第3話
――セレスとカサルの会話――
「ありがとうございますカサル様、本当にマリアの事を婚約破棄してくださったのですね!」
「当然だとも。僕と君とを結びつけるものは間違いなく真実の愛であるのだから、それを拒む理由などない」
どこまでもうれしそうな様子でそう言葉を発するカサル。
彼はそのまま、マリアを追放したことによる副次効果を付け加える。
「いいかいセレス、僕はやろうと思えば君とマリアの二人を婚約者としておくことだってできたんだ。しかし僕はあえてその選択を行わず、君との関係だけを選ぶことを決めた。その理由を、分かってくれるかい?」
「分からないですわ、ちゃんと言葉にして言っていただかないと…♪」
明らかに分かっている雰囲気を醸し出しながらも、カサルとの距離をより縮めるためにそう言葉を発するセレス。
カサルはそんな彼女の雰囲気にますます気を良くしながら、こう言葉を続けた。
「仕方ないなぁ…。それじゃ言うよ。セレス、僕は持っていた婚約関係を手放してでも君との関係を実現したかったんだ。それくらいに一途に君の事を想っている。僕の思いは本物だ。他の何者にも代えがたい」
「♪♪♪」
カサルの言葉がうれしかったのか、それとも計画通りだからなのか、非常にうれしそうな表情を浮かべつつセレスはその両手をカサルの首もとまで回し、自身の体を密着させる。
厳かな雰囲気気を醸し出すこの王室には現在二人しかおらず、その愛の営みを邪魔する者はどこにもいない。
くしくもつい先日マリアに対して婚約破棄を言い放ったその場において、本来彼女に向けられるべきはずだった言葉をカサルはそのままセレスに向けてつぶやく。
「僕と一緒になってほしい、セレス。僕との婚約関係、受け入れてくれるね?」
「はい、もちろんです♪断る理由がありませんもの♪」
違いの思いを確認しながら、その体をより密着させていく二人。
そこにそれ以外の感情が混じっているということに、互いに気づかないまま…。
――王宮での会話――
「おいおい聞いたか?カサル第一王子様、婚約者を乗り換えることにしたんだってよ…」
「はぁ?そんなわけないだろ。だってマリア様あんなにカサル様の事を想って尽くしてこられていたじゃないか。それをそんな一方的に切り捨てるはずが…」
「いやそれが、本当の事らしい。見張りの憲兵が言ってたんだが、1人で王宮を後にしていくマリア様の姿を見たっていうんだよ。それで詳しく状況を聞いてみたら、やっぱりカサル様が何か言ったらしくって、それで二人は婚約関係を終わりにすることになったんだとかなんとか…」
「そ、そんなのあるのか…。俺からしてみればマリア様は、これ以上ないくらい理想的な第一王子夫人になったと思うのに…」
カサルとマリアがそれぞれの体を重ねていた裏で、王宮内ではなにやらいろいろな会話が繰り広げられていた。
そこにはそれこそ大小さまざまな噂話が入り乱れてはいるものの、その大部分はカサルとマリアの関係に関するもの、次いでカサルの浮気に関するものであった。
「カサル様は誰と浮気したんだ??第一王子ともあろうお方が婚約者を放って不貞行為に走ったなんて、これ以上ないくらいの大スキャンダルだと思うんだが…」
「その通りだとも…。これは使用人の女から聞いた話だが、もうすでにカサル様には自分が認める新しい婚約者がいるって話だ。その相手がたぶん、浮気した相手なんだろうな…」
「おいおい…。こりゃまずいことになるんじゃないのか…」
カサルは自分とセレスに関する話は全てシャットアウトできているつもりでいた。
しかし現実にはこうして彼らの周りの人物に話は広まってしまって行っており、どうにも制御の効く状態ではなかった。
そしてさらに、話は次の段階へとヒートアップしていく…。
「まさか、もう子供ができてるとか言うんじゃないだろうな…?第一王子ともあろう人間が婚前に子どもをもつなんて、この国の歴史上前代未聞の事だぞ!?」
「あぁ…。もしもその事が国民に知れてしまったら大問題になるだろうな…。だからカサル様はまだ何も言っていないのかもしれないが…」
「何も言っていなくても、どうせすぐに話は出回る…。貴族の連中が情報を手に入れるのだってもう時間の問題だろう…。カサル様の浮気相手がどこのだれかはまだ知らないが、よっぽど政治的に力を持つ人物でないとこのリスクには釣り合わないぞ…?」
「だからたぶん、隣国の令嬢や王族令嬢ではないかと噂されている…。まさかそこらの幼馴染であるはずはないからな」
「それはそうだろうが…。はぁ、こんなに仕事を増やされてしまうこっちの身にもなってもらいたいものだぜ…」
まだカサルの新しい婚約相手の話が出ていないからこそ、その予想はヒートアップしていく。
しかし、その正体が彼らにとって最も恐れる存在であるセレスであったということが明らかになった時、王宮の人々はいったいどのような反応を見せるのか、そこまで想像することが二人には全くできていなかったのだった…。
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