るい、フタカコロモ
結芽月
プロローグ
そこには、炎があった。
そこには、破壊があった。
そこには…一人の少女がいた。
「…っ」
あたりには炎上する建物、逃げ回る住人。そして、体が透けた者たちがいる。
絶え間なく爆発の音が響き、瓦礫が飛来する中、少女はただ走る。
向かう場所はたった一つ。
眼前に見える、灰色の巨大な人型のいる場所だ。
「……」
彼女はある者の名を呼ぶ。そして、その胸元には、抱え込まれた一つの袋があった。
中身があるのか、少し膨らんだ紙製のものが。
彼女はそれを抱え、必死に走っていく。
今は確かな形を持つ体で、大地を踏みしめていく。
「…」
ただ、向かうだけなら今のような体である必要はない。
他の透けた者たちと同じように、不確かな体を持つ存在、[不確定存在者]として宙を飛んでいけばよい。
だが、それではいけないのだ。
何物にも触れられないその体では、今持つものを持ってはいけない。
約束の、今までで最高の作品を持ってはいけない。
だから、服が必要だった。腕と足首の輪と共にすることで、その身の過剰な変化を押さえ、確かな形を得るために。
そして彼女は仮の確かな体を持つ存在、[仮定存在者]としてその地、[フォレスト・アラヤ]を走る。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
空より叫びが聞こえる。
見上げれば二つの月。その下には二つの影が見える。作り物の翼を広げ、己の二振りの得物を幾度となくぶつけ合わせる者たちのものだ。
走る彼女を含め、その他の者たちを守ろうとする側。
走る彼女を含めた、通常は透けている者たちを排除しようとする側。
二つの存在はぶつかり続ける。
そして、それとは別に、都市に破壊を振りまく者が存在した。
「…私は」
少女は前を、前方をしっかりと見なおす。
その先にいる巨大な人型…今は廃ビルと一つとなって暴れる、彼女の大事な相手を。
「…あなたがいたから、気づけた」
人型は暴れる。
とりつくもの、[幻影魔女]としての力をいかんなく発揮し、しかし自身を制御できず、感情の赴くままに、破壊をまき散らす。
己を消し去ろうとする者たちを避けようとして、ただ続ける。
その中を、少女は走る。
「…あなたが手伝ってくれたから、私はつくれた」
彼女は想う。
「…あなたがいたから、止まっていた足を、進められた」
月下で、二つの斬撃が重なる。
それを踏めた全てを、頭に電球がある女性は、高い塔より心配げに見守る。
「…あなたが…いたから」
透けた女性は、怪しく笑う。
「…あなたに、謝りたい」
少女の胸に抱かれた袋が、両腕に締め付けられる。
「…それで…これを、ちゃんと贈りたい。…だから…!」
彼女は…[不確定存在者]の一人、良衣美(いいみ)るいは、ただ走る。
大事な彼女の下へ。
初めて誰かを想い、のためにつくった、一つの服を持って。
偏見と差別、破壊と守り、悪意と心配、不安と恐怖の渦巻く都市の中、必死に。
「……私は…!」
▽―▽
そこは、開拓時の失敗により、確かなものと不確かなものが混ざり合い、共存する星。
[不確星アグラーヤ]である。
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