ふたりのはじまりの日

春渡夏歩(はるとなほ)

聖夜に

 走る!!


 とにかく……走れ! 走れ! 走れ!


 脚を前に出せ!


 よりによって今日という日に、こんな時に限って、全くついてない!

 

 前から、今日だけはバイトに休みを入れてたのに、特別手当を出すからと店長に拝み倒されて、夕方までのシフトだから大丈夫、間に合うだろうというのが甘かった。


 店を出たら、自転車の後輪の空気が抜けていて、ペッタンコ。

 待てども待てども、バスは来ない。

 ようやく駅に着いたら、電車が遅れて大混乱。


 神様、最近のオレ、何かやらかしたでしょうか。これは何かの罰ゲーム?


 クソ、クソ、クソっ!


 クリスマスのイルミネーションを一緒に見ようねって、いちばんでかいツリーの下で待ち合わせにした。


 こんな寒い日に外で待ち合わせなんていう約束、しなければ良かった。

 まさかずっとその場所で待っていたりはしないよな。近くのカフェにでもいて欲しい……。


 とにかく、走る!

 息苦しくなって、走りながらマフラーの首元をゆるめた。


「手編みの物をあげるのって、もらう人には重いから、勇気がいるんだけど」


 恥ずかしそうに渡してくれた。

 そんなの嬉しいに決まってるじゃないかぁ。だって、オレのためだけに編んでくれたんだよ。


 ◇


 イルミネーションが見えてきて、恋人どうしと思われる人達が増えてきた。


 ツリーの下、見つけられるだろうか。


 ……いた!


「きぃちゃん!!」


 思わず、でかい声が出てしまった。周りの数人が驚いた顔でふりむいたが、かまうもんか。


「ユウさん!」

 こちらに気がついて、手を振る彼女。

 近くで見ると、鼻の頭と頬が赤い。外にいたんだな、きっと。


 駆け寄った勢いが止められずに、抱きついてしまった。

 よろめいたきぃちゃんをこれ幸いと、そのままギューッとハグする。


「あ、あの、ユウさん?」

 腕の中から、戸惑う声がする。


 オレ達は幼馴染で、子供の頃は一緒に風呂に入った中だけど、いつから、お互いを意識するようになったのだろう。


 実はこれが、大きくなってから初めてのハグ……。

頬を寄せると、冷たい頬。


「待たせて、ごめん! きぃちゃん、誕生日おめでとう。そして、メリークリスマス」


「ユウさんは私のサンタさんみたいね。メリークリスマス。待つのは平気。待ってる間、ずっとユウさんのことを想っていられたから」


 ああ……。君のことが好きだ。


 ◇


 いつか自分の家の庭木に、クリスマスの飾り付けをするのが夢だと語った彼女。

 将来、とある場所で、その家と庭にふたりとも一目惚れしてしまい、そこで暮らす日が来るとは、このときは想像もできないのだけど。


 聖なる夜、この日がふたりのはじまりの日。


 …… メリークリスマス。

 


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ふたりのはじまりの日 春渡夏歩(はるとなほ) @harutonaho

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