
『[不確定存在者]の優遇を排し、別のことに公金を使えー!』
『金の無駄だー!』
暴動だ。
[ユレオサエ]をつけていない…つまりはるいや月音のような[不確定存在者]ではない者たちが、現地の市役所に殴り込みをかけているのだ。
多数の攻撃的なメッセージの書かれたカードなどを掲げ、彼らは主張をしている。
中には、[不確定存在者]を殺せ、という過激に過ぎる文言が書かれた物すらある。内容の統一感はあまりない。我々と発言している者はいるが、実体は[不確定存在者]関連のことで不満がある者たちがただ大量に集まっているだけのようだった。
それを画面越しに見て、月音は顔をしかめる。
「…どこにでも過激派はいるものですね」
そう言う彼女は言った後、るいの方を見る。
「大丈夫ですか?るい」
「まぁ、ね。あんまりいい気持ちはしないけど」
心配げな姉の言葉に、るいは頷いて答える。
(ほんと、一部は嫌いよね。私たちのこと…)
そうるいが思っていると、月音が言う。
「…この星に入植してからずいぶん経つのですが…中々、解決しませんね。[確定存在者]の、[不確定存在者]差別、弾圧などは…」
「…ほんとね」
この[不確星アグラーヤ]では、[幻想森モリ―シャ]と違って実体ある大地、[確地アリーヤ]に都市を築いている。
そして、[フォレスト・アラヤ]も含め、[結界都市アラヤ]と呼ばれるそれらでは、実体ある存在[確定存在者]と、実体なき存在[不確定存在者]が共に存在していた。
だが、共存が上手くできている、というわけではない。[不確定存在者]の、支援と配慮、それに伴う獏大な資金を要する複数の性質、なにより[不確定存在者]の中にいる[幻影魔女]という危険な者たちの存在から、[確定存在者]の四割ほどは[不確定存在者]を毛嫌いし、差別に等しい見方をしている者すらいた。
個々人、地域によってその度合いは大きく異なるが、[不確定存在者]への偏見、差別はどこかにはあり、それに由来する事件などが多いのが、この星の現状だ。
しかし、この[フォレスト・アラヤ]は、少なくとも住人たちにそう言う意識は比較的薄い。安全な方と言えるのだ。故にこそ、るいと月音は一部の[確定存在者]たちの悪意から逃れ、この都市に一年前にやってきて、ここまで一応平和に暮らしているのだった。
以前の都市では、[不確定存在者]嫌いの過激派によって命を狙われこともあったので。
「…チャンネル変えますね」
言って月音はテレビに有線で接続されたコントローラーを押してチャンネルを変える。
…本来、技術的には無線でのコントローラーは容易に作れるのだが、[不確定存在者]はその性質から、無線のものに使われている技術([通波]という)が体に良くない。そのため、配慮がきちんとなされているここのような場所では、有線のものを使うことが常識だ。
それは、他より[不確定存在者]が多い、この都市全体に言えることであり、彼らへの配慮から通信機器は都市外周の交信用施設以外にはほとんどなく、代わりに有線の電話ボックスが都市内には複数配置されていた。テレビも個々の受信ではなく、地下ケーブル経由で都市外周部の受信施設から映像を送り、再生する形をとっていた。
「…こっちも事件。…って、[UCEE]の大規模テロが起こってます、ね」
「…ええ、また?」
[UCEE]は反[不確定存在者]の勢力の中でも、暴動を起こす者たちよりもさらに過激な者たちの総称だ。
公的書類や学術書など、硬いものに使われる、一般的に使用されている単語ではなかったが、月音は職業柄、その単語を知っており、つい日常的に使っている。
それに影響され、るいも使いこそしないが、意味は理解しているのだった。
「…ようやく平和なニュースが」
五チャンネルほど変え、ようやく落ち着いた内容の番組に代わる。
内容は、[不確定存在者]のための服をつくる、クリエイターのインタビューだ。
朝方にやるには少しずれた内容ともいえ、大抵のものなら特に関心を示すこともなく、チャンネルをすぐ変えるところだった。
…が。
「…。るい…」
月音は申し訳なさそうにるいを見る。
その視線を受ける彼女は、
「…はぁ」
思わずため息を漏らさずにはいられなかった。
(ああ。ああいう風になりたいのに…私の力ならなれるはずのに…どうして、どうしてよ)
思い出されるのは、自室においてある衣装。
そして、先日貰った自分の作品への評価だった。
(私はB-なのに…ラピラリは…)
るいが目指していること。
それは、今テレビで映っているような、[不確定存在者]のための服を作る、クリエイターになることであった。
だが、現実は上手くいかない。現在の学校の、[不確定存在者]用の服を作ることを目的とする、特殊服飾学科に転向した初期は、高評価をとっていた。
しかし、現在は提出物の評価は下から二番目のCとB-をずっとうろついている状態で、お世辞にもうまくいっているとは言い難い。
だが、るいにはそうなる理由が分からなかった。
(私の作品は、いいはずなのに。テレビでやってるのとおんなじぐらい…)
確かに、その質は一見すると高い。単純な縫製技術だけなら、プロに迫る部分があるだろう。
にも関わらず、評価は出ない。根本的な問題が、彼女には足りないものがあると言われるが、るいにはそれが分からない。
答えが出ないから停滞してしまう。
その一方で、最初は歯牙にもかけなかった同級生の一人は、るいと違って順調に評価を上げ、ついには彼女を追い抜いていった。そのことに、プライドの高い彼女は相当な敗北感を味わい、余計に悩んでいた。そしてその悩みが、彼女の成績を下げている最大の原因であった。
「…むぐぐ」
るいはそのことを思い出し、歯ぎしりをするのであった。
「ごめんなさい、です。るい…」
そう言ってテレビを消す姉に、るいは首を横に振る。
「い、いいのよ、お姉ちゃん。偶然だしね。…」
姉に悪意があるわけではないのは十分わかっているので、怒ったりはせず、ミルクティーを飲み切っていたこともあって、るいは立ち上がる。
「…怒ってない、です?」
すぐに立ち上がったことで怒ったと誤解したのか、月音はそう言ってくる。
それにるいは再び首を横に振る。
「ほんとに怒ってないのよ。ただ…ちょっとラピラリを連想して…あんの煽り顔、ほんとイラつくわ…」
「ああ、なるほど」
納得した様子で月音は言う。彼女はるいとラピラリ…例の追い抜いてきた同級生との関係性はよく知っている。
そのため、ほっと胸をなでおろすのだった。
…と、そのときだ。
『るっ、いぃ~!どうしたんですのぉ~!補習ですわよねぇ?今日バスが休日運航で早いの、分かってるんですのぉ~?』
「…な、ラピラリ…また煽りにきたわね…!」
彼女はここ最近特になのだが、るいを高頻度で煽りに来ている。
ついに、自分に関係のない補習の日にまで煽るためにわざわざやってきたのだろうか。
そう思い、るいはイラっとする。
が。
「…あれ、るい。そういえば今日、ラピラリちゃんの言う通り、確かにバスが早いですけど…」
「え?」
真顔になって、るいは月音を見る。そして、頭の中で今日は何日の何曜日か、学校に向かうバスが何時なのかを頭をフル回転させて思い出す。
「…あ、不味い…」
急速にるいの顔は青くなっていく。
今日は本来休日であり、バスの運行時間は平日とは少し違う。
少し来る時間が早く、次までの間隔が長いのだ。
せっかく早く起きてはきたが、今日のダイヤに限ってそれは、意味がない。加えて、悠長にテレビを見ていられるほどの時間を作るものでもなかった。
ならば、それが意味することは何か。
答えは一つである。
「…い、急がないと…!」
即行かなければ遅刻である。元から余裕を持って言っているというわけでもない以上、直近の一本を逃すことは遅刻に直結するのだ。
「コップは私が洗っておきますよー」
「ありがとうお姉ちゃん!」
気を利かせて月音に礼を言い、るいは慌てて荷物を取りに行く。
幸い、荷物は昨夜の時点でまとめてあった。それをとり、すぐ目の前にあるバス停にさえ行けばいい。
「…ラピラリに教えられるなんて…」
(悔しくてむかつく…!)
何分ありがたい内容で、かつ自分のミスを露わにするものであったがゆえに、プライドの高い彼女には、余計に屈辱的であった。
「準備完了っ、行ってきます!」
準備を完了したるいは玄関に転がり込み、高速で靴を履き、家を出る。
背後から聞こえる姉の見送りの声に、うんと返事しつつ、るいは家の目の前の道路へ着地。やや急な坂になっているそこで立ち上がる。
と、そこへ声がかかった。
「るっ、いい~!出てきましたわねぇ?」
声の発生源は坂の上側、かつるいのすぐそばだ。
彼女は、少し煽るような雰囲気を感じる声の主の方を見る。
そこに立っているのは、彼女と同じくらいの身長の少女だ。
目立つのはルビーのような髪と目も持つ若干童顔の顔で、その下の体は白を基調に、端に赤色を差し込んだ、浴衣のようにも見える改造セーラー服と短い袴風のプリーツスカートに包まれている。
そんな独自の改造制服を着る彼女、るいの同級生であるラピラリは、顔をにやけさせてるいを見る。
「おやなにを悔しそうに?わたくしに指摘されなかったら危なかったことですの?」
「そうよ!ありがたいしありがとうだけどムカつくのよ!っていうかなんで来たのよ!?」
「それは後ですわ」
一度言葉を切り、ラピラリは坂の上の方を指さす。
その先にはバス停があり、今まさにそこへ停車しようとしているバスがあった。
「…あ!」
「行きますわよ?」
「分かってるわよ!」
ラピラリの言葉に半ば被せていい、るいは全力疾走を開始。
既に走り出しているラピラリに負けるのが、嫌であるために。
「さて。こちらも始めます、です」
るいがいなくなった家で、コップを洗い終わった月音は呟く。
「…仕事を」
その足元には、黒光りする四つの装甲があった。そしてその内側にはあるものがある。
ムーンセイバー。そんな字が刻印された刃が。
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