婚約破棄されたので結婚してさしあげます

ロゼ

第1話

「レイチェル・ブロイライン! 貴様との婚約を破棄する!」


 パーティー会場内に私の婚約者であるサミュエル・バークレーの声が高らかに響き渡った。


「理由をお聞かせいただけますか?」


 レイチェル・ブロイラインとは私のことだ。


 今、私は学校の卒業パーティーの場で、最愛の婚約者に婚約破棄を突き付けられている。


 婚約者であるサミュエル様はこの国の第一王子であり、七年もの間婚約関係にある人物。


 その隣には男爵家に引き取られた元平民で、今でも微塵も貴族らしさのない令嬢、アミュレナ・コリンが胸を押し付けるようにピッタリと張り付いて、なぜか涙目で私を見て怯える素振りを見せている。


 そしてサミュエル様とアミュレナの背後に彼の将来の重臣となるだろう三人が立ち並んでおり、こちらを睨み付けている。


「理由だと? 白々しい! 貴様はこのアミュレナに醜い嫉妬心を抱き、抵抗も出来ないアミュレナに非道な行いをしてきただろう! 調べはついている!」


 どんな調べをすればそれが真実として伝わるのかは分からないが、私は誓ってアミュレナに非道な行いなどしていない。


 むしろ徹底的に避けていたし、クラスも違ったため顔を合わせることもなく、会話すらしたことがない。


 だけど……。


「全く身に覚えがございませんが、婚約破棄は謹んでお受けいたします」


 そう言って彼の母親である王妃様直伝のカーテシーを披露し、ニコリと微笑んで会場を後にした。


「これで終わったのよね?」


 確実に終わった保証がないため内心ではまだまだ不安が大きいのだが、今は信じるしかない。


 パーティーが始まる前に言われていた裏庭の四阿まで来てため息を吐いた。


◇◆◇◆◇


「サミュエル様ぁ……私、怖かったですぅ」


 レイチェルが去った後、アミュレナが私に大袈裟なほど怯えた顔をして甘い声を出した。


 その瞬間、今まで全身にまとわりついていたものがパンッと弾けて消えるような感覚がして、ようやく私は私の意思で言葉を発せられるようになった。


「終わった……」


 私の後ろに控えていたライル、モルジュ、パトリックも私を見て大きく頷いている。


「アミュレナ嬢……いや、アミュレナ・コリン。お前が私達に呪いをかけたことは分かっている」


「え?」


 返ってくるであろうと予想していた言葉とは全く違うことを言われたからか、アミュレナは目を丸くして私を見上げている。


「この呪いが婚約破棄をするまで解けないこともな」


「え? ま、待って、待ってください」


「呪器はそれだな?」


 アミュレナの腕にはめられている少し禍々しさのある古びた腕輪を指さすと、彼女はとっさに腕輪を隠すように腕を背後に回したが、その腕をモルジュがしっかりとつかみ上げた。


「い、痛い! 痛い!」


 モルジュに腕をひねるようにつかまれているようでアミュレナが甲高い声で騒いでいる。


「連れて行け!」


 会場の外に待機させていた兵達にアミュレナを引き渡し、私達四人は事後処理を済ませるとこれまで耐え忍んで待ってくれていた愛しい婚約者の元へと急いだ。


◇◆◇◆◇


「私は呪われたようだ」


 そうサミュエル様に告げられたのは最終学年に上がってすぐのことだった。


「呪い? どうしてサミュエル様が?! どんな呪いなのですか?! 命の危険がおありなのですか?!」


 突然告げられた不吉な言葉に私の目からは涙が溢れていたのだが、サミュエル様はその涙を優しく拭ってくださった。


「言動を操られる呪い、といえば分かりやすいかもしれないな」


 苦々しい顔でそう言ったサミュエル様は、その昔、王家で起きた悲劇を話してくださった。


 今から八十五年前、一人の女性が現れ、王族や高位家族の令息を巻き込んで事件を起こした。


 平民として育ったが、子爵家の婚外子だったため急遽引き取られたというその女性は、私達が通う歴史あるプレコルア学校に入学し、当時まだ王子だった後の先々代国王である殿下とその側近の令息達に近付き、その者達を惑わしたのだという。


 そして、卒業パーティーで大規模な断罪劇を演じ、殿下と側近達の婚約者であった令嬢達はみな国外追放を言い渡された。


 その後数時間から数日して我に返った殿下達は国外追放した婚約者達を探し出すと同時に自分達の身に起きたことを調べ、原因が子爵令嬢にあることを突き止めたのだが、彼女は投獄された牢の中から忽然と姿を消したのだそうだ。


「その女が何者だったのか判明したわけではないが、彼女が使った呪器は見つかった」


 その呪器と同じとしか思えない腕輪をした男爵令嬢が学校に途中入学してきて以来、学校内での自分の言動が自分の意思とは反しているのだと言うサミュエル様。


「王家としてはこの八十五年、何もしてこなかったわけではないのだが……」


 その昔、魔力や魔法というものがあったといわれる太古の時代に使われていて、魔道具の一つとして生み出された魔道呪器。


 今では現存するものはほぼないと一般的に広くいわれている呪器だが、実際には時折発見され、このように悪用されている。


「太古に造られた王宮は呪器が利かない魔法印が使われているため影響を受けないが、私だけではなくライル達も呪いにかかっているため私だけが引きこもっていればいいという話でもない」


「解呪方法はないのですか?」


「即座に解呪する方法は見つかっていない」


「では、一生そのままなのですか?」


「解呪は不可能だが、呪いが解けるタイミングは把握している……」


「それは、いつ?」


 ここまで聞いた私に、サミュエル様は苦しそうな顔をして大きく息を吐いた。


「呪器の思惑通りことが運んだ時に……君を断罪し、婚約破棄を宣言した瞬間に呪いは解けるのだ」


 婚約破棄という言葉に胸が激しく痛み、心臓がバクバクと嫌な音を立て始めた。


「私は呪いを受け入れるつもりだ……そのせいで君には苦労をかけてしまうと思う……だが、君を愛している気持ちに偽りはない」


「……ですが、私は婚約破棄されてしまうのですよね?」


「操られてそう仕向けられるが、私は婚約破棄をするつもりはない。意に反して口にしてしまうが、正式なものではないため即刻無効になる。すまない」


 深々と頭を下げるサミュエル様。


「私もサミュエル様を愛しております……ですので信じてお待ちしております」


 そう伝えるだけで精一杯だった。


 それからのサミュエル様達は学校に行くとまるで引き寄せられるようにアミュレナの元へと赴き、虚ろな目ではあったが仲睦まじく過ごされていた。


 私は彼女とは関わらないようにし、ライル様達の婚約者の方々と励まし合い、城に行くとサミュエル様に連日謝罪されながら甘やかされ、今日のこの日を迎えたというわけだ。


 散々仲睦まじく過ごす姿を見てきたため、不安がないわけではないけれど、信じると決め、待っていると伝えたのだからそうする他ない。


 震えそうな体を自分で抱きしめながらサミュエル様が来るのを待っていた。


◇◆◇◆◇


「おやおや、お偉いさんがこんなとこに何の用だい?」


 町外れの荒屋の奥に余裕な笑みを浮かべて座る女を睨みつけた。


「おお、怖い怖い。女にそんな視線を投げるなんてどんな教育を受けてきたんだい?」


 からかうような口ぶりが癪に障るがまだその時ではないため我慢した。


「お前がこの腕輪をアミュレナに売ったのだな?」


「その腕輪かい? うーん、どうだったかねー? 売った気もするし、そうじゃない気もするし。そもそもアミュレナって誰だい? 知らないねぇ」


 人を小馬鹿にしたような態度をしているが、そうしていられるのも今のうちだけだとは思ってもいないだろう。


 女の足元に光が走ったのを合図に、兵士達が小屋になだれ込んだ。


「な、何を!」


「魔法使いには魔道具で対応するのが礼儀だと思ってな」


 魔道具や呪器は魔力を持たなくなり魔法も使えなくなった人間にとっては凶悪すぎる道具と成り果てたため、現存している物はないと広く伝えてはあるが、実際には各国々の王家で保存されており、研究もされている。


 我が国は他国よりも多くの魔道具や呪器を保存し研究しており、その中に「魔法無効化捕縛」という魔道具が存在していたため、慎重に慎重を期してこの度使用することとなった。


「これって、私が作った魔道具?!」


 どうやらその魔道具に覚えがあったらしい魔女は光の中でガクッと膝を落とした。


 この魔道具は布陣の紙と手錠がセットになっており、逃げ出さないように魔力を無効化させその場に縛り付けた後、きちんと連行出来るように魔力無効化の手錠をはめるのだ。


 城の地下牢に手錠を付けられたままの魔女は「カスケーニャ」と名乗った。


 太古の昔、世界一の大魔法使いと呼ばれた者の名と同じであり、本人が言うには同一人物らしい。


「死にたくも老いたくもなかったからね、自分に不老不死の魔法をかけたのさ」


 大魔法使いと讃えられ、歴史に名を残している者の末路がこれとは片腹痛い。


「でもおかしくないかい? 私の魔道具は完璧だった。完璧にあんたらは心まで魅力されるはずだった。なのに婚約破棄を告げた瞬間解呪されるなんて」


 カスケーニャに教えてやる義理はない。


 王族にはまれに、魔法は使えないが、特定の魔法が一切利かない者が生まれてくる。


「ギフト」と呼ばれるその能力は秘密にされており、王家の者とほんの一握りの者達しか知らない。


 私はそのギフトを持って生まれ、歴代のギフト所持者の中でも力が強いといわれている。


 私の所持しているギフトは「魅了無効化」。


 今回のこの事件におあつらえ向きのギフトであり、私のそばにいる限りその恩恵を受けられるため、私は常にライル達をそばに置いていた。


 言動こそ操られてしまったが、ギフトのおかげで心を操られることはなかったし、こうしてカスケーニャを捕らえることもできた。


 あの呪器は呪いが発動している時に無理に外そうとすると爆発してしまうという仕掛けが施されており、そうなると周囲まで巻き込んでの大惨事になりかねなかった。


 そして何よりアミュレナにはカスケーニャのことを聞かねばなかったため、私達は解呪されるその時まで耐えるしかなかったのだ。


 今後カスケーニャはこの地下の牢屋の中で一生王家に飼い殺される。


「前回は惜しかったのにねぇ……」


 八十五年前の事件にもカスケーニャが絡んでいたようだが、彼女はそれ以上のことを口にすることはなかった。


◇◆◇◆◇


「またそのお話?」


「うん! だってこれ、お母様とお父様のお話でしょ?」


 ベッドの中で少し眠そうな目をしながら本を読んでとせがむ娘の頭をなでた。


「私達がモデルになったお話ではあるけれど、こんなにドラマティックではなかったわよ?」


 私達の身に起きたあの事件は後に物語として広く知られることになり、「傾国の魔女に打ち勝った真実の愛」と題され演劇にもなっている。


「でも、魔女の呪いに勝ったのでしょう? お父様は」


「そうね……」


 あの日、約束の四阿にサミュエル様がやって来たのは一刻ほど時が過ぎてからだった。


 アミュレナの件で国王に報告する必要があったため遅くなってしまったと泣きそうな顔で駆けてこられたのを今でも鮮明に覚えている。


「婚約破棄を破棄する! 私と結婚してくれるかい、レイチェル?」


 プロポーズはお世辞にも素敵なものだとは言い難いものだったが、私は二つ返事で受け入れた。


 投獄されたアミュレナは終始おかしな言葉を口にしていたらしい。


「あれは呪器なんかじゃないわ! 好感度アップアイテムなの! ヒロインだけが使えるチートアイテム! 呪器なんて知らない! サミュエル様を呼んでよ! 私のことを愛してくれてるんだから!」


 逮捕されたことで精神的に錯乱状態だったのだろうけれど、調書をまとめた書記官の話では自分を物語の主人公だと思い込んでいるようで、思い込みの激しさに付け込まれたのだろうと判断されたようだ。


 呪器と分かった上で使用したのならば死罪は免れなかったのだが、何も知らずに魔女に実験体として利用されていたことを考慮し国の最北端にある孤島の監獄へと送られていった。


 あれから十年が経った今、子宝にも恵まれ、私は幸せに過ごしている。


 もちろん私の隣には穏やかに微笑むサミュエル様がいる。


「眠ったのかい?」


 執務を終え、娘の部屋にやって来た愛しい夫にキスをした。


「冷えるといけない。さぁ、私達も眠るとしようか」


 優しくお腹をなでながら私を労わってくれる優しい夫に「愛しているわ」とそっと呟いた。


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